4-6 命術
「『命術』を使える人間は記憶改変が効かない?」
俺は無意識に、ゲノムさんの発言をそのままおうむ返ししてしまう。そもそも、命術って確か……
「暁理、この前教えた『命術』について覚えてる?」
ゲノムさんはまるで教壇に立つ教員のように、俺を名指しする。俺は若干緊張しながらも、座学で習った事を思い出してなんとか答えを出力する。
「ええと……魔術や呪術、超能力などの総称みたいなもの……ですか?」
「そ、正解」
ゲノムさんは満足そうに笑う。
「命術は魔術や呪術、超能力の総称。そして、暁理は分かるだろうけど、この福岡……てか暁理が生きてたこの世界で命術を使える人間は殆どいない」
「待って、ちょっとはいるんですか!?」
つい叫んでしまった。いや叫ぶだろ。
魔術とか呪術とか超能力なんてファンタジーの産物だろ。この現実で使える奴なんて見た事も聞いた事もない。
てか、そもそも現実で「私、魔法が使えまーす⭐︎(キラッ!!)」とか言う奴いたら絶対に関わりたくない。
そんな狼狽える俺を見て、ゲノムさんはケラケラと笑いながら応える。
「いるよ。いるけど、0.01%にも満たない。それに、命術を使う人達は立場を弁えて、誰の目にも届かない場所に隠れてるものだからね」
なるほど。それなら見た事ないのも納得だなってなるか!
しかも0.01%って10,000人に1人だろ!?結構いるじゃん!
「つまり命術……魔術や呪術、超能力などを使える人間は記憶改変の影響を受けないの」
「……違くないですか?それ」
唐突に、戒刃が困惑しながら話に介入する。
「えっ違うの?」
俺がそう零すと、ゲノムさんは焦りながら戒刃を宥めるように言葉を並べる。
「この世界ではそれでいいでしょ。これ以上詳しく説明したら、二人パンクするから」
「えぇ……」
納得がいっていないのか、戒刃は眉をひそませながら唸る。
ゲノムさんは咳払いをして、先程の話を再開する。
「で、ここからが本題。今回の『デザイア』によるこの反応は拒絶反応によるものの可能性が高い」
ゲノムさんは声色も速度も変えず、断言する。
「そして、今回の拒絶反応は意図的なものだ」
「……意図的?」
それはにわかに信じ難い発言であった。
だって、『デザイア』は触っただけで死ぬ劇物らしい。
それを、意図的に?可能なのか?
そんな思考が顔に浮かんでいたのだろう。ゲノムさんは真剣な声色で口を開く。
「今回、マンションの一室で『デザイア』の拒絶反応が確認された。その拒絶反応を起こした人間の死体を検査したから、間違いはない。でもね、肝心の『デザイア』は見つかっていないの」
「……え」
一瞬、嫌な思考が過ぎる。
しかし、さっきの命術の説明からして、あり得ない話ではない。むしろ、可能性としては高い。
でもそれは、この惨劇が事故ではなく悪意に満ちたものだという事になる。
「つまり……」
俺の顔を見たゲノムさんは、何かを察したのか真剣な面持ちで、俺と同じ思考を出力する。
「つまり『デザイア』の拒絶反応をわざと起こし、その後、『デザイア』を回収した奴がいる」
それは、やはり俺の脳内の考えと同一。『この事件を故意に起こした人間がいる』という考え。
つまり、
「犯人がいるって事ですか?」
「……」
ゲノムさんは俺の発言に何も言わず、ゆっくりと頷く。
「……なんで」
訳が分からない。
なぜ?どうして?何が理由で?
テロ?愉快犯?それともただの事故?
そんな思考が濁流のように止まらない。
「そして、こんな事を命術なしで出来る訳がない。ましては『デザイア』だしね。そして、命術を使えるという事は、記憶改変も効かないはずだ」
「なるほど」
「つまり福岡で俺達以外に記憶改変が効いていない人間がいたら、そいつが『デザイア』の拒絶反応を起こした犯人の可能性があるという事だ。分かったかお前ら」
戒刃が俺とシロアを指差す。
「は、はいっ」
シロアは少しぎこちなく答える。
俺もある程度は理解できたと思う。ただ……
「あのさ……」
俺はゆっくりと、怯える犬のように手を挙げる。
一つだけ、一つだけわからない事がある。
戒刃はさっきこれで『デザイア』を探しやすくなったと言っていた。でも……
「これ、探しやすくなります?」
素直な感想が漏れてしまう。
だって、記憶改変をしたとして、自分だけ記憶改変されてなかったら、周りに話を合わせないか?
例えば、今回の事件がガス爆発として記憶改変されたとしよう。その場合、周りはガス爆発で多くの人間が死んだという認識になる。犯人は記憶がそのままの場合でも、周りが記憶改変がされていると理解すれば、自分が犯人とバレないために話を周りと合わせるはずだ。てか、俺が犯人だったらそうする。
ゲノムさんはそんな俺の思考を読んだのか、得意げな顔で告げる。
「そうね。だから、今からそいつを炙り出す為に、もう一度、記憶改変を福岡に行う」
「……え?」
驚嘆が漏れる。
「そ、そんな事していいんですか?」
「大丈夫。先っちょだけだから」
「なんの先っちょだよ前頭葉?」
ゲノムさんはニヤニヤと笑いながら続ける。
「で、その記憶改変だけど……」
ゲノムさんが告げた記憶改変の内容は、理にかなっているとは言い難い、あまりにも力技な内容であった。
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「おい」
数分後。
事件現場の隠蔽と記憶改変に時間がかかる為、一旦サテライトに戻って解散した後、戒刃から声をかけられる。
「どうした?」
俺が振り返ると、戒刃は少しだけ哀しそうな顔を浮かべた。
「……風雅って覚えてるか?」
俺はその名前から、昨日の出来事を思い出す。
「風雅って……風雅さん?槍華の友達だろ?」
そうだ。昨日行ったラーメン屋の店員、槍華の友達だ。
俺がそう気楽に答えると、戒刃は真剣な面持ちで告げる。
「ああ。そいつなんだが、拒絶反応を起こした人間が風雅なんだ」
「……は?」
戒刃の発言に一瞬、思考が停止する。
「風雅の死体を検死した結果、拒絶反応の発信源である事が分かったらしい」
淡々と話を続ける戒刃の両肩を掴む。
そして、衝動的に叫んでしまう。
「風雅さんが、死んだのか……?」
「そうだ」
戒刃は俺とは対照的に、冷静に答える。
死んだ。風雅さんが、死んだ。
「そ、そうか……」
俺は戒刃の両肩から手をゆっくりと離し、後退りする。
死んだ。死んだ。さっきまで生きてた風雅さんが、死んだ。
「それで、風雅については何か調べる必要がある」
戒刃は俺の動揺を他所に、冷淡に言葉を続ける。
「犯人がいるならば、たまたま拒絶反応に風雅が選ばれたのか。それとも、意図的に風雅を選んだのか。それだけで、俺達の対応は大きく変わってくるからな」
戒刃はまるで感情がない機械のように話を続ける。
でも、こいつがそんな冷血な人間ではないことも理解してる。
こいつは、余計な感情や思考を、私情や私怨を表に出さないようにしているだけだ。
「今日は風雅について調べるぞ。風雅の家族や深い交友関係について、どんな人間関係があったのか。それを知る必要があるからな」
戒刃は冷静にそう言い放つ。
「ちょっと待ってくれ」
しかし、俺はそれどころじゃない。
「なんだ」
「……槍華は、大丈夫なのか」
呼吸を荒くしながら、戒刃に問いかける。
槍華だけじゃない。月葉さんや飛鳥さんだって、大丈夫じゃないはず。
彼等がどのような関係か、全ては知らないし、知ることもできない。
けれど、彼等は互いが互いを大切だと思っているだろう。
そんな大切な存在が失われたなら、それは……
「……さあな」
戒刃は哀しさを含ませた声色で答える。
俺は戒刃の反応に、俺は何も言えなかった。
「とりあえず、早く寝ろよ。数時間後には任務だからな」
戒刃はそう言うと、俺に背を向けて自分の部屋に帰っていった。
――――――――――――――――――――――
その後、俺も自分の部屋に帰り、布団の中に入った。
しかし、俺は一向に夢に落ちる事ができなかった。
「はぁっ……はあっ……」
呼吸が上手く出来ない。無意識に胸をギュッと抑える。
風雅さんが死んだ。
つまり槍華、月葉さんや飛鳥さんはこれから、大切な人を失う痛みを得る。それが確定している。
ただそれだけの事実。
その事実が、呼び起こしてしまった。
世界で一番無駄な痛み。存在価値の無い痛み。
烙印を押されたかのような、切り裂かれたかのような激痛が俺の中を蟲のように這っていく。
一度だって和らいだ事はない。
でも、感じないように努めてきた。目を逸らしてきた。
そうしないと、呼吸すら出来ないから。
「はあっ……はあっ……う……あ……」
呼吸は浅く、痛みは収まらない。
いつまで経っても、俺は零奈を失った痛みを引きずり続けている。
俺はそのまま、浅い呼吸で暗闇の中、夜明けを迎えるのを待つ事しか出来なかった。
お読みいただきありがとうございます。
話を書く難しさを痛感してます。




