4-2 2つの性質
「俺、『槍華」』!よろしく!」
ラーメン屋の店員である緑メッシュのイケメン……もとい槍華は、爽やかな笑顔で自己紹介する。
「は、はぁ……よろしく。俺は暁理」
「戒刃だ」
「……ァです……」
シロアは羽虫のような声量で名乗る。
「ん?なんて?」
槍華は一切の悪意なく聞き返す。
「……ぅ……あ」
シロアは肩をガクガクと震わせる。
実はシロアは人見知りなのだ。戒刃ともまともに話せるようになったのも、実は昨日ぐらいである。
そして今、シロアの人見知りレベルはMAXになっている。槍華の距離感がかなり近いが故の事故だ。
ここは助け舟を出さねば。
「あの娘はシロアっていう名前だ」
俺がシロアを紹介すると、槍華は弾むような声で応える。
「へー!みんな珍しい名前だね!」
「槍華も珍しいだろ」
あと別に暁理って珍しくなくない?男でアカリは珍しいかな?今の時代にこんな事言うのはダメかもだけど。
「あはは!確かに!」
槍華は机に肘をつきながら、爽やかな春風のように笑う。
「それで、どうする?何食べる?」
槍華はメニュー表を指差す。
俺たち3人は、それに釣られるようにメニュー表に顔を落とす。
俺は少しだけ考えた後、メニューに大きく『オススメ!!』と書かれたシンプルな博多ラーメンの写真を指差す。
「……博多ラーメンで」
「おけ!!」
「二人は?」
「あ、暁理さんと同じもので……」
シロアはかろうじて聞こえる声量で答える。
「じゃあ俺も」
戒刃は淡白に答える。
「おっけー!じゃあちゃっちゃと作ってくるから、待ってて!」
槍華はそう言いながら席を立ち、厨房へと入っていった。
そして、自然な手つきで食材や調理器具を扱い始める。
まるで踊るように……という訳ではないけど、間違いなく何年も同じ作業を行なっている人間の手つきだ。あまりにもスムーズすぎる。ここのバイト長いのかな?というか他の店員さんいないけどワンオペ?
「それで、結局『デザイア』はどうすんだ?」
ふと、戒刃がコップの水を飲みながら話を始める。
「今のところ『デザイア』の反応は一切ない。それどころか、平和そのものだ」
「うーん。ゲノムさんが言ってたのって本当なのかな……」
「……確かにな」
そう。そもそも福岡に来て『デザイア』を歩いて探しているのには理由がある。
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「『デザイア』にはいくつか性質があるんだけど、今回は最も厄介な2つの性質について教えます」
5日前。『デザイア』についての座学をカフェでしていた時の事を思い出す。
ゲノムさんは意気揚々と緑色の長髪を靡かせながら、正面に座る俺に問いかける。
「まずは昨日の復習から。『デザイア』は世界の理を崩壊させる力を持つ。それは覚えてる?」
俺は昨日の基礎的な授業の記憶を呼び起こし、確かな自信と共に答える。
「はい」
「よろしい」
その回答に、ゲノムさんは満足気にコーヒーを一口飲む。
昨日も思ったが、座学だから教壇と黒板、もしくはプロジェクターにスクリーンかと思っていたが、まさかの放課後飲食店勉強スタイル……
俺は手元にあるタブレットをノートがわりにメモを取る。というか、ゲノムさんから貰ったこのタブレット死ぬほど書きやすい。そんなことは死ぬほどどうでもいいんだが。
「で、そんな『デザイア』が福岡で発動されれば、最低でも200万人は死ぬ」
ゲノムさんはコーヒーのコップを机に置いて淡々と、まるで明日の天気について話している人のように語る。
「200万……」
しかし、その数字の莫大さに言葉を失う。
200万人以上が死ぬ事なんて、間違いなく看過されていい事じゃない。
「……そんな200万人以上が死ぬような任務、俺以外の人が行った方が良くないですか?」
そうだ。それだけ多くの人が死ぬかもしれない任務、俺のような凡人ではなく、もっと強くて知識があって経験のある人が任務に当たるべきだ。
「そう。それが『デザイア』の性質の話に繋がるの」
ゲノムさんは更に満足気に俺を指差し、お気楽に語る。
「そもそもなぜ暁理が『デザイア』の回収任務に選ばれたと思う?」
「なぜって……」
「暁理よりも強くて頭良くて経験があって才能があってイケメンは沢山いるのに、どうして暁理が選ばれたと思う!!??」
「俺に命の価値がないからです……」
「ひどい!なんでそんな事言うの!?」
「記憶力ダチョウか?」
あそこまで俺を貶しておいて、ゲノムさんは『え〜?なんのこと〜?』とぼける。お前のせいでネガティブ値MAXだぞこっちは。殴りたい。
「実は『デザイア』って、暁理みたいな『デザイア』の所有者しか回収できないの」
ゲノムさんは俺の目を真っ直ぐに見つめながら語る。
「そうなんですか?」
「うん。『デザイア』って劇物でさ、普通の人間が触れば拒絶反応が起きて死ぬの」
「死ぬ!?」
「しかも、拒絶反応の恐ろしい所は触れたら死ぬ事じゃなく、二次災害。これが最悪なの」
ゲノムさんは深いため息をつきながら話を続ける。
「過去には『デザイア』の拒絶反応で文明崩壊した事もある。感染した人間の頭部を爆破する細菌の発生とか、内臓のみを直接焼く2つ目の太陽が顕現したりとか」
「怖すぎません?」
「そうなの。マジで怖いの」
ゲノムは共感してほしいと言わんばかりに身体を乗り出して顔を寄せる。
細菌とか2つ目の太陽とか、今まで生きてきた人生で出会ったことないものばかりすぎて怖い。厄災じゃん。
「暁理が回収任務に選ばれた最大の要因は『デザイア』の所有者である事。『デザイア』の所有者は既に『デザイア』に対する抗体を持っている。つまり拒絶反応が起きない。『デザイア』の任務に当たる最適な人材なの」
「な、なるほど……」
それなら、俺が任務にまだ選ばれた理由はわかる。
拒絶反応で文明崩壊レベルの厄災が起こるなら、拒絶反応が起こらない俺を連れて行くのは真っ当な理由だ。
「あと『デザイア』回収任務に回せるほど、人手に余裕がないの。ウチの人手不足を舐めるなよ」
「舐めてはないっす」
ゲノムさんがわざとらしい半ギレで言い放つ。
それが冗談なのは分かるが、目の奥は笑ってない。怖い。
「それでは、2つ目の性質の話。『デザイア』同士は引かれ合うんだよ」
ゲノムは乗り出した身体を戻しながら語る。
「幽◯紋の話してます?」
「立ち向かうものの話してる」
「スタ◯ドじゃねぇか」
ゲノムさんはその反応に小さな笑みを零し、話を続ける。
「『デザイア』はね、互いを反応させる性質があるの。すけべな事考えたらダメよ?」
「考えてないです」
ゲノムさんは頬を赤くさせ、わざとらしく振る舞う。うざ。
「『家にガス屋さんが来た時の犬』『新歓に投入された大学一年生女子に反応する大学三年生男子』みたいに、『デザイア』が近くにあると、もう片方の『デザイア』も反応してしまう。そういう性質があるの」
「例えが庶民的過ぎません?」
あとそれ、反応してるの犬と雄だけでは?
「特に『デザイア』が目覚めた時は、別の『デザイア』も共鳴して目覚めやすい」
「目覚めた時?」
「『デザイア』を初めて発動した時。つまり、暁理が初めて『デザイア』適合した時ね」
その言葉に、一瞬嫌な想像が頭を過ぎる。
あの建物、あの廃棄場、あの檻の中にいた時。
俺に『デザイア』が初めて適合した日。
「数日前、福岡で『デザイア』の反応が発生したのは、恐らく共鳴だろうね。福岡の『デザイア』は、暁理の『デザイア』に反応して目覚めたと思われる」
ゲノムさんは何も変わらず、淡々と『デザイア』に関する教育を施してくれている。
しかし、俺の意識は教育からかけ離れた所にあった。
「……じゃあ、それは」
200万人以上が死ぬかもしれない厄災。それのきっかけを引き起こしたのは……
「俺のせ───」
「───暁理のせいじゃない」
俺の言葉を遮るように、ゲノムさんが鋭く重い声色で言い放つ。
「君は零奈から託された『デザイア』に適合して目覚めただけ。それに、責任は一切ないからな。自惚れるなよ」
叱責のようでもあり、励ましのようでもあった。
「あと福岡の『デザイア』の反応はとても弱かった。『デザイア』は片方が強ければ、もう片方も強く反応するんだけど、今回は異常な程に弱かった。死人も確認されてない。つまり被害は出てないって事!あー!暁理が弱くて助かった!」
「それ褒めてます?」
「褒めてるよ?」
ゲノムさんは頬を赤らめながら……いや、酔っ払いのように頬を赤らめながら満面の笑みを浮かべる。絶対褒めてねぇだろ。
「ただ、今後は分かんない。暁理と福岡の『デザイア』の物理的距離が近くなったら、再び反応が起きて、最悪厄災を引き起こすかもだし」
ゲノムさんはさっきとは打って変わって、真剣な面持ちで話を始める。
「……そっすね」
「とりあえず、今日教える『デザイア』の性質については以上だけど、理解した?」
「はい」
「よろしい。それでは、福岡の任務について、少しだけ話そうか」
ゲノムさんはコーヒーを再び一口飲み、少し間を置いてから話を始める。
「福岡の任務は『デザイア』が発動する前に回収がマスト。万が一『デザイア』が発動したとしても、死傷者が10万人以下に収まればベターだ」
その発言に、俺は疑念を抱く。
10万人も犠牲になるのに、それでも許容範囲なのか?
「10万でも……被害がデカすぎません?」
その言葉に、ゲノムさんはため息を吐く。
「……10万人の死傷者で収まるなら、安いものだよ」
それは、人として言ってはいけない言葉だった。
世界を護る者として、絶対に言ってはいけない言葉。
しかし、ゲノムさんのその眼は、一切笑っていない。むしろ、その発言をした自身に怒っているようだった。そんなゲノムさんを見て、初めてその発言の意図を汲む。
ゲノムさんは、この任務でマストの結果を出さなくても問題ないという発言をした。つまりそれは、俺が任務を失敗しても問題はないと言っているようだった。
「……」
ゲノムさんの発言を肯定はしない。
しかし、その気遣いも無碍にはしたくない。
「……大丈夫です」
けれど、未熟者な俺は本心を吐露する事もできない。だから、中途半端な決意が出力されてしまった。
「もっと安くしてやりますから」
ゲノムさんは、その言葉に少しだけ驚いたような表情を浮かべた後、陽だまりのような笑顔を浮かべながら言葉を零した。
「……なら安心だね」
それは、俺に向けるにはあまりにも無相応な、優しくて暖かな微笑みだった。そして、「誰も死なせない」と言えなかった俺の心を見透かした上で放たれた言葉なのは、未熟者な俺でも理解できた。
「……じゃあ、今は座学よりも戦闘訓練の方に重点を置いた方がいいかもね。今日の座学は終わり。訓練室行って来な」
ゲノムさんは席を立ち、まるで講義はもう終わりのような仕草を見せる。
早くない?それに、まだ教えて貰いたい事たくさんあるんだけど……
「な!なんでですか!?」
瞬間、鋭い目付きでゲノムさんは答える。
「暁理さ……『デザイア』もとい殺意のコントロール出来てないでしょ?戒刃から聞いたよ?」
「うぐっ……!」
クリティカルヒット!!100のダメージ!!
「訓練の度に殺されかけて気が気じゃない!って戒刃がブチギレてるでしょ?」
「はい……」
身に覚えがありすぎる……『デザイア』の発動条件が『殺意』のせいで、戒刃と訓練する時にどうしても戒刃を殺しそうになってしまう……死にたい。
「殺意のコントロールが出来てないの、『デザイア』のコントロールが出来てないのと同義だから早く直して。正直、洒落になってない」
マジトーンのゲノムさんの声色に、シンプルにメンタルが削られる。嗚呼、ゲノムさんは優しい人だ。俺に対して不満や怒りを持ってても、それを表に出さない。それはそれとして、「そろそろ直せよ?」はちゃんと態度で示してくれる。有難い。そして死にたい。
「殺意の強弱をつけられるように。それが福岡行くまでの最低条件ね」
「はい……」
俺は分かりやすく肩を落とす。
「誰も死なせないんでしょ?それぐらいできないと」
「はいぃ……」
さっきの発言がボディブローのように響く。あんなこと言わなきゃよかった!!
「あ、そうだ。暁理、これあげるよ」
ゲノムさんは急に話を変え、そう言いながらスマホぐらいのサイズの液晶媒体を取り出して、机に置く。
「これね、サテライトが使ってる『デザイア』専用レーダー。任務の時はそれ使って。古いタイプだけど」
ゲノムさんはそう言いながら、俺が今使っている黒いタブレットを指差す。タブレットといっても、端末の画面と空中に映し出された画面の二画面を表示できる、未来のタブレットなんだが。フィクションでしか見たことない。
「いいんですか?」
「もちろん。でも、今後は自力で『デザイア』探せるようになってね。零奈みたいに」
「……零奈そんな事できたんですか?」
「そうなの。あの子、凄かったのよね」
ゲノムさんは顎に人差し指を当てながら、わざとらしく言い放つ。
「零奈みたいに成れとは言わない。けど、零奈以上の傑物にならないと、零奈を生き返らせる事は不可能だからね」
それは正に正論。何一つとして、反論不可な正論だった。
「……はい!」
だからこそ、俺は成らなきゃダメなんだ。
零奈を生き返らせる為に、零奈より強くなる。
そんな事、言われなくても分かってる!
「行ってきます!ありがとうございました!」
俺は席を立ち、感謝の言葉を述べながら訓練室へ急足で向かう。
「……若いなぁ」
背中からそんな憐れみのような、或いは嫉妬のような発露が聞こえた気がした
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
あと2026年から金曜投稿から土曜投稿に変わります。
週一投稿は変わりません。




