3-6 再開
無意識に駆け出すなんて、人生でどれぐらいあるのだろう。
そりゃ、毎日がアニメやドラマのような生活なら、週に1回は駆け出すかもしれない。そしてそこには劇的な理由があり、人生を賭ける理由があると思っていた。
でも、俺はそんな劇的な人生なんて望んでない。出来る限り凡庸な生活でいい。だから、無意識に駆け出す衝動的な行動とは無縁だと思っていた。
しかし、いざ起こってみると、そこに大した理由はない事を痛感する。
「シロア……!」
無意識に、彼女の元へ駆け出していた。
シロアが無事でいてくれた。シロアが生きてくれていた。
その事実だけで、俺は身体を動かしてしまった。
「あっ!へっ!?……えっ!?」
シロアは、俺の行動にオドオドとしながら、両手を胸の前にだして左右に振っていた。
しかし、シロアは逃げる事も、俺から目を離す事もしなかった。
そして、
「シロア……」
シロアの正面に立った俺は、彼女の顔を見つめる。
彼女の顔に出血や痣、傷はない。むしろ、あの檻にいた時より生気を感じられる。顔色だけで問題ないと理解する。
しかし、それなのに最初に出た言葉は、
「……大丈夫か?」
これだった。自分でも呆れてしまう。
一目で健康だと分かるのに、それでもこれが出てしまう。自分のボキャブラリーの無さを心の中で恥じる。
「は、はいっ……!大丈夫です……!」
シロアは動揺しながらも、はにかんだ笑顔を浮かべている。気の利いた言葉をかけれない俺に、わざわざ懸命に答えてくれる。なんて健気だ。申し訳ない。
「……ならよかった」
無意識に安堵のため息をつく。
それに呼応するように、シロアも小さく柔らかな笑顔を見せる。
シロアは黒のオーバーシルエットのパーカーとスキニーパンツを着こなしていた。檻の中にいた時の薄汚れた外套ではなく、また、病院で着る患者衣でもない。年相応のファッションのようで、なぜだか少し嬉しくなった。
「どう?一週間ぶりの再会は?泣いた?」
ゲノムさんが俺の肩に肘をのせ、まるで感動を煽るように言い放つ。いやシロアと再会できて嬉しいけど、泣くほどではないが……待て。
「……一週間?」
俺は少しだけ言葉を震わせながらゲノムさんに問いかける。
するとゲノムさんは簡単に答える。
「あれ?言ってなかったっけ?暁理、一週間寝てたんだよ?」
「……マジですか?」
「うん」
反射的に頭を抱える。
マジか、一週間も寝ていたのか……というか、一週間寝てたのに、喉の渇きとかあんまりなかったし、身体もこんなにまともに動くの?人体の神秘?それともなんかのバグ?
「サテライトの技術のおかげだよ」
ゲノムさんは胸をドンッと叩きながら答える。
俺の思考を読んでるよこの人、怖っ。
「心読まないでください」
「暁理はわかりやすいからね。それよりどう?あんなに大怪我したのに、怪我する前より健康体なの凄いでしょ?」
「ご都合展開の間違いでは?」
「おい、それは言ったらダメなやつだぞ」
戒刃が俺の頭をぽこんと叩く。ごめん。
そんな事より、俺が一週間寝ていたという事実から、ある疑問が湧いてしまう。
「……ゲノムさん。今日は何日ですか?」
「んー?暁理がいた世界で言うと、今日は7月22日だよ」
ゲノムさんは明るい口調で答える。
なるほど、今日は7月22日か。疑問は解消だ。
「……あれっ?」
しかし、その事実は新たな疑問を生じさせる。
7月7日に零奈が亡くなって、俺も殺された。
その後、檻でシロアと何日か過ごした。記憶にある限り、俺があの檻の中にいたのは5日間。
つまり、5+7。単純な計算なら今日は19日。
「3日足りなくね……?」
無意識に溢れた言葉に、シロアが小さく肩を揺らす。
「……シロア?」
「……イエ、ナニモ……」
シロアは目を逸らしながら片言で答える。
……いやそれ絶対何か知ってる奴の発言じゃん。
「そんな事より!これからはこの3人で任務に出てもらうからね!」
ゲノムさんは両手をパンと叩き、意気揚々と言い放つ。いや、このシロアについて問い詰めたいんですが……あれ?3人?
「3人……この女もですか?」
戒刃は俺と同じ疑問を持っていたのか、少し不満げにシロアを指差す。
「そう。これから、暁理・シロア・戒刃の3人で『デザイア』の回収任務を行ってもらう」
「シロアも……?」
「うん」
ゲノムさんは何の不具合のない機械のように頷く。
しかし、俺はそのゲノムさんの発言に少し……いや結構な不満を抱く。
「『デザイア』の回収って、危険な所にも行きますよね?」
戒刃の言葉を思い出す。『デザイア』には理を崩壊させる力があるらしい。間違いなく危険だ。しかし、『デザイア』の回収にシロアも一緒に行くという事は、死地にシロアを連れて行くという事。
「そりゃね。命の保証はどこにも」
ゲノムさんは俺の問いかけに、あっさりと答えを返す。
その言葉に、改めて不満を抱く。
「あんまり、危険な所にシロアを連れて行きたくないな……」
あの檻にいた時の事を思い出していた。
シロアは家畜として、酷い目に遭っていた。
俺の意識があったあの5日間だけでも、酷い目に遭ってる瞬間を何度も見ている。シロアには異常な再生能力がある。しかし、いくら傷が瞬時に再生するからといって、あんなものが許されるわけじゃない。
数日しか一緒にいなかったけど、シロアは善人寄りの人間。
できればシロアにはこれ以上傷付かず、穏やかな場所で幸せになって生きてほしい。
シロアが再び酷い目に遭って傷つくなんて、俺が嫌だ。
「あの……!」
俺はゲノムさんに、そんなくだらなくて自分勝手なエゴを主張をしようとした。
そんな時だった。
「……さん!」
服の袖が勢いよく引っ張られる。
「うわっ!?」
身体が少しだけ仰け反り、反射的に引っ張られた袖に目線を移す。
袖を引っ張った犯人は、シロアだった。
「あのっ……大丈夫です!私は……大丈夫ですから……」
シロアはぎこちなく、しかし、固い決心を俺にぶつける。
「えっと……?」
そんなシロアの意外な行動に動揺してると、ゲノムさんが笑みを浮かべながら口を開く。
「暁理、大丈夫だよ。この一週間、私がみっちり鍛えたから」
ゲノムさんは俺とシロアの顔を交互に見る。
「鍛えた……?」
「戦えるんですか?」
戒刃が淡々と疑問を投げかける。
「戦闘特化ではないけど、自分の身は護れるぐらいの仕込みは済んでる」
ゲノムさんはシロアの横へ立ち、肩を回す。
「むしろ、暁理より強いかもよ?」
「えっマジですか?」
「てか、戒刃は暁理に負けたから、強さで言うとシロア、暁理、戒刃の順番になるから……戒刃が一番弱いかな?」
「切腹してやる」
「まて落ち着け」
戒刃が絶望したような声色で小さく零す。そんな戒刃の肩を瞬時に掴んで励ます。
なんでこの人は戒刃を煽るような事を言うんだ……!
「まあそもそも……シロアは大丈夫だしね」
ゲノムさんは顔に陰を落として呟く。俺はゲノムさんのその発言を理解する事はできなかった。
「という訳で3人で『デザイア』の回収に行ってもらうので。そこんとこよろしく」
陰った顔に明るさを戻し、ハリのある声色でゲノムさんは俺たちの今後を提示する。
戒刃はため息をついた後、ゲノムさんを睨みながら問いかける。
「それはわかりましたが……どこの世界に行くんですか?」
その言葉に引っ掛かりを覚え、無意識に会話を遮ってしまう。
「どの世界って?」
その言葉に、戒刃は再びため息をついて答える。
「『デザイア』がある世界」
その回答から、零奈から教えてもらった事を思い出す。
この世界には俺や零奈が生きていた世界以外にも、2億以上の世界があるらしい。
つまり、俺達はこれから俺や零奈がいた世界ではない、別の世界に行くのか。
零奈を生き返らせる為とはいえ、異世界に行くのは少しワクワクしてしまう。異世界はどんな所なんだろ?やっぱ剣と魔法の世界なのかな?それとも技術が発展してる世界とか?やばい、結構楽しみかもしれん。
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた戒刃君!」
ゲノムさんは満足気に腕を組む。
「そういうのいいんで」
戒刃は淡々と手のひらをゲノムさんに向ける。冷っ。しかし、ゲノムさんは戒刃の冷たい反応を気にする事なく続ける。
「数日前、ある場所で『デザイア』の反応が確認できた。その場所で『デザイア』の回収をしてもらうのが君たちの初任務。そんな、君たちの初任務の舞台は……!」
ゲノムさんは空を指差し、高らかと宣言する。
「『福岡』!!!」
「……えっ?」
「福岡!!!」
「福岡……?」
聞き間違いか?福岡?福岡県?
「福岡だよ?暁理なら知ってるでしょ出身世界だし」
ゲノムさんは『当たり前の事を言ってるだけですけど?』みたいな顔をしている。
「知ってますし、なんなら行った事ありますけど……九州の福岡?フクオカっていう名前の世界ではなく?」
「福岡だよ。どした?なんか福岡にトラウマでもある?」
「いえ……ただ、てっきり異世界に行くものだと思ってたので……」
「福岡って異世界みたいなもんじゃん。あいつらにとっては」
ゲノムさんは俺の奥を指差す。
「暁理……福岡ってどこだ?」
戒刃は少し困惑している。そうか。戒刃も異世界出身だから、福岡を知らないのか。という事はつまり……
「シロアは福岡知ってる?」
シロアは首を横に振る。
「そうか……」
まさか、福岡を知ってるのが俺だけとは……
「数日前に福岡で『デザイア』の反応があってね。その後は特に反応は確認できてないけど、あるのは確実だから」
軽く言うゲノムさんのその言葉に、改めて理解する。
「……福岡に『デザイア』があるのか」
福岡は片手で数えられるほどしか行った事がない。それでも、ご飯は美味しかったし、遊ぶ場所も多かった。正直、そこそこ愛着がある。
しかし、『デザイア』は理を崩壊させる力があり、そんなものが福岡にある。つまり、福岡は実は今、危機的状況にあるという事だ。
「よしっ、じゃあ今すぐ行きましょう」
「だめだめだめ。福岡に行くのは一週間後ね」
「なんでですか!?早く行った方が良くないですか!?」
「それはそうなんだけど、暁理はまだ『デザイア』を完全に使いこなせてないでしょ?あと知識不足だし」
「うぐっ……」
それを言われると弱い……零奈より『デザイア』は全く使いこなせてないし、知識も全くない。
「だから、一週間は生き残る為の必要最低限の訓練と座学を叩き込む。福岡はその後」
ゲノムさんは俺に指を指す。
「死ぬほどキツイけど、もちろんやるよね?」
その言葉を聞いた後、無意識にシロアと戒刃の顔を交互に見る。
シロアも戒刃も何も言わなかった。しかし、その表情の奥にある確かな覚悟は、言葉は無くとも理解できた。
「……はい!」
その回答に、ゲノムさんは満足気に笑った。
そして、その一週間後、福岡で俺達の初任務が始まった。
お読みいただきありがとうございます。
クリスマスイブに投稿です(泣




