4-8 ここで会ったが
槍華が去って数分後。
コンビニの近くにあった公園で、俺達は現状整理をしていた。
俺はベンチに座り、名前に赤がついたエナジードリンクを飲んでいた。
「つまり、槍華が記憶改変の影響を受けてなかった、と」
戒刃はベンチに座らす、隣の木にもたれかかり、小さなお茶のペットボトルの蓋を閉めながら言う。
「うん……」
俺はエナドリの缶を両手で持ちながら、前屈みの体制で答える。戒刃は俺の煮え切らない返事とは真逆に、淡々と迷いなく口にする。
「つーか、なんで風雅が死んだ事をあいつは知ってたんだよ」
「……確かに」
マンションの崩壊も風雅さんの死も、ニュースで報道された訳じゃない。それなのに、槍華は何故か知っていた。
記憶改変を受けなかっただけならまだしも、公開されていない情報すら認知していた。
「槍華が記憶改変を受けなかっただけじゃなく、『デザイア』による被害や風雅が死んだ事も知ってるなら……尚更、犯人の可能性が出てきたな」
戒刃は真剣味を帯びた声で言い放つ。
俺はその意見に、心の中ではほぼ賛同していた。
現時点で揃っている情報を整理すれば、犯人として最も可能性が高いのは槍華と言わざるを得ない。
論理的にはそうだろう。
「でもなぁ……」
俺は槍華は犯人ではない、と感情的には思ってしまっているのだ。
何故なら、違和感が拭えない。
あの槍華を見て、ある違和感が拭えないのだ。
「変だったよな」
そう零すと、戒刃が冷淡に応える。
「お前の顔が?」
「殺すぞ」
俺は手に握る缶を少し凹ませ、問いかける。
「槍華の様子が変だったの!な!シロア!」
「ッァ……」
しかし、返ってきたのは消え入りそうな苦痛の声。その悲鳴を上げた正体は、俺と同じエナドリの缶を持つシロアだ。
シロアは小さな舌をちょこっと出して、痛みを堪えていた。
「ど、どうしたの……?」
俺がシロアに問いかけると、シロアはこわばった顔で答える。
「……舌が、ぴりぴりします……」
「……ん?」
その唐突に放たれた素っ頓狂な発言と声色に、若干困惑してしまう。
「な、なんの話?」
「こ、これです……」
シロアは両手に持つエナドリを俺と戒刃に見せびらかす。
これ、と言われても……ただのレ◯ドブルだよな……
そんな困惑を解消するように、戒刃が口にする。
「シロア、炭酸飲んだことないんじゃないか?」
「……あ、そゆこと?シロア、炭酸初めてなの?」
俺がそう問いかけると、シロアは小さく首を傾け答える。
「炭酸……?」
その回答で確信する。
やっぱり。炭酸知らないんだ。
俺はシロアの持つ缶を指差しながら言う。
「このシュワシュワしたやつ」
「これが……?凄い、不思議な感覚です……」
「あんまり美味しくなかった?」
「あっ、いえ!美味しいです!ただ、少し驚いただけですっ!」
シロアは必死に弁解する。その顔に浮かんでいる表情は、本音なのか虚偽なのか微妙な所だ。
なんか俺が勧めたから申し訳ないな……
「それで?何が変だったんだ?」
戒刃は話を戻し、警察の事情聴取のようにシロアに問いかける。いや事情聴取なんてされた事ないんですけどね。圧が凄いのよ。
シロアはその戒刃の圧にやられたのか、つま先を見つめながら、細々とした声で零す。
「えっと……その……槍華さんは……お、落ち込んでました」
俺は心の中でシロアの発言にブンブンと頭を縦に激しく振る。
そうなのだ。違和感の正体はそれだ。
昨日の槍華はとても明るく元気で、気さくな人間だった。まさに陽キャ。俺とは違う。自分で言ってて悲しくなってきた。
しかし、今日の槍華は別人のようだった。まるで人格が、あるいは魂が変わったかのように落ち込んでいたのだ。
なにより、槍華が犯人ならば、大切な友人である風雅さんが死んだ事にあんなに落ち込まないだろう!
そう思いながら戒刃の方を直視すると!
「……はあ、そうか」
戒刃は出会って一番呆れたような顔をしていた。なんで!?
「えっ!?おかしいだろ!普通、犯人が落ち込むなんてあるか!?」
反射的に魂の叫びが出てしまう。
しかし、戒刃は冷淡に言い切った。
「いや、意外といるぞ。自分で殺しておいて被害者面する奴」
「そ、そうなんだ」
俺はその回答に、何も言えなくなる。
戒刃はサテライトで何年も、何百もの任務をこなしている。
それはつまり、俺よりも悪人や罪人に出会った機会は間違いなく多い。
俺の持論より、戒刃の持論の方が間違いなく信憑性がある。
「流石、経験豊富な戒刃さんですね」
「なんか今の語弊がある言い方じゃないか?」
戒刃が俺を蔑むような目でこちらを見る。
いや、今のは感嘆ですよ戒刃さん!
そんな会話をしていた時だった。
「あ!その姿は!!」
ふと、公園の外から陽気な声が聞こえてくる。
その声は、昨日散々聞いた声。ラーメン屋で何度も聞いた、明るい女の子の声だ。
「おーい!昨日ぶりー!」
「あ、月葉さんだ」
公園の入り口から、飼い主の元へ駆け出す犬のように走る彼女は月葉さん。背は低めで、インナーカラーが緑の黒髪ロブで、四葉のクローバーのヘアピンを付けた、槍華の友達だ。
夏休みだというのに制服姿。補習か部活なのだろうか。
「ここで会ったが百年目ェ!!」
月葉さんは陽気に笑いながらこちらを指差す。
「恨み買われてる?」
そんなツッコミをすると、月葉さんは満足したのか、にひひと微笑む。
「……え」
同時に、ある悪意を認識してしまう。
「あれ……って」
それは、現実では初めて見る悪意。
しかし、テレビやネットでは腐るほど見た事のある悪意。
それがなんで、月葉さんに。
「ねー!こんな朝早くからここで何してるの?観光は?ここの公園、私が知らないだけで、実は観光スポットになったの?」
しかし、悪意に晒されているのにも相変わらず、月葉さんは能天気に速攻デッキのような会話をする。
「あ……そ、その……」
ほら、シロアが圧倒されてるじゃないですか。これぐらい勢いが強いんですよ彼女。
「おい」
戒刃が小声で、俺に真剣味を帯びた声で問いかける。
「わかってる」
俺たち3人は互いに目を合わせて理解し、月葉さんを迎える。
ある悪意から月葉さんを護る為。
「おはよう。月葉さん」
「うん!おはよー!」
月葉さんは槍華とは違い、昨日と同じような明るさを秘めている。
やはり、風雅さんの事を知らない。いや、そもそも覚えていないのか。でも、それを口に出していいのか?
そんな考えが頭をよぎっていた時だった。
「風雅って分かるか?」
意外にも、その質問をしたのは戒刃だ。
「え?ふーが?█のやつ?」
「……今のどうやって発音したの?」
さりげなく超絶技巧を見た気がする。正確には聞いたのだが。お前の得意で戦ってくれそうな発言。
だが、今ので風雅さんの事は覚えていないのは確定とみていいだろう。
そんな安心が脳髄を刺激した時。
『お前ら、こいつには記憶改変が効いてるな』
戒刃の声が、脳内に直接響き渡った。
「うわあっ!!??」
「ひゃあっ!!??」
俺とシロアが同時に悲鳴を上げる。
「えっ!?なに!?」
月葉さんは何が起こったのかわからないような顔をしている。当然だ。
『うるさい!お前ら黙れ!サテライトの技術だ!お前らの脳内に直接語りかけてる!』
戒刃の叱責が脳内に痛いほど響き渡る。
「……はぃ」
俺はブチギレてる戒刃に小声で返事する。
いや叫んだのは悪いけど、予備知識なしで脳内に直接語りかける戒刃はんも悪くないっすか!?
「まあ……いいや」
俺はため息をついて、月葉さんを見る。
「あのさ、月葉さん」
「ん?なに?」
能天気に月葉さんは、俺の次の言葉を待っていた。
俺は小さく息を吐き、ゆっくりと問いかける。
「槍華ってさ、どんなヤツなの?」
「そっちゃん?」
「うん」
月葉さんは目を丸くした後、満面の笑みで答える。
「凄いヤツ!」
「……凄いヤツ?」
「うん!」
月葉さんは両手をバッと開いて、まるで自分の武勇伝のように語る。
「槍華ね!十種競技で日本記録出したんだよ!」
「マジで!?すっご!!」
「十種競技?」
戒刃が首を傾げる。
それに、月葉さんは無い眼鏡をクイッと上げて解説を始める。
「十種競技は、100m走とか砲丸投とか400m走とか棒高跳びとかの十種類の種目で競う競技だよ!」
「あとやり投げとか円盤投げとかだろ?」
「おー!詳しいね〜!」
月葉さんから感嘆が漏れる。
それを見ていた戒刃が、少し戸惑いながら口を開く。
「なんで詳しいんだよ」
「当然!某アストラ履修してるからな!」
俺は無い眼鏡をクイッと上げる。
「……ん?」
戒刃が再度、首を傾げる。オタクすぎましたごめんなさい。
「でもね……なぜか辞めちゃったんだよね」
先程の明るい表情から打って変わって、悲しそうな顔で呟く。
「え、そうなの?」
「うん……理由は教えてくれなかったんだけどね」
月葉さんは自身のつま先を見つめながら、名残惜しそうに零す。
「私、そっちゃんの十種競技やってる姿、好きだったんだけどなぁ……」
「……」
俺達は、それに何も言えなかった。
槍華と月葉さん達には、間違いなく深い関係性がある。
クサイ言葉で言うならば、絆というものがあるはずだ。
そんな彼女が、槍華に対してそんな感情を抱いているのだ。
部外者の俺達が、何かを言えるわけがない。
「……あ!やばい!補習の時間!」
月葉さんは、分かりやすくはっとした顔を浮かべ、両手を合わせる。
「ごめん!もう行くね!」
「ううん、こちらこそ時間取らせてごめんね。ありがとう」
月葉さんは小さく細い腕を景気良くブンブンと振りながら、笑顔で走り出す。
「じゃねー!」
そう叫びながら、彼女は公園から去っていった。
同時に、月葉さんに付き纏っていた悪意を俺達は捉える。
「……さて」
俺達は公園を出て行った月葉さんを追おうとしている男の元へ、一気に駆け寄る。
「待て」
「ッ……!?」
俺が男の肩を掴むと、男は予想外の事が起きたかのようにこちらを振り向く。
その男は黒のパーカーを着た、顔色の悪く前髪の長い男だ。
俺は男に断言に近い問いを投げかける。
「あんた、月葉さんについてるよな。ストーカーか?」
そう。月葉さんが公園に来た時、その後ろにこの男もいた。
更に、公園の隅で月葉さんを凝視していた。その目線を見逃す程、俺達はバカじゃない。当の月葉さんをバカとは言ってないよ?本当だよ?
そしてなにより、その手にはスマートフォンが握られており、カメラがこちらに向けられていた。
画面を見る様子もなかったので、ほぼ間違いなく盗撮だろう。
「は、はなせっ……!」
男は必死の抵抗を口から吐き出す。
その瞬間に、俺は素早く男の腕を深く掴む。
「黙れ」
「うぐっ……!」
俺は男の肩と腕を更に強く掴み、離されないようにする。
「そのまま捕らえてろ」
戒刃が俺にそう指示した後、ストーカー男の前に立った。そして、サテライト専用の手錠を取り出し、男にかけようとした。
しかし。
「……フフッ」
なぜか、その男は勝ち誇ったかのような、不気味な笑みを浮かべた。
その不気味な光景が目の前で起こった、次の瞬間───
───消えた。
「え」
消えた。音もなく、光もなく、予備動作もなく消えた。
「……は?」
手錠を持ったまま固まる、困惑した戒刃の声が響く。
「い、今の……命術ですか……?」
後ろからも、シロアの動揺した声が聞こえてくる。
「わからん……なんだ今の……ノールックで?瞬間移動?結界や詠唱もなしに?」
戒刃は右手で頭を抱え、起こった現実を堅実に処理していた。
「……」
しかし、この異常な現実を誰よりも近くで感じたのにも関わらず、俺の精神は酷く落ち着いていた。
「……いた」
確信したからだ。
ゲノムさんから与えられた『デザイア』を探知する媒体は反応しない。
理論はない。論理もない。
しかし、絶対的な確信がある。
「あいつが持ってる」
福岡で多くの人を傷つけた人間。
風雅さんを殺した人間。
そして、俺達がこれから殺すべき人間を。
「あの男が『デザイア』を持ってる」
お読みいただきありがとうございます。
月葉さん書いてて楽しい。




