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サイアク  作者: 雑魚犬屋
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5-11 雷矢の在処

「雷矢」

 反射的に、彼の名前が口から零れ落ちる。

 目の前にあるのは、かつて雷矢だったもの。

 紛れもない影本雷矢の()()

 腹部には三本の包丁が突き刺さっており、傷口から流れ落ちていたであろう血液は既に固まっていた。

 目は夜を落としたように虚で、唇には蝿が止まっている。

「……雷矢か、それ」

 突如、背後から声が聞こえてくる。

 振り返ると、そこには目の前の惨状に衝撃を受けている戒刃だった。頬や顎からは出血をしているものの、今すぐ死ぬというほどではなさそうな負傷。

「戒刃、動いて大丈夫か?」

「問題ない。シロアと槍華は下で真弓を止めてる」

 その言葉と共に、下から絶叫が響き渡っている事に気がつく。

 真弓の悲痛な叫びと、シロアと槍華が彼女を静止させるための叫びとが、家の中に響く。

 間違いなく下は阿鼻叫喚の地獄が巻き起こっている。

「……まぁ、槍華は無事ならいいか。あっちに構う暇ねぇや」

「お前結構性格悪いよな」

 戒刃が疲れ切った声で顰めっ面をする。言うな、分かってるから。

「……どう見ても死体だよな、これ」

 戒刃はそのまま言葉を続けながら、雷矢の死体を凝視する。

「うん……」

 しかし、この死体が……というか、ここに雷矢がいることがそもそもおかしい。

 雷矢はさっきまで地下駐車場にいたはずであり、間違いなく生きていたのだ。

 なのに、何故?

「あっ、ちょっ!」

 その思考の渦を晴らしたのは、槍華のその言葉。その後すぐに、勢いよく階段を駆け上がる音が反響する。

 俺と戒刃はゆっくりとその音の正体を確認する為に振り返る。

 確認するまでもない。そこにいるのは、雷矢の双子の姉。

「……真弓」

 真弓は息を切らしながら俺達を睨みつけ、足をゆっくりと前に動かす。

「なんで……」

 彼女は涙を廊下に落とし、吐き捨てるように言葉を零す。そして、縋るように俺の身体を掴んで吐き散らす。

「なんで!? やめてって言ったじゃん!! ねぇ!! なんでよ!!」

「真弓、落ち着け」

「うっさいっ!!」

 ───パチンッ!!

 乾いた音が廊下に響き渡る。同時に、視界が大きく揺れて、頬にヒリヒリとした痛みが疾る。

「真弓さんっ!!」

「こらっ!!」

 いつの間にか階段を登っていたシロアと槍華が、その光景を見て叫ぶ。

 そして、静止させるためか、シロアは真弓を後ろから抱きしめる。槍華は真弓の暴れている腕を掴んで、誰にもその拳がぶつからないように止める。

「やめてっ……!」

 真弓はシロアの身体を引き剥がそうと、シロアの腕の中で暴れる。

「やめません……絶対にっ……!」

 しかし、シロアは真弓の身体を必死に抑え込む。

 その必死な攻防が数秒続くと、真弓の暴れていた身体が段々と弱々しくなり、次第に電池の切れたおもちゃのようになる。

 そして、涙を零しながら消え入りそうな声で。

「……ごめん」

 彼女はそう謝罪を落とした。

「……謝ることじゃないよ。そりゃパニックになる」

 俺は真弓と目線を合わせて、彼女に問いかける。

「話せる範囲でいいから教えてくれ。雷矢と真弓に何があったのかを」

「……」

 真弓は何も答えず、目線を床に落とす。

 そして、掠れた声で、地面に雫を落としながら話し始める。

「……私、かもしれない」

「なにが?」

「雷矢を……殺したのは……」

 真弓の碧眼からポロポロと涙が落ちていく。

 それは、神父の前で懺悔する罪人のように、欺瞞も虚偽もない。

「……私、お母さんも殺したって言われてて……」

 シロアに抱きつかれた身体は、小さく震えていた。

「私が……殺したの……かな」

「……」

 真弓が最後に落とした言葉に、シロアが抱きしめる力を強める。

「……真弓」

 俺の呼びかけに、真弓は答えない。

 反抗ではなく、ただ断罪を待つ犯罪者のように。

「……」

 やっぱり、おかしい。

 おかしい点が沢山ある。ありすぎる。

 真弓の態度は、加害者の最後の悪あがきのようでも、被害者ぶっているわけでもない。

 それに、さっきまで雷矢も生きていた。

 あり得ない事ばかりで、疑問が止まらない。

「真弓」

 俺はしゃがみ、真弓と視線の高さを合わせた。そして、続けて問いかける。

 一番の疑問を、彼女に問いかける。

「雷矢はいつ死んだ?」

「……え」

 真弓は顔を上げ、真っ赤に充血した眼を大きく開く。

 俺は傷口を弄るような質問だと理解しながら、再度質問を繰り返す。

「だから、雷矢はいつ死んだ?」

「え、えっと……」

 真弓は目線を左上に向けてから、ゆっくりと思い出すように答える。

「……この死体を初めて見たのは……一週間前」

「だろうな」

 後ろの戒刃が真弓の言葉を遮る。

「この死体が最近できたとは思えないからな」

「え、ちょっと待ってよ」

 戒刃の言葉に槍華が眉をひそませ、手を上げる。

「じゃあ、なんで雷矢は一昨日も、さっきも生きてたの?」

「……暁理、出番だぞ」

「俺に振るな」

 こいつ、分からない事は俺に振るんかい。

「でも、槍華の言う通りなんだよ。一番分からないのはそこだ」

 俺は腕を組みながら唸る。

「真弓、あの生きてる雷矢はなんなの?」

「……あれは」

 真弓は深く深呼吸をして、吐きそうになりながら答える。

「……一週間前ぐらい前、朝起きた時にリビングに雷矢がいなかったの」

「リビングに?」

「うん。いつもは雷矢が先に起きて、朝ごはん作ってくれるの。でも、その日はリビングにいなかったから寝坊したのかなって思って……部屋に行ったの」

 真弓は一瞬だけ息を詰まらせる。

 そして震えた声で、部屋の先にある物に指を向ける

「そしたら……雷矢がこうなってた」

「……」

 真弓はしゃくり上げ、鼻を啜りながら、言葉を口から捨てていく。

「泣いてた気がするし……呆然としてた気もする……ごめん……あの時の事……はっきり……覚えてない」

「……しょうがないな、それは」

 珍しく、戒刃が真弓のフォローをする。

 戒刃も同じような経験をしたのか、真弓を慰るその言葉は酷く優しかった。

「それで……警察を呼ぼうと思ったの。立ち上がって、振り返ったの」

 真弓の声の震えは激しくなり、大粒の涙もひたすらに流れていく。

「……そしたら、いたの」

 

「───生きてる雷矢が」


「……」

 誰も言葉を発せなくなっていた。

 真弓の話が突飛すぎたからでもあり、真弓の話に嘘も偽りもなさそうだったから。

「いつもみたいに『朝ごはんどうする?』って……雷矢が……喋ったの……いつもの……笑顔で……声で……」

 つまり、真弓は目の前に弟の死体があるのに、後ろを振り返ったら、死んでる筈の弟が生きていた。

 なんか、それって……

「ホラーすぎない?」

「第一声それかよ」

 いや思ったけどね? 槍華君、言葉にするのは違くない? ノンデリだよ?

「それで、お前は生きてる雷矢と生活してたってことか」

 戒刃の言葉に、真弓は深く頷く。

「……私は、あの生きてる雷矢が現実で、この部屋の中にある現実が嘘だって思いたかった」

「……嘘」

「でも、日に日に臭いが酷くなってきて、虫も湧いてきて……」

「あの大量のルームフレグランスって、それのせいなの?」

「……うん」

 もうちょいなんかあっただろ、と思わざるを得なかったが、女性はルームフレグランスに対して全幅の信頼を置いていた気がする。零奈もルームフレグランス好きだったし。

「まぁいいや……とにかく、現状まだわかんない事ばっかだけど、一番の問題点は雷矢だな?」

 俺は雷矢を指差しながら戒刃に問いかける。

「この雷矢の死体は恐らく本物だよな?」

「なんで俺に聞くんだよ」

「お前が一番死体見てそう」

「多分そうだけど失礼極まりないな! まぁ多分本物だよ!」

 戒刃が少し呆れたように答えると、俺はそのまま続けて問いかける。

「じゃあ、さっきの生きてる雷矢は偽物か?」

「……」

 戒刃はその問いに、少しだけ声を詰まらせる。

 そして、首を絞められたような声で答える。

「…………あれも、多分本物だ」

「だよな」

 俺はその戒刃の答えに、疑問が確信になる。

「どっちかが命術の可能性はないか?」

 戒刃は少しだけ顔を顰める。

「いや……流石に命術でここまでの事ができるかと言われたら難しいと思うぞ。出来る奴がいたら、そいつはとんでもない命術を使ってるってことだそ」

「『デザイア』なら?」

「……あ」

 俺の言葉に、戒刃は予想外の言葉を言われたかのような顔をする。

 そうだ。人を生き返らせる力や世界を滅ぼす力を持つ『デザイア』なら、偽物の死体か偽物の生者を作ることも、可能かもしれない。

「とりあえず、一番手っ取り早い方法を取る」

 俺ははっきりと、決意を持って言葉を放つ。

「生きてる雷矢に会う。それが最適だ」

お読みいただきありがとうございます。

今飲み会中なんですが投稿します。

弱者男性極まれりです。

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