4-13 最後の喧嘩
「とりあえず、これからどうする?」
俺は眠っている槍華の隣に座りながら、シロア・戒刃・飛鳥さんに問いかけた。
俺達の選択肢は、大きく分けて2つ。
1つ目は、『デザイア』の反応がするこの工場内を探索し、『デザイア』を回収すること。
2つ目は、一度撤退し、槍華が目覚めてから改めて話を聞き、作戦を立てること。
そして恐らく、シロアと戒刃は俺と同じ選択肢が頭に浮かんでいるだろう。飛鳥さんはただの一般人の為、選択肢が浮かばない方が正常。
「暁理、まだここに『デザイア』の反応はあるんだろ?」
ふと、戒刃が腕を組みながら問いかける。
「うん」
「じゃあ、攻めてもいいと思うけどな」
「その心は?」
「『デザイア』の反応がお前の中で流れてるなら、今決着をつけるのが一番被害者が少なくなると思う。早めに対応すべきだ」
戒刃は淡々と自分の考えを吐露する。
「確かに……」
戒刃の主張は間違いなく正しい。
今、全て終わらせた方が間違いなく良い。
今、あの『デザイア』を持った長髪男をここで殺すのが一番丸い。
ただ1つ個人的に問題がある。俺の中に流れる『デザイア』の反応はあまりにも曖昧で莫大なのだ。
遠くに『デザイア』にあった時は、その場所が黒く濁っていて、薄らと声が聞こえていたような感覚だった。しかし、今は視界が全て真っ黒に染められている感覚と、全方位から常に呼び掛けられてるみたいな感覚に襲われている。
つまり、俺は『デザイア』が『何処に在る』かは分からないのだ。それ故に、攻めようとしても何処を攻めればいいのか分からない。我ながら無能すぎないか。
「……まぁ、撤退でもいいがな」
俺が考えあぐねていると、戒刃は何かを汲み取ってくれたのか、先程と同じように淡々と別案を提案してくれる。
「とりあえず、さっさと決断した方がいいぞ。ほら、隊長早く決めろ」
「俺が隊長なの、誰かが覚えてたか賭けません?」
「賭けになんねーだろ」
ですよね。と言いかけたその瞬間だった。
「ん……」
隣で眠る男の息吹を感じたのだ。
俺は反射的に顔を向けると、その男の瞳は薄く開き始めていた。
「あ、起きた」
飛鳥さんは嬉しそうに呟く。
その言葉が意味するのは、ただ1つの事実。
槍華が起きた。
「そう───」
俺はそう、彼の名を呼ぼうとした。
しかし、それを遮るように、
───ボゴォッ!!
「いだっ!?」
槍華の右手が俺の頬に直撃する。頬に鈍い衝撃と激痛が疾る。普通に痛い。
「っ……逃げろ! 飛鳥!」
槍華は飛び起き、隣にいた飛鳥さんに叫び散らす。
しかし、飛鳥さんは一切逃げる様子はなく、槍華をただ宥める。
「ちょ、ちょっと待て! 槍華! 落ち着け!」
「十分落ち着いてる! いいから逃げろ! 俺が足止めする!」
「だから……」
「早く逃げ───」
「落ち着け!!!」
───ガンッ!!!
「……ん?」
「……え?」
「……は?」
唐突に、あまりにも唐突に飛鳥さんが、槍華の頭に頭突きをした。
反射的に俺達3人の驚愕が漏れる。
「ッだぁあ!!」
槍華はおでこを抱え、地面に倒れ込む。
「いい加減にしろっ! 今日のお前、おかしいぞ!!」
「うるせぇ……おかしくなるだろ! こいつらが、風雅を殺したんだから!」
「だから! その風雅って誰だよ!!」
「ッ───」
それは槍華にとってあまりにも残酷な言葉だったのだろう。
飛鳥さんの胸ぐらを掴み、怒号をぶつける。
「それだけは! それだけは言うんじゃねぇよ!!」
「知るかよ!」
怒号は何度も鳴り響く。鐘のように響く。
それはまるで、大戦の銃撃や爆発音のようでもあり、ただの子供の喧嘩のようでもあった。
「なんで……なんでだよ!!」
「何がだ!!」
「なんで!! 風雅の事を全部忘れちまったんだよ!!
「なら!! お前が教えてくれよ!!」
「……は」
槍華の叫びが止まる。
「お前が!! その風雅って奴の事を教えてくれよ!! 俺はそいつの事を知らないし覚えてない! でも、今からなら知ることができるし、思い出せるかもしれない!! そのチャンスすらお前は俺にくれないのかよ!!」
「ッ……!」
槍華は目線を地面に落とし、飛鳥さんの胸ぐらを掴んだまま、脱力して地面に倒れていく。
「……落ち着けよ。俺はお前の味方だ」
槍華を受け入れるように、飛鳥さんも座る。
「……ごめん」
槍華は飛鳥さんから手を離し、地面に視線を落とした。
「……すみません、とりあえずこいつ落ち着きました」
飛鳥さんは先ほどの修羅場をなかったかのように、爽やかな笑顔を見せ、飛鳥さんはゆっくりと立ち上がる。
「……お、おう」
怖いよ。あれだけ怒鳴っておいて、そんな顔できるのが。
「槍華」
ふと、戒刃が槍華に一歩近づき、腕を組みながら呼びかけた。この雰囲気で話しかけれるの凄いよ。
「……なんだ」
槍華は地面に目線を落としながら答える。
「混乱してるだろうが、これだけ答えてくれ。お前は『デザイア』をどこで知った?」
そう問いかける戒刃の声は、冬の冷気に晒された鉄のような声色だった。
「っ……」
槍華は少しだけ肩を揺らした後、唾を飲み込んで言葉を吐き出す。
「それは───」
「───私が教えたからですよ」
瞬間、舐め回すような声色と共に、飛鳥さんの後ろにスーツ姿の男があらわれた。
「ッ!?」
真っ先に「やられた!」という思考が俺とシロア、戒刃の脳内に駆け巡る。
反応が完全に遅れた。油断も慢心もなかった筈。
それなのに、完全に後手に回ってしまった。
スーツの男が飛鳥さんの後ろにいて、その左手が飛鳥さんの首筋に触れている。
この現実が意味する事はただ1つ。飛鳥さんを人質に取られた。
「クソッ……!」
無意識に痛恨が溢れる。
飛鳥さんと俺達の距離はかなり近い。不意打ちならスーツ男を倒せるかもしれない。
けれど、リスクが高すぎる。もし、スーツ男が俺達の攻撃よりも先に人質の飛鳥さんを殺せる程の技術の持ち主なら、全て意味がない。それに、この距離ならこちらの小細工もバレてしまうだろう。
全てが後手に回ってしまった。
「お初にお目にかかります。私の名は『四肢』と申します」
スーツの男、四肢は飄々としながらも粘り気のある声色で自己紹介をする。
四肢の背丈は180〜190はあり、全ての色を拒絶するような黒のスーツを着こなしている。黒い長髪を束ね、糸目で口角が吊り上がっている。
その容姿は間違いなく整っているのに、不気味。
誰かが描いた男の絵を、そのまま現実に貼り付けたようなその容姿は、脳がエラーを起こしてしまいそうになるほどに不気味で気色悪い。
「四肢……?」
「ええ、良い名前でしょう?」
自信満々にそう言う四肢の指先にいた飛鳥さんは、困惑を動揺を隠せていなかった。
「あ、あの……」
「喋らないでください」
四肢は飛鳥さんの首に指を当てたまま、泥のようでありながらも研ぎ澄まされた殺気を放つ。
「ッ……!」
飛鳥さんはガタガタと身体を震わせ、困惑をかき消す程の恐怖が彼を侵食する。
「飛鳥さんを離せ!!」
「飛鳥!!」
俺と槍華の叫びがほぼ同時に放たれ、廃工場内に響き渡る。
「おや、槍華様。随分とお元気そうですね」
しかし、四肢は俺をないものとして扱い、槍華を煽るように言葉を並べ続ける。
「槍華様に『デザイア』を教えたのは私です。そして、槍華様に刻まれていた命術を解放させたのも、全て私です」
「刻まれていた命術……?」
「……なるほど。合点がいった」
戒刃は切り刻まれるような鋭い目つきで、四肢に言葉を放つ。
「お前が一連の首謀者だろ」
「ご明察」
四肢は指をパチンと鳴らす。
戒刃は四肢の全てを舐め腐っているような行動に嫌気がさしたのか、悪意に満ちた舌打ちをし、再び言葉を放つ。
「槍華の身体に流れる命力の巡り方が昨日と比べて圧倒的に違う。お前、人の命力を弄れるのか」
「おや、これは驚きです。私の命術すら看破されてしまいました。流石、サテライトの犬ですね」
「槍華を選んだ理由は分からんがな」
「フフフ。それは我が主人が、槍華様を選んだからですよ」
四肢は祈るように右手を天に捧げながら、言葉を紡ぐ。
「全てはこの儀式に必要な事でしたから」
「儀式……?」
戒刃が困惑を零す。
当然だが、俺もシロアも、槍華も飛鳥さんも、四肢の発言の意図を読み取れるものは誰もいなかった。
「ええ。ですが、槍華様。貴方の役割はここで終わりです」
「……は?」
槍華は四肢の発言に、まるで時が止まったかのように硬直する。しかし、四肢は変わらず飄々と話を続ける。
「今の『レッド・デザイア』がどれ程の力を持つか。情報収集は終わりました。正直、もっと強いと思っていましたが……出来損ないの『レッド・デザイア』に負けるなら、貴方に利用価値はありません」
「ッ……!」
瞬間、戒刃が何かを察知したのか、命術で刀を顕現させる。
そして、一瞬で四肢と飛鳥さんの目の前まで跳躍し、四肢の顔面に突きを放とうとした。
「ふっ」
しかし、四肢が笑みを溢した瞬間、飛鳥さんと四肢が消えた。
「な」
驚嘆を漏らすとほぼ同時に、背後から聞こえてくる。
「つまり、貴方との契約を履行する理由もありません」
それは、四肢の声。俺達の背後から聞こえてきた声。
四肢と飛鳥さんがいた場所から真反対の場所から放たれた声。
俺は反射的に振り返ろうとした。
けれど、それよりも早く。
───パァンッ!!
何かが弾けた音がした。
振り返った先にあったのは、五体満足の四肢と、上半身が消失した人間。
その下半身のみの肉塊が、誰のものか。
そんなもの、一瞬で理解できた。
「飛鳥」
槍華が、半身の名を零す。
「おい……嘘だ、ろ? な、なぁ。あ、飛鳥?」
それは、目の前で起きている事を受け入れられない、駄々をこねる子供のようだった。
俺もシロアも、起きた現実を処理する事ができていなかった。
しかし、起きた現実を処理するよりも疾く、それは起きた。
「逃げろ!!」
硬直を切り裂いたのは、戒刃の叫び声。
同時に、四肢の背後から大量の黒い肉塊が押し寄せてくる。
「なっ……!?」
黒い肉塊はまるで蛆虫のように地面を這い、濁流のように襲いかかってくる。彼らは例外なく大きく膨らんだ唇と牙を持っており、異形そのものであった。
「四肢の命術だ! 暁理! 二人を連れて飛べ!!」
戒刃のその叫びが聞こえた瞬間、脳内が情報処理を完了するよりも疾く、身体が勝手に動いた。
「ッ……わかった!」
俺は両脇にいたシロアと槍華を掴む。そして、2人を両脇に抱え、救焔を両脚から噴射させる。
「死ぬなよ!」
俺が後ろにいる戒刃にそう叫ぶと、戒刃は当然の事のように言い放つ。
「当たり前だ」
その言葉を聴いた瞬間、両脚の救焔を爆発させ、推進力を得る。そして、自分で開けた天井の穴から工場を脱出した。
お読みいただきありがとうございます。
今回めっちゃ中途半端な所で終わってしまって本当に申し訳ない。




