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サイアク  作者: 駄犬
25/31

3-6 再開

 無意識に駆け出すなんて、人生でどれぐらいあるのだろう。

 そりゃ、毎日がアニメやドラマのような生活なら、週に1回は駆け出すかもしれない。そしてそこには劇的な理由があり、人生を賭ける理由があると思っていた。

 でも、俺はそんな劇的な人生なんて望んでない。出来る限り凡庸な生活でいい。だから、無意識に駆け出す衝動的な行動とは無縁だと思っていた。

 しかし、いざ起こってみると、そこに大した理由はない事を痛感する。

「シロア……!」

 無意識に、彼女の元へ駆け出していた。

 シロアが無事でいてくれた。シロアが生きてくれていた。

 その事実だけで、俺は身体を動かしてしまった。

「あっ!へっ!?……えっ!?」

 シロアは、俺の行動にオドオドとしながら、両手を胸の前にだして左右に振っていた。

 しかし、シロアは逃げる事も、俺から目を離す事もしなかった。

 そして、

「シロア……」

 シロアの正面に立った俺は、彼女の顔を見つめる。

 彼女の顔に出血や痣、傷はない。むしろ、あの檻にいた時より生気を感じられる。顔色だけで問題ないと理解する。

 しかし、それなのに最初に出た言葉は、

「……大丈夫か?」

 これだった。自分でも呆れてしまう。

 一目で健康だと分かるのに、それでもこれが出てしまう。自分のボキャブラリーの無さを心の中で恥じる。

「は、はいっ……!大丈夫です……!」

 シロアは動揺しながらも、はにかんだ笑顔を浮かべている。気の利いた言葉をかけれない俺に、わざわざ懸命に答えてくれる。なんて健気だ。申し訳ない。

「……ならよかった」

 無意識に安堵のため息をつく。

 それに呼応するように、シロアも小さく柔らかな笑顔を見せる。

 シロアは黒のオーバーシルエットのパーカーとスキニーパンツを着こなしていた。檻の中にいた時の薄汚れた外套ではなく、また、病院で着る患者衣でもない。年相応のファッションのようで、なぜだか少し嬉しくなった。

「どう?一週間ぶりの再会は?泣いた?」

 ゲノムさんが俺の肩に肘をのせ、まるで感動を煽るように言い放つ。いやシロアと再会できて嬉しいけど、泣くほどではないが……待て。

「……一週間?」

 俺は少しだけ言葉を震わせながらゲノムさんに問いかける。

 するとゲノムさんは簡単に答える。

「あれ?言ってなかったっけ?暁理、一週間寝てたんだよ?」

「……マジですか?」

「うん」

 反射的に頭を抱える。

 マジか、一週間も寝ていたのか……というか、一週間寝てたのに、喉の渇きとかあんまりなかったし、身体もこんなにまともに動くの?人体の神秘?それともなんかのバグ?

「サテライトの技術のおかげだよ」

 ゲノムさんは胸をドンッと叩きながら答える。

 俺の思考を読んでるよこの人、怖っ。

「心読まないでください」   

「暁理はわかりやすいからね。それよりどう?あんなに大怪我したのに、怪我する前より健康体なの凄いでしょ?」

「ご都合展開の間違いでは?」

「おい、それは言ったらダメなやつだぞ」

 戒刃が俺の頭をぽこんと叩く。ごめん。

 そんな事より、俺が一週間寝ていたという事実から、ある疑問が湧いてしまう。

「……ゲノムさん。今日は何日ですか?」

「んー?暁理がいた世界で言うと、今日は7月22日だよ」

 ゲノムさんは明るい口調で答える。

 なるほど、今日は7月22日か。疑問は解消だ。

「……あれっ?」

 しかし、その事実は新たな疑問を生じさせる。

 7月7日に零奈が亡くなって、俺も殺された。

 その後、檻でシロアと何日か過ごした。記憶にある限り、俺があの檻の中にいたのは5日間。

 つまり、5+7。単純な計算なら今日は19日。

「3日足りなくね……?」

 無意識に溢れた言葉に、シロアが小さく肩を揺らす。

「……シロア?」

「……イエ、ナニモ……」

 シロアは目を逸らしながら片言で答える。

 ……いやそれ絶対何か知ってる奴の発言じゃん。

「そんな事より!これからはこの3人で任務に出てもらうからね!」

 ゲノムさんは両手をパンと叩き、意気揚々と言い放つ。いや、このシロアについて問い詰めたいんですが……あれ?3人?

「3人……この女もですか?」

 戒刃は俺と同じ疑問を持っていたのか、少し不満げにシロアを指差す。

「そう。これから、暁理・シロア・戒刃の3人で『デザイア』の回収任務を行ってもらう」

「シロアも……?」

「うん」

 ゲノムさんは何の不具合のない機械のように頷く。

 しかし、俺はそのゲノムさんの発言に少し……いや結構な不満を抱く。

「『デザイア』の回収って、危険な所にも行きますよね?」

 戒刃の言葉を思い出す。『デザイア』には理を崩壊させる力があるらしい。間違いなく危険だ。しかし、『デザイア』の回収にシロアも一緒に行くという事は、死地にシロアを連れて行くという事。

「そりゃね。命の保証はどこにも」

 ゲノムさんは俺の問いかけに、あっさりと答えを返す。

 その言葉に、改めて不満を抱く。

「あんまり、危険な所にシロアを連れて行きたくないな……」

 あの檻にいた時の事を思い出していた。

 シロアは家畜として、酷い目に遭っていた。

 俺の意識があったあの5日間だけでも、酷い目に遭ってる瞬間を何度も見ている。シロアには異常な再生能力がある。しかし、いくら傷が瞬時に再生するからといって、あんなものが許されるわけじゃない。

 数日しか一緒にいなかったけど、シロアは善人寄りの人間。

 できればシロアにはこれ以上傷付かず、穏やかな場所で幸せになって生きてほしい。

 シロアが再び酷い目に遭って傷つくなんて、俺が嫌だ。

「あの……!」

 俺はゲノムさんに、そんなくだらなくて自分勝手なエゴを主張をしようとした。

 そんな時だった。

「……さん!」

 服の袖が勢いよく引っ張られる。

「うわっ!?」

 身体が少しだけ仰け反り、反射的に引っ張られた袖に目線を移す。

 袖を引っ張った犯人は、シロアだった。

「あのっ……大丈夫です!私は……大丈夫ですから……」

 シロアはぎこちなく、しかし、固い決心を俺にぶつける。

「えっと……?」

 そんなシロアの意外な行動に動揺してると、ゲノムさんが笑みを浮かべながら口を開く。

「暁理、大丈夫だよ。この一週間、私がみっちり鍛えたから」

 ゲノムさんは俺とシロアの顔を交互に見る。

「鍛えた……?」

「戦えるんですか?」

 戒刃が淡々と疑問を投げかける。

「戦闘特化ではないけど、自分の身は護れるぐらいの仕込みは済んでる」

 ゲノムさんはシロアの横へ立ち、肩を回す。

「むしろ、暁理より強いかもよ?」

「えっマジですか?」

「てか、戒刃は暁理に負けたから、強さで言うとシロア、暁理、戒刃の順番になるから……戒刃が一番弱いかな?」

「切腹してやる」

「まて落ち着け」

 戒刃が絶望したような声色で小さく零す。そんな戒刃の肩を瞬時に掴んで励ます。

 なんでこの人は戒刃を煽るような事を言うんだ……!

「まあそもそも……シロア()大丈夫だしね」

 ゲノムさんは顔に陰を落として呟く。俺はゲノムさんのその発言を理解する事はできなかった。

「という訳で3人で『デザイア』の回収に行ってもらうので。そこんとこよろしく」

 陰った顔に明るさを戻し、ハリのある声色でゲノムさんは俺たちの今後を提示する。

 戒刃はため息をついた後、ゲノムさんを睨みながら問いかける。

「それはわかりましたが……どこの世界に行くんですか?」

 その言葉に引っ掛かりを覚え、無意識に会話を遮ってしまう。

「どの世界って?」

 その言葉に、戒刃は再びため息をついて答える。

「『デザイア』がある世界」

 その回答から、零奈から教えてもらった事を思い出す。

 この世界には俺や零奈が生きていた世界以外にも、2億以上の世界があるらしい。

 つまり、俺達はこれから俺や零奈がいた世界ではない、別の世界に行くのか。

 零奈を生き返らせる為とはいえ、異世界に行くのは少しワクワクしてしまう。異世界はどんな所なんだろ?やっぱ剣と魔法の世界なのかな?それとも技術が発展してる世界とか?やばい、結構楽しみかもしれん。

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた戒刃君!」

 ゲノムさんは満足気に腕を組む。

「そういうのいいんで」

 戒刃は淡々と手のひらをゲノムさんに向ける。冷っ。しかし、ゲノムさんは戒刃の冷たい反応を気にする事なく続ける。

「数日前、ある場所で『デザイア』の反応が確認できた。その場所で『デザイア』の回収をしてもらうのが君たちの初任務。そんな、君たちの初任務の舞台は……!」

 ゲノムさんは空を指差し、高らかと宣言する。


「『福岡』!!!」

 

「……えっ?」

「福岡!!!」

「福岡……?」

 聞き間違いか?福岡?福岡県?

「福岡だよ?暁理なら知ってるでしょ出身世界だし」

 ゲノムさんは『当たり前の事を言ってるだけですけど?』みたいな顔をしている。

「知ってますし、なんなら行った事ありますけど……九州の福岡?フクオカっていう名前の世界ではなく?」

「福岡だよ。どした?なんか福岡にトラウマでもある?」

「いえ……ただ、てっきり異世界に行くものだと思ってたので……」

「福岡って異世界みたいなもんじゃん。あいつらにとっては」

 ゲノムさんは俺の奥を指差す。

「暁理……福岡ってどこだ?」

 戒刃は少し困惑している。そうか。戒刃も異世界出身だから、福岡を知らないのか。という事はつまり……

「シロアは福岡知ってる?」

 シロアは首を横に振る。

「そうか……」

 まさか、福岡を知ってるのが俺だけとは……

「数日前に福岡で『デザイア』の反応があってね。その後は特に反応は確認できてないけど、あるのは確実だから」

 軽く言うゲノムさんのその言葉に、改めて理解する。

「……福岡に『デザイア』があるのか」

 福岡は片手で数えられるほどしか行った事がない。それでも、ご飯は美味しかったし、遊ぶ場所も多かった。正直、そこそこ愛着がある。

 しかし、『デザイア』は理を崩壊させる力があり、そんなものが福岡にある。つまり、福岡は実は今、危機的状況にあるという事だ。

「よしっ、じゃあ今すぐ行きましょう」

「だめだめだめ。福岡に行くのは一週間後ね」

「なんでですか!?早く行った方が良くないですか!?」

「それはそうなんだけど、暁理はまだ『デザイア』を完全に使いこなせてないでしょ?あと知識不足だし」

「うぐっ……」

 それを言われると弱い……零奈より『デザイア』は全く使いこなせてないし、知識も全くない。

「だから、一週間は生き残る為の必要最低限の訓練と座学を叩き込む。福岡はその後」

 ゲノムさんは俺に指を指す。

「死ぬほどキツイけど、もちろんやるよね?」

 その言葉を聞いた後、無意識にシロアと戒刃の顔を交互に見る。

 シロアも戒刃も何も言わなかった。しかし、その表情の奥にある確かな覚悟は、言葉は無くとも理解できた。

「……はい!」

 その回答に、ゲノムさんは満足気に笑った。


 そして、その一週間後、福岡で俺達の初任務が始まった。

お読みいただきありがとうございます。

クリスマスイブに投稿です(泣

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