4-12 いいからテーピングだ!!
廃工場内を充満するのは、煙幕と大小を問わず転がる破損した機械。そして、赤黒い液体から発せられる鉄の匂い。
俺は『レッド・デザイア』を解除して、地面に倒れている槍華を見下ろす。右腕が欠損、白眼を剥いたまま泡を吹いて倒れている。消え入りそうな呼吸が唯一、彼が現時点でまだ生きている事の証明であった。
「おい」
ふと、後方から聞き慣れた男の声が聞こえる。
「あ、戒刃」
反射的に振り返ると、そこには怪訝な顔をした戒刃がいた。
「どうした? もう終わったぞ」
「見ればわかる」
そして、戒刃はため息を吐き、肩を落として嘆く。
「お前さ……これ、やりすぎだ」
「え?」
「『え?』じゃねーよ。半殺しじゃねぇか」
「あー……うん。でも、捕獲するには、これぐらいボコらないといけないんじゃ……?」
「んなわけねぇだろ!!」
火山が噴火したような怒号が工場内に響き渡る。
「流石にこれはやり過ぎだ!! あいつら見てみろ!!」
戒刃は半ギレで指を指す。反射的に戒刃が指した指の先に目線を動かすと、そこには青ざめた顔で、凍りついたように硬直したシロアと飛鳥さんがいた。
つまり、ドン引きである。
「……あ」
瞬間、俺の認識とシロア達の認識の齟齬を理解した。
捕獲には相手を行動不能にさせる事が必須だと考えていた。
しかし、やり方を間違えた。捕獲の前に殺してしまっては、元も子もない。
「あのなぁ……お前は馬鹿か? これじゃあ槍華から『デザイア』の話を聞く事も出来ねぇだろうが」
「う、うぐっ……」
まさに正論。弁解の余地はない。100%俺が悪い……
「猛省します……」
「しろカス」
戒刃は至極真っ当な罵倒を吐き捨てる。
あーもー……俺ってほんっっっとうに馬鹿……
「……あ、暁理さん。お怪我、だ、大丈夫です、か?」
俺が頭を抱えていると、いつの間にか隣にいたシロアが問いかけてくる。その様子からして、さっきの愚行によるドン引きはとりあえず飲み込んでくれたようだ。非常に助かる。
「怪我?」
「その……上半身の」
「ん……あぁ」
俺の上半身には槍華の攻撃によって出来た、一直線に描かれた大きな斬痕がある。とはいっても、既に出血は止まっており、内臓も出ていない。
しかし、シロアはそんな俺の上半身に出来た傷を見つめ、胸を締め付けられるような顔をする。
「あー……うん、大丈夫」
「で、でも……そのお怪我は早めに治療した方がいい、です」
シロアはそう言いながら、ポケットの中からガサガサと何かを探し、取り出す。
「これを……使いますね」
シロアが取り出したのは、緑色のテーピングだった。
「……なにそれ?」
「再生の命術が刻まれてるテーピングです。ゲノムさんから頂きました」
「ゲノムさんから……?」
「そう。あの人が作ったテーピングだからな。これがあれば、腕ぐらいはくっつく」
戒刃はそう言いながら、地面に落ちていた槍華の右腕を拾う。
「先に槍華さんに使いますが、必ず暁理さんにも使いますので……少しだけ待っていてください」
シロアはそう言いながら小さく一礼し、槍華の隣に座る。戒刃も槍華の近くに座り、槍華の右腕を右肩付近の断面に近づけ、シロアに命令する。
「シロア、巻いてくれ」
「は、はい」
シロアは少しだけぎこちなく、しかし懇切丁寧に、槍華の右肩付近の断面と千切れた右腕に繋がるように緑色のテーピングを巻く。また、顔面や腹部の傷にテーピングを貼り付けていく。
「よしっ……」
そして、テーピングを巻き、貼り終わった後、シロアはおでこを拭いながら呟く。
「それでは、発動します」
シロアがテーピングに向けて両手をかざす。瞬間、淡い黄緑色の光がテーピングから発っせられる。
「あのテーピング、使用者の命力を使用するやつだから、シロアに話しかけるなよ。集中が必要だから」
「わ、わかった」
戒刃の言葉を肯定するように、シロアは祈るように目を瞑り、暖めるように両手をテーピングに向けている。恐らく、あれがテーピングを使用する為の動作なんだろう。
にしても、テーピングから発光する光が……
「なんか……蛍の光みたい」
「蛍?」
戒刃が純粋に蛍について問いかけてくる。
「尻が発光する虫」
「尻が発光……?」
「うん。言葉で表すと変だけど、実物みると感動するよ。夜にね、群れで光ってる所を見るとめっちゃ綺麗」
「窓の雪と同じぐらいの光量で、その光で本を読めそうですか?」
「お前ほんとは知ってるだろ」
あとなんでア◯ネーターなんだよ。と言いたくなったが、シロアが頑張っているので一旦飲み込んだ。
「っ……」
シロアの顔が少しだけ苦しそうに歪むと、黄緑の発光が段々と収まっていく。そして、光が完全に収束して数秒後、シロアがゆっくりと口を開く。
「お……終わり、ました」
そう言いながらテーピングを外すと、そこには戦闘を行う前のように繋がっている右腕があった。また、顔面や腹部の傷も、綺麗さっぱり無くなっていた。消え入りそうな呼吸も、先ほどよりも安定しており、死の予感は抹消していた。
「あー……よかった」
自分で千切っておいてなんだが、本当に良かった。とりあえず、これで死ぬ事はなさそう。『デザイア』について、話を聞く事が出来る。
「お前が言えた事じゃないけどな」
「ごもっともです……」
「つ、次は暁理さんです……」
シロアはそう言いながら立ち上がると、俺の方へ歩き出す。しかし、そのおでこや頬には汗が滴り落ちており、表情も少し疲弊して見えた。
「大丈夫? 少し休憩した方がいいんじゃ」
「いえ……暁理さんの治療が優先です」
そう言いながら、シロアはテーピングを引っ張り、必要な分だけを千切る。
「座ってください」
「あ、はい」
シロアにそう命じられた俺は、そのまま地面に座り込む。シロアも俺の前に座り、テーピングを俺の上半身に貼り付けていく。
「……」
俺はつい、正面のシロアに目を奪われる。
シロアが俺の身体にテーピングを貼り付ける動作は丁寧であり、俺の身体を慰る献身が見えた。
「……はい、終わりました。では、これから発動していきます」
そう言いながら、流れるように俺の身体に両手をかざす。すると、テーピングは槍華の時と同様に黄緑色に発光する。
テーピングが貼られた部分からは、じんわりと熱が広がっていく。あとなんか痒い。感覚的に近いのは……
「……なんかストーブの前にいるみたいな感覚」
「ストーブ?」
戒刃は首を傾げながらも、それ以上は詮索をしなかった。俺の身体を慰っているからなのか、それとも興味がないからなのか。多分、後者だ。
「……終わりました」
シロアがそう言うと、テーピングの発光は段々と消えていく。テーピングを剥がすと、そこに傷は一切無く、まさしく健康体の肉体だった。
「凄っ」
「治って良かったです……」
シロアは一息吐きながら、胸を撫で下ろす。
「……」
確かに、傷が治ったのは良かった。
しかし、彼女の頬に滴る疲弊による発汗や、微かだが確かに起きている両手の震え。それは、間違いなく俺の治療によって引き起こされたものだ。
申し訳ない。ただ純粋に、そう想う。
「……シロア」
「はい……どこか、まだ痛い所ありますか?」
「ううん。あのさ……ありがとう」
「……」
俺の言葉にシロアは目を大きく開き、一瞬だけ硬直する。
その後、箱の中から何かを探すような顔をして数秒。
そして。
「……いえ」
シロアはそう呟いて、視線を落としてしまった。
……あれっ? な、なんか地雷踏んだか?
「……」
静寂。有無を言わさない静寂。
誰も言葉を発さない。
な、なにこの空間……き、気まずい……誰か! なにか喋ってー!
「あのー……」
そんな心の叫びに呼応したかのように、静寂を切り裂いたのは、意外にも。
「これって、どういう状況ですか?」
ただの一般人であるはずの飛鳥さんだった。
「あー……とりあえず、巻き込んですまんな」
戒刃は腕を組みながら謝罪する。
「い、いえ……大丈夫です」
「なんだ。冷静だな」
戒刃は飛鳥さんの反応を見て、けらけらと笑う。
「逆ですよ……ただのキャパオーバーです。いろんな事が起きすぎて、混乱してます」
「それはそうか」
「槍華があんな槍使う所、初めて見たし……暁理くんもなんか焔出してたし……」
「確かに、飛鳥さんからしたら凄い光景だよね」
「槍華を殺そうとして、治すし……」
「それはごもっともすぎますごめんなさい」
俺は飛鳥さんに向けて頭を下げる。混乱の元凶、俺やん。
「とにかく……槍華は生きてるんですよね?」
「ああ。生きてる」
「なら……良かったです」
飛鳥さんはメガネを上げて、安堵の表情を見せる。
そんな飛鳥さんを見て、俺は反射的に問いかけてしまう。
「……怒らないんですか?」
「え?」
飛鳥さんにとって予期せぬ問いだったのか、眉を大きく動かした。
しかし、その余裕すらありそうな様子に、若干の違和感が生じてしまう。大切な友人を傷つけた人間が目の前にいる。それなのに、怒る様子を一切見せない。そんな事、あり得るのだろうか。
「俺、槍華を傷つけたんですよ?」
「あー……」
飛鳥さんは宙に目線を向けて、顎に手を当てる。そして、小さく笑った後、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「……正直、この状況をよく分かってないし、めちゃくちゃ混乱してるから、怒るに怒れないっていうか……そもそも怒る権利もないんだよ」
「権利……?」
「……暁理くんはさ、風雅って誰か知ってる?」
「っ……」
それは、槍華にとっても飛鳥さんにとっても、唯一無二の親友の名だ。サテライトによる記憶改変で、飛鳥さんの記憶から、親友の風雅さんの記憶は剥奪された。
「俺の知らない、分からない所で何かが起きてる。それはきっと、俺のようなただの人間には、無相応なんだよ。だから、それに干渉する気はない」
「……それは」
「でもさ、槍華が知らない誰かの為に戦ってる。それだけは分かるんだ」
飛鳥さんは倒れている槍華の側に座り、話を続ける。
それはまるで、絵本を子供に読み聞かせをする父親のようだった。
「槍華が正しい事をしてるのかどうかも、俺には分からない。でも、槍華は誰かの為に戦う。戦える人間なんだ。俺はそんな槍華の味方でありたい」
その言葉で確信した。
きっと想いというものは、記憶が無くとも残留してしまうものなのだと。
たとえ、飛鳥さんに風雅さんの記憶がなくとも、槍華と風雅さんと月葉さん、そして飛鳥さんの4人で生きて構築された想いは、決して消えないのだと痛感する。
「でも、今の槍華は正気じゃない気がした。だから、過激ではありましたけど、槍華を止めてくれてありがとうございます」
飛鳥さんは深々と頭を下げる。
「貴方達に怒るのは、槍華と月葉がちゃんと元気でいて、風雅って人の事を知った後です。ま、多分……全部知った後でも、怒る権利は俺にはないと思いますけどね」
飛鳥さんはそう言いながら、なんの憂いもなく爽やかに笑った。そんな飛鳥さんを目の当たりにして、俺・戒刃・シロアは確信してしまう。
「……めっちゃ大人だ」
「……なんか、同年代として負けた気がする」
「……はい」
人間性・器の大きさ、その両方で完敗。俺達3人はこの時、同じ事を思っただろう。
初めて、完全に心が通じ合った瞬間である。情けな。
お読みいただきありがとうございます。
毎週土曜投稿でしたが、金曜投稿に戻します。理由は金曜の方が調子が良いからです。




