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サイアク  作者: 駄犬
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4-9 工場にて

 そこは、街外れにある工事の跡地。

 寂れて見窄らしく、酷く荒廃した工場は、まるで今の自分を表しているようだ、と槍華はつい考えてしまう。

 らしくないと思いつつ、それだけ感傷に浸ってしまう程に追い詰められているのは、槍華自身が一番理解していた。

 中学生の頃、この近辺で遊んだ時に何度か見た廃工場だが、実際に入ってみるのは初めてだ。

 誰もいない。なにもない。

 あるのは静寂のみ。

 死をそのまま具現化したような光景に、槍華はため息をついてしまう。そのまま流れるように、錆びついて動かなくなった機械の上に座り、ゆっくりと眼を閉じる。

 思い出すのは、3人との記憶。

 中学生の時に出会った、悪友との記憶。

 ラーメン屋行ったり、生徒会室でスマブラや桃鉄をしたり、ラーメン屋行ったり、ゲーセン行ったり、ラーメン屋行ったり、他校の生徒と喧嘩したり、ラーメン屋行ったり……「ラーメン屋の記憶が多いな」と無意識に失笑してしまう。

 槍華は記憶というものを、とても大切にしている。

 記憶とは人間の心を構成する栄養素のようなものだ。

 この身体が炭水化物やタンパク質、ビタミンやミネラル等によって作られているように、槍華の精神は悪友である飛鳥や月葉、そして風雅によって作られたものだと思っている。

 そんな大切な思い出を構成していた友人が殺された。

 そして、その友人のことを知らず知らずのうちに忘れてしまうかもしれなかった。

 それは、槍華にとって肉体の一部を失うことと同義だった。


「槍華……何をやってんだ」

 工場の入り口から、コツコツと鋭い音を鳴らしながら、槍華に近づく一人の男子高校生。呆れるほど聞き慣れた声に反応して、槍華はゆっくりと眼を開けた。

 そこにいたのは銀色フレームの眼鏡をかけ、非行とは無縁そうな見た目をした、槍華の中学時代からの悪友。

 飛鳥だった。

「こんな所に呼び出して話って……何事だよ」

 飛鳥は頭をガシガシとかきながら問いかける。

 困惑。彼の様子を形容するのに、それ以上的確な言葉はなかった。

 槍華は機械の上に座ったまま、前屈みの体制で飛鳥を睨むように見つめていた。そして、槍華の口から零れたのは、何かに縋るような問いかけだった。

「……風雅を、覚えてるか」

 質問や相談をする者は、相手にしてほしい回答を自分の中に持っている。今の槍華の発言にも、その法則は当てはまっていた。

 槍華が望む言葉を、飛鳥が出してくれるか。

 出してくれる。そう、信じていた。

 しかし、そんな願いは叶うことはなかった。

「……誰?」

 飛鳥は目を丸くして、首を傾げる。

 その回答は、飛鳥は大切な悪友を忘れてしまっている事の証明であり、槍華が求めた回答ではなかった。

「……だよな」

 槍華は諦めたようにため息を吐く。

 そして、肉体を焼き尽くす程の憤怒が湧き上がってくる。

 その怒りは、決して飛鳥に向けられたものではない。

 あの3人。いや、その中の1人。

 昨日、ラーメン屋に来た黒髪の少年に。

「俺達4人は、ずっと一緒だと思ってたのに」

 唐突に始まったその独白は、目の前にいる飛鳥を置いていった。

 槍華はただ、自身の世界に堕ちていく。

「一緒にいることも、覚えておくことも、許されないなんて」

「槍華……?なんの話してんだ……?」

 槍華は目の前の飛鳥を差し置いて、一人の世界に没入していた。

「許せない」

 胎の奥底から吐き出された悪意であり、殺意であり、決意であった。

「……おい槍華、なにを」

 飛鳥の打算のない心配を振り払うように、槍華は言葉を吐く。

「喧嘩だよ。中学の時と一緒だ」

 両手で握った拳が、更に強く握り込まれる。

「俺が、あいつらを殺す」

 協力者が教えてくれた真実。

 それに則り、彼は殺す。

 殺さなければ生きられない。

 これから先の人生を、正しく生きることができない。

「あのさ……槍華、マジでどうした?なにが───」

「───来たか」

 飛鳥の言葉を遮るように、槍華が呟いた瞬間。

 ───廃工場の天井が膨らみ、破裂する。

 そして、破裂した天井から瓦礫よりも速く一直線に堕ちる、赫い流星。

 同時に、轟音が響き、振動が疾り、赫焔が舞う。

「なっ……!?」

 飛鳥はその非現実的な現実に驚嘆するが、槍華は酷く落ち着いていた。

 目の前の現実が、槍華を殺意で満たしていく。

「……仕事の時間だな」

 冷血にそう零すのは、四肢に黒い鎧を纏い、赫い焔を放出する黒髪の青年。

 暁理だ。

 槍華の協力者によると、暁理は『デザイア』の所有者であり、風雅を殺した元凶。

 すなわち、悪そのもの。

 風雅が死んだ原因である『デザイア』を持つ悪。

 昨日、槍華が作ったラーメンを美味しいと言ってくれた悪。

 槍華の友人達と、和気藹々と楽しく接してくれた悪。

 そして槍華自身も、彼と話していて楽しいと思ってしまった。感覚的には、飛鳥や月葉、風雅と話す時と近しいものを感じていた。

 そんな、突発的な安寧もたらしてくれた彼を、絶対的な幸福に気づかせてくれた彼を。

 槍華は今。

「殺してやる」

 既に死に体の廃工場に吐き出されたその言葉が引き鉄のように、突然、殺意が込められた風が吹き荒れる。

 同時に、彼の手に握られるのは、虚空から顕現した『翡翠色の槍』。

 それが彼の命術であり、彼の願いそのものであった。

お読みいただきありがとうございます。

今回短くて申し訳ないです。

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