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サイアク  作者: 駄犬
39/39

4-14 利用

 脱出。それが今の俺に課された役割。

 俺は黒い鉄によって構成された鎧躯を両足に纏い、鎧躯を媒介に赫色の救焔を逆噴射させる。

 そして、両脇にシロアと槍華を抱え、天井に向かって急加速する。

「暁理さんっ……!」

 右脇に抱えたシロアが叫ぶ。

 その理由は単純。既に目の前には、四肢が顕現させた黒い肉塊が、隕石のような勢いでこちらに向かってきている。

 工場の天井近くまで顕現したその黒い肉塊は莫大な質量そのものであり、殺意の満ち満ちていた。

「わかってる!」

 あれに潰されては死ぬ。

 両脚から救焔を更に激しく逆噴射させ、加速する。

 そして、肉塊に潰されるよりも速く、俺は天井の穴を抜ける。

「っし!」

 反射的に歓喜が漏れる。

 しかし、問題を解決した先には新たな問題が発生するのがこの世の性。

 この工場は街外れにあり、人気は少ない。しかし、完全に人がいないという訳でもない。そんな場所で『レッド・デザイア』を見られるのは非常にまずい。サテライトは魔術や呪術、超能力などの超常的現象を秘匿にする義務がある。そしてそれは、『レッド・デザイア』も秘匿対象に当たる。

 故に、俺は誰にもバレずに逃げなければならない。

「2人とも舌噛むなよ!」

 俺は2人を抱えた状態で急降下し、工場の壁面を沿うように飛行。そして、地面に衝動するギリギリでL字の軌道を描き、工場の隣にあった森の中に突入する。

「とりあえず、これで……シロア、後ろから来てるか?」

「いえ……来ていません。」

 シロアは顔を後ろに動かし、後方確認をする。

 これぐらい自分でやれよと思うだろうが、2人を抱えながら森を掻き分けて飛行するの地味に難しくて、後ろを向く余裕がない。ごめんシロア。ありがとうシロア。

 てか、敵が来てないということ、戒刃がちゃんと足止めをしてくれているのだろう。流石だ。

 そんな事を考えながら十数秒後。

「……あ」

 薄暗い森の終わりに光の扉が見える。

 そこにあったのは、なんの変哲のない河川。車で遠出をする時によく見る、陽気な人達がBBQすらしなさそうな、どこにでもある河川。

 俺は周りに人や車がいない事を確認し、光の扉を貫くように飛び出す。そして、河川に隣接している土手に砂埃を立てながらブレーキをかけて着地する。

「二人とも、降ろすぞ」

 『レッド・デザイア』を解除して、シロアと槍華をゆっくりと降ろす。

「あ、ありがとうございます……」

 シロアは四つん這いの姿勢で、おでこと頬に汗を垂らしながら礼を述べる。

「とりあえず……脱出できたな」

 恐らく、俺が『レッド・デザイア』を使っていたのは、一般人にバレていない筈だ。多分。

「暁理さん、戒刃さんは……」

 シロアは正座に体勢を直しながら、弱々しい声色で戒刃の名を零す。

 その声色から、シロアがどのような気持ちなのかはわかるし、俺も同じ気持ちだ。

「大丈夫」

 しかし、俺は知っている。

 あいつの強さを。あいつの誠実さを。

 戒刃が殿を務めるのなら、俺はそれを信じる。

「戒刃なら大丈夫だ。あいつ、クソ強いし」

 俺は曇り一つない笑顔でシロアに応える。

 シロアは俺の顔を見て目を大きく開き、小さく微笑む。

「……そう、ですね。戒刃さんは凄く強いので……負けないですよね」

「うん、あいつは負けないだろ」

 そうだ、戒刃は滅茶苦茶な程に強い。

 あいつが四肢に負けるとは思えないし、ここで死ぬなんてあり得ない。絶対に帰ってくる。

 ……つーか、一週間の訓練であいつにクッソいじめられたからな。逆に死んだらなんか悲しいよりムカつくかもしれん。

 そんな不謹慎な事を考えていた時。

「ッ……!」

 ───ブォンッ!

 背後から投げやりな殺気と、空を斬る音が聞こえる。

 その正体は、槍華。

 彼の手には先程と同様の翡翠色の槍が握られていた。

「あぶなっ!?」

 ───ガンッ!!

 俺は反射的に『レッド・デザイア』の鎧躯を発動し、右手を鎧躯に変換した籠手で翡翠色の槍を弾く。

 翡翠色の槍はあっけなく槍華の手から離れ、カランッと無機質な音を立てて地面に転がる。

「クソッ……」

 槍華がそう苦渋と共に零すと、翡翠色の槍はまるで溶けるように消滅する。

「クソッ……クソッ……!」

 そのまま彼は頭を抱えて地面に倒れ、悔しさを噛み締めて漏らす。

「飛鳥……」

 それは、後悔と自責によって心を砕かれた人間にしか出せない、泥に首を絞められたような声。

「俺の……俺の、せいで……」

「……」

 その時、ある思考が過ぎる。同時に、自分は傲慢だと自覚する。

 俺は彼の気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ分かる。俺も零奈を失って、同じような気持ちになったから。

 真っ黒な痛みが胸の奥で滞留して、長年寄り添ってきた半身を失ったような喪失感。

 それは、二度と体験なんてしたくない苦行であり苦痛。

「……はぁ」

 それは、あの廃棄場の時と同様の思考。シロアの時と同様の行動。

 零奈ならきっと、彼に手を差し伸べる。

 その痛みを分かっているなら、彼女はきっと差し伸べる。

 だってそれは、きっと()()()のだから。

「……」

 問題は、ただの『励まし』や『同情』はいらない。

 必要なのは、彼にもう一度『生きないといけない理由』を創らないといけない。かつての俺のように。

 零奈なら、持ち前の太陽のような明るさと善性で救うことが出来る。

 でも、あいにく俺は零奈のような性質を持ち合わせていない。俺は零奈のようには絶対出来ない。

「槍華」

 だから、俺なりのやり方で彼に手を伸ばす。

「槍華、聞け」

 俺はしゃがんで彼の肩に触れながら、槍華に訴えかける。

「俺の……全部、俺のせいで……」

 しかし、彼に俺の声は届かない。

 自暴自棄に陥っているのか、髪を強く握ったまま自分に向けた怨念を吐き散らす。

「槍華、槍華聞け」

「俺の……俺のせいで」

「槍華!」

「俺のせいで!!」

「───ふんっ!!」

 ───ボゴオッッ!!

「ガハッ!!」

「……え?」

 一瞬の静寂。

 そして、シロアが声を震わせながら問いかける。

「あ、暁理さんっ……!? な、なんで殴っ……!?」

「いや……話聞かないから」

「ぼ、暴……」

 シロアは大きな口を開けて、小刻みに身体を震わせる。

「……なにすんだよ」

 地面に転がった槍華は口周りの血を拭きながら、憤怒を隠す事なく問う。

「やっと話聞く気になったか」

「なんなんだよお前!? 急に現れて!! 殴って蹴って右腕引き千切って!!」

「何一つとして弁解できないけど、それは置いておく」

「置くなよ!」

 槍華の叫びを無視し、俺は彼に告げる。

「槍華、協力しろ」

「……は?」

「お前、あの四肢って奴と関わってたんだろ? なんでもいいから奴の情報をくれ。あと、まだ戦えるなら一緒に戦え。戦力は多い方がいい」

「ちょっと待て……! なんでお前に……!」

「協力してくれたら、風雅さんと飛鳥さんを生き返らせてやる」

「……は?」

 槍華の素っ頓狂な声が響く。

 俺は間髪入れず、言葉を紡ぎ続ける。

「だから、生き返らせるってんだよ」

「あ、暁理さん……? それって……」

「大丈夫」

 俺はシロアの警告を理解した上で静止し、言葉を続ける。

「『デザイア』には死者蘇生の力を持つものがある。俺達は『デザイア』を回収して、これ以上被害が出ないようにする為と、死者蘇生が出来るかどうかを調査する為に福岡に来た」

 俺は淡々と事実を述べる。

 嘘も偽りも秘匿義務も全てなかったかのように、ただ全ての事実を槍華にぶつける。

「恐らく、四肢は福岡の『デザイア』の在処を知ってる。俺達は四肢を倒して『デザイア』を回収しないといけない。その為に、お前の力が必要だ」

 俺の言葉を聞いた槍華は砂利を握りしめ、絞り出すような声で零す。

「……なんで俺なんだよ」

「都合がいいから。お前は四肢について俺達より知っている。それに、命術を使えるなら四肢とも戦える。情報と戦力、その両方が今は欲しい」

「そうじゃねぇ! なんでこんな事を……」

「その方が互いにとって良い結果を得られるからだ。友情とか同情じゃない、互いの利害の為に協力しようって話だ」

「っ……」

「頼む槍華。協力してくれ」

 俺は槍華の手を無理矢理取り、目を合わせながら力強く言い放つ。

「俺には、お前が必要だ」

 それは、俺にとってあまりにも都合の良い願望。

 彼の生きる理由というには、あまりにも俺にとって都合が良い。

 それでも、彼が生きる理由になってほしい。それだけは真実なんだよ。

「……」

 槍華は俺から目を逸らし、消え入りそうな声を発する。

「……信用できるか」

 それは、全てに裏切られた彼なりの抵抗だった。

 彼は四肢に騙され、友人を2人も失った。

 もう、彼は信じる事すら疲れてしまったのだろう。

 自暴自棄になるのも無理はない。

 それでも、俺は彼に訴えかける。

「信用しなくていい。利用しろって話」

「……利用」

「俺は槍華を利用する。槍華も俺を利用して、2人を生き返らせる。それでいいだろ?」

「……」

 槍華は目線を地面に落として、小さく深呼吸をした。

 そして、ゆっくりと顔を上げた後、目を細くして尋ねる。

「お前には、生き返らせたい人……いるのか?」

「……」

 瞬間、俺は彼女を思い出す。

 何よりも大切で、何者にも代え難い。

 世界で一番大切な存在を。

「うん、いるよ」

 俺がそう言った時、どんな顔をしてたんだろうか。

 しかし、その時やっと、俺の願いが彼に通じたんだろう。

「……そっか」

 そう零す眼の前の彼には、もう憤怒や憎悪は何処にもなかった。その眼には慈愛と決意の混ざり合った、信念のようなものを感じ取れた。

「……じゃ、頑張るしかないか」

 そう言いながら俺の手を離し、ゆっくりと立ち上がる彼は、花弁を運ぶ春風のような、爽やかな笑みを浮かべていた。

 その時、やっと戻ってきた気がした。昨日、ラーメン屋で見た槍華を。

「信じてるからな、暁理」

「おう、任せとけ。槍華」

 俺は自分の心に問いかける。

 ちゃんと俺は出来ただろうか。零奈のようには出来なくとも、俺なりに彼に手を差し伸べられただろうか。

 そう出来ていたら、少し嬉しい。

「……これ、どういう状況だ?」

 唐突に、聞き慣れた声が付近で聞こえた。

「うわっ!? 戒刃!?」

「びっくりした……!」

 俺と槍華は肩を大きく揺らす。

「戒刃さんっ……! だ、大丈夫ですか?」

「全然大丈夫」

 シロアは心配そうに戒刃にトコトコと駆け寄るものの、戒刃は見たところ怪我の一つもしていないし、あまりにもケロッとしている。

「すまんな、四肢は逃がしてしまった。これだけしか持ち帰れなかった」

 戒刃は申し訳なさそうに眉をひそませながら、()()を取り出す。

「うわっ! 腕!?」

「グロッ!」

 俺と槍華は反射的に叫んでしまう。

「……これ、あのスーツの方のですか?」

 しかし、シロアは冷静な様子で戒刃に問いかける。

「ああ、本来なら殺すつもりだったんだが、逃げられた。恐らく『デザイア』だろうな」

「あの長髪男の? また瞬間移動?」

「ああ」

 戒刃はため息をこぼしながら、言葉を続ける。

「ただ、これであいつの命術の解析ができる」

「命術の解析?」

「ああ。命術は肉体から発動する。つまり、その肉体の一部があれば、それがどのように使われてるか、ある程度推測が出来る」

「へー」

 そんなことが出来るのか。凄いな。

 そんな間抜けな感嘆を漏らしていると、戒刃が少しだけ躊躇いながら問いかける。

「……で、どうなってるんだ? この状況」

「槍華が仲間になりました」

「そゆことだ、よろしくな!」

 俺は槍華に向けて紹介するように手を伸ばし、槍華は右手を挙げて意気揚々と答える。

 そんな様子を見た戒刃はため息を吐き、肩を落とす。

「さっきまで殺し合ってたのに?」

「まあいいじゃん」

 俺はそう言いながら、腰に手を当てる。

 そして、3人に向けて力強く告げる。

 

「4人で倒すぞ。四肢と『デザイア』を」

お読みいただきありがとうございます。

ここで言うべき事ではないんですが、ジャンケットバ◯クアニメ化おめでとうございます!!!!!

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