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サイアク  作者: 駄犬
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4-7 冷風

「ふわぁ〜……」

 2025年7月31日、7時51分。

 不細工な欠伸が朝の福岡に消えてゆく。

 あの事故から数時間後、俺たちは再び福岡に降り立っている。まだ朝だというのに、突き刺すような陽光と纏わりつく蒸し暑さが不愉快極まりない。

 結局、あの後は寝られずに朝を迎えてしまった。

 二人には目が冴えてしまったと言い訳をしたものの、実際はそうではない。

 肉体は睡眠を求めているのに、精神は全く別のものを求めていて、その乖離が行動に不具合を引き起こす。

 まだ、心臓の奥は痛い。

 ずっと目を逸らしてきた罰なんだろうか。以前よりずっと痛い気がする。

「眠そうだな」

 俺の左隣を歩くのは、一切の眠気を感じさせない戒刃だ。

 いつもと変わらない淡々とした様子で口にした健康優良児に対して、絶不調の俺は細々とした声で応えた。

「うん……」

「いや、お前に言ってない」

「え?」

「ほら、そいつ」

 戒刃は俺の向こうを歩く、つまり俺の右側を歩く彼女を指差す。

「う……う……」

 俺の右隣を歩くのは、今にも瞼が閉じそうな様子で歩いているシロアだ。

 昨日とはまた別のパーカーを深く被っている彼女は、あくびを噛み殺しながら、まるでゾンビのようにフラフラと歩いていた。

「……大丈夫?」

 俺が覗き込むように顔を近づけてそっと聞くと、彼女は捻り出したような声色で答える。

「……はぃ」

「大丈夫じゃないな」

 戒刃がシロアの回答を反射的に一蹴する。

「何時間寝たんだよ」

「……2時間ぐらい、です」

「少ないな」

 続けて、戒刃はまるで母親が子供に諭すように言う。

「ちゃんと寝ろよお前ら。特にシロアは能力の都合上、10時間睡眠が推奨なんだから」

「はい……」

 分かりやすくシロアは肩を落とす。

 戒刃の主張は正論だが、人には人の事情というものがある。シロアも寝不足になりたくてなった訳じゃないだろう。

 とはいえ、このままの眠気だと任務どころじゃない。どうにかしなければ……

 そんな事を考えながら歩いていると、正面に日本人なら誰もが知っているコンビニエンスストアが見えた。

 そうだ。コンビニで眠気覚ましのコーヒーでも買おう。

 でも、戒刃にそんな事言ったら「そんな事してる場合じゃねぇだろ!」って怒られそうだけど……まあ聞くだけタダだ。

「なー、コーヒー買っていい?」

 コンビニを指差しながら二人に問いかける。すると、間髪入れず戒刃が答える。

「おう。いいぞ」

 あれ、意外にも好感触。

「いいんだ」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「鬼、悪魔、修羅」

「斬るぞ」

「……ふふっ」

 隣から、囀るようなシロアの笑い声が聞こえる。

 そして、そのままの足で俺達はコンビニの中に入っていく。

 自動ドアが開くと、迎えてくれたのは蒸し暑さを上書きする程のよく効いた冷房。突き刺すような鋭い冷風が、身体を纏っていた熱気からの脱却を促す。

 涼しい……!最高……!俺、クーラーと結婚するよ!

 冷房に感動しながら、俺は真っ先に奥の飲料コーナーへ足を運ぶ。それに追従するように、シロアもついてくる。戒刃はおにぎりとかサンドウィッチがある方へ向かっていった。謎。

 飲料コーナーには、お茶やジュース、コーヒーやアルコール飲料など、様々な飲み物が陳列していた。

 俺はコーヒーがある棚の前で、隣のシロアに声をかける。

「シロアも眠気覚ましのコーヒー飲む?」

「……すみません、コーヒーを飲んだ事がなくて……」

 シロアは申し訳なさそうに答える。

「謝ることじゃないよ。コーヒーはこの、黒いやつ」

「あっ、これなんですね……味は美味しいですか?」

「美味しいけど苦いな」

「に、苦いんですか?」

「うん。シロアは甘い飲み物の方が好き?」

「……どちらかといえば」

 シロアはもじもじしながら答える。

 そうか。甘い方が好きか。なら眠気覚ましはエナドリの方がいいかな?甘すぎるかな?てか俺もエナドリ飲みたいかも。零奈がよく飲んでた某レッドブ◯とか。

「……ん?」

 そんな事を考えていると、視界の端に見覚えのある顔を捉えた。

 昨日ラーメン屋で見た、短髪で緑のメッシュが入った、高身長イケメン。

「槍華じゃん」

「あ……本当ですね……」

 隣にいたシロアも驚きを隠す事なく答える。

「……」

「……」

 しかし、俺とシロアはそれ以上の言葉を発する事をやめる。

 槍華は何故か、コンビニの角で立ち尽くしている。

 槍華の先に商品はなく、その先にあるのはバックルームのみ。それなのに、ただそこにある壁を眺めている。

「……声かけるべきなのかな」

「……分かりません」

 俺達は槍華に対しての行動を躊躇する。

 その行動の異常性に怯えているのではない。

 単純に、声をかけるのが正解か分からないのだ。

 そう!我々は陰キャが極まっているのだ!

 Q.ラーメン屋の店員と、ラーメン屋ではない所で出会った時、どういう対応するのが正解ですか?

 という問題があった場合、俺は白紙で答案を提出するぞ!

 てか、クラスメイトを街中で見かけた時も声かけるべきなのか分からない俺が、昨日出会ったラーメン屋の店員さんに声をかけるかどうかなんて、分かるはずないだろ!いい加減にしろ!

 そんなクソみたいな思考をぐるぐる回していた時だった。

「暁理か」

 目の前にいた槍華はまるで背中に目がついているかのように、俺達を察知して振り返る。

「えっ、はっ、お、おはよっ……!」

「はっ……はすっ!」

 俺とシロアがキョドリながら挨拶を返す。

 嗚呼、陰キャここに極まれり。初対面より2回目の会話の方が緊張する現象を許さない。

「…………」

 しかし、槍華はそのキョドリには応えない。

 その時、初めて槍華の雰囲気の違いを直視する。

 昨日の槍華は『飛び抜けて明るい』という言葉がよく似合う男だった。

 だが、今の槍華は、その明るさをカケラも感じない。

 むしろ、その明るさを全て拒絶しているような、憂いを帯びた表情をしていた。

 なにより、氷のようなその眼差しが、逆に俺の心を不安にさせる。

「……大丈夫?」

 恐る恐る問いかけると、槍華がゆっくりと口を開いた。

 

「───風雅が死んだ」


「……え」

 それは、俺の想像とも想定とも違う、予想外の発言であり、絶対に槍華の口から出てはいけない筈の言葉だった。

「昨日さ、マンションが半壊してさ、たくさん死んだ。それで、そのマンションに、風雅が、住んでたんだよ」

 槍華は流暢とは程遠い、途切れ途切れになりながら言葉を紡ぐ。

 しかし、その槍華の言葉がうまく頭に入ってこない。

 あり得ない。なんで知っているんだ。風雅さんが死んだ事を。

 風雅さんの死体は、サテライトで保管している。

 そしてこの世界の人間は記憶改変がされており、昨日の『デザイア』による事件に関する事は認識すら出来ない。

 つまり、槍華が風雅さんが死んだ事も、『デザイア』による事件があった事も、知っているのがあり得ないのだ。

「……知ってるか?」

 それは、銃口を向けられたような発言であった。

「お前か……?」

 微かに、風が吹いた気がした。

 それは冷房の風でも、扉の開閉毎に起こる気圧差から生じる風でもない。

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「ッ……!?」

 俺とシロアは反射的に戦闘体制に入る。

 しかし、こんな場所で、この狭いコンビニで戦闘が始まってしまえば。

 死ぬ。一般人が何人も死ぬ。

 なら槍華を今、この瞬間に殺した方が───

 そんな考えが過った時だった。

「……いいや」

 風が止む。

 敵意は消える。

 俺とシロアは困惑しながらも、それ以上の行動はできなかった。

「…………」

 そして槍華は、鉛を引きずるような歩調でコンビニを出て行ってしまった。

 隣にいるシロアは、困惑と緊張を混ぜた顔で、コンビニのガラスの向こうにある槍華の背中を眺めていた。

 俺はガラスの向こうにいる槍華を凝視しながら、戒刃とゲノムさんの言葉を思い出す。

「……まさか」

 今回の事件で行われた記憶改変は、事件そのものを忘れ、そもそも認識もできないもの。

 しかし、命術を使える人間は記憶改変が効かない為、今回の事件を覚えており、認識も可能。

 そして、今回の『デザイア』の事件には、命術を使える共犯者がいる可能性が高い。

 そして今、その共犯者である可能性の人物が現れてしまった。

「槍華が、共犯者……?」

 その事実に身体の芯から寒気が湧き出てしまう。

 さっきまで心地よかったクーラーの冷気が、今はただただ不快だった。

お読みいただきありがとうございます。

今冬なのに夏の話書いてて感覚バグりそうです。

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