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サイアク  作者: 駄犬
24/31

3-5 友達

「あがっ……」

「ぐっ……」

 訓練室に、地面に倒れた二人の人間の呻き声が響く。

 勝負の結果、俺は上半身を斬られ、戒刃は横腹に穴が開いている。両者大怪我、地面と一体になりながら絶賛死にかけ中。

 実験の名目で行った勝負で、二人とも死ぬとか洒落にならない……このままじゃマジで俺も戒刃も死ぬ……!

 そんな焦燥が頭を駆け巡っていた時だった。

「おーい、どう?」

 ふと、能天気な声が部屋に響く。

 息絶え絶えになりながら扉の方に顔を向けると、そこには明るい笑顔を浮かべたゲノムさんがいた。

「うわ両方死にかけてんじゃん、ウケる」

 ゲノムさんはケラケラと、まるで他人事のように笑う。

 なんかちょっとムカつくな……

「笑わないでください……」

 戒刃は捻り出した切実な声色で訴える。分かる。分かるよその気持ち。

「ごめんごめん」

 ゲノムさんはそう軽く謝りながら俺と戒刃の間に入り、ゆっくりとしゃがむ。長い緑髪と羽織っている白衣が床についてしまっている。

「それじゃ、今治すね」

 ゲノムさんはそう言いながら、俺と戒刃の頭を触る。

 瞬間、身体中にミミズやヒルのような大量の環形動物が流れ込んでくるような感覚が襲ってくる。

「ひっ!?」

「どうした?女の子みたいな声出して」

 ゲノムさんは呆れたような顔をする。

「えっ!?な、なんですかこれ!?キモい!!」

「キモいのは分かるけど落ち着いて。このままじゃ死んじゃうよ?」

「で、でも……これは、一体───」

 言葉が途切れる。

「……え?」

 俺の上半身は、戒刃の刀により斜めに斬られており、そこからは当然、赤黒い血がダラダラと流れていた。

 しかし、今はその斬り傷も流れ落ちる赤黒い血も、そして痛みも無い。

 正面の戒刃を見ると、戒刃の横腹に空いたはずの穴も無い。

 つまり、ゲノムさんがした事は……

「再生……してる?」

 俺の問いかけにゲノムさんはにっこりと笑い、答える。

「正解。これが私の能力だから」

「……凄いですね」

 つい感嘆が漏れる。

 ゲノムさんは俺と戒刃の身体を再生の能力で治したのか。しかも、実際にかかった時間は10秒も経っていない。

「凄いでしょ!?もっと褒めていいよ!」

 ゲノムさんはむふー、と鼻息を荒くしながら胸を張る。

「……」

 俺はゆっくりと立ち上がり、ゲノムさんの方へ身体を向ける。

「……ありがとうございます」

 俺はゲノムさんに、深々と頭を下げる。

 実を言うと、かなり焦っていた。

 本来この勝負は、刀を折る事のみに焦点を置いたもの。

 それなのに、俺は戒刃を殺そうとしてしまった。あのままだと俺も戒刃も死んでいただろう。

 俺はまだ死ねない。戒刃は善人寄りの人間だし、死んで欲しくはなかった。まあ戒刃が死にそうになる原因を作ったのは俺なんですけど……

 それをゲノムさんは捻じ曲げてくれた。

 俺の過ちを、この人は無かった事にしてくれた。感謝してもしきれない。

「俺と戒刃の身体を治してくださり、ありがとうございます」

「いいよいいよ。そんなかしこまるな」

 ゲノムさんは俺の真剣な気持ちに反するかのように、気楽にケラケラと笑う。そして、慣れた手つきで俺の肩に触れる。

「私の仕事は、隊員の身体を治す事。私は私の仕事をしただけ。だから顔上げな?」

「……はい」

 俺が顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべたゲノムさんがいた。

 その後、ゲノムさんは俺の肩から手を離し、今度は戒刃の方へ身体を向ける。

「で?戒刃。どうだった?暁理の『デザイア』に敗北した気分は?」

 ゲノムさんは挑戦的な声色で戒刃に問いかける。

 な、なんでそんな煽るような喋り方を……

「……別に、俺が『デザイア』より弱かっただけです」

 ゲノムさんの言葉を聞いた戒刃の顔は、苦渋と焦燥を混ぜたような顔をしていた。いや……今回は刀を折るだけで、多分ガチの殺し合いをしたら俺は多分殺されてるよ……?

「暁理……俺の負けだ」

 戒刃は俺の考えとは裏腹に、あっさり負けを認めた。その声色には怒りや恨みは感じない。色々飲み込んでいるのだろうか。同い年なのに、大人だ。

「勝負の結果、俺は刀を折られた。つまり。俺はお前の部下になる。だが……言っておく」

 戒刃は深く息を吐くと、俺の眼を真っ直ぐ見つめる。

「俺はお前を信用しない」

 その言葉は、先ほどの煽りとは違う。戒刃自身が持つ本音なのは瞬時に理解した。

「俺は与えられた力や環境を実力だと見誤る奴が嫌いだ。そいつらは、そのたった数回の成功体験を自分の実力と勘違いして、周囲に悪影響を及ぼす」

 戒刃はそう吐き出しながら、拳を強く握りしめる。

「零奈は信用できた。『デザイア』の力を持ちながら誰よりも努力をしていた。才能もあった。同年代で誰よりも結果を出していた。だが、お前は違う」

 強く、強く握りしめる。

「お前は零奈じゃない。零奈から『デザイア』を与えてもらっただけのただの一般人。努力もしてない。才能もない。『デザイア』の力にあやかってるだけ。そんな奴を信用なんて、俺は死んでも出来ない」

 戒刃は少しだけ言葉を走らせながら、自身の感情を吐露する。


「……そうだね」

 戒刃の言葉を、感情を俺は淡々と受け止めた。

 だって、戒刃の言葉に間違いはないから。その通りだから。

「俺は零奈から『デザイア』の力を貰った。『デザイア』の力で勝っただけで、俺が戒刃に勝った訳じゃない。だって俺は何の努力もしてないし、才能もない」

 戒刃は何も言わない。ただ敵を見るような目付きでこちらを凝視していた。

「全部戒刃の言う通り。俺は、零奈から全部貰ったんだよ」

 俺は一瞬、眼を閉じる。

 たった一瞬。それでも、鮮明に思い出される。

 零奈から貰ったものを。

「『デザイア』なんかよりも大切なものを、俺は沢山貰った」

 そうだ。俺は零奈から沢山貰った。貰いすぎた。

 毎日一緒に登下校をしてくれた事。

 俺のつまらない会話も楽しそうに笑ってくれた事。

 勉強で分からない所を教えてもらった事。

 毎年、誕生日プレゼントをくれた事。

 そして、あいつから二度目の生を貰った事。

「でも俺は、まだ何も返せてないんだよ」

 俺は必死に零奈に返そうとした。

 毎年、零奈に誕生日プレゼントを渡したり、零奈の好きなプラネタリウムに一緒に行ったりもした。

 でも、零奈がまだ生きてると思って、あの関係がまだ続くと思って、全てを返しきれなかった。

 返している途中で、零奈は死んでしまった。

 零奈の今年の誕生日プレゼントを、俺はまだ渡せてない。

 零奈と一緒に行く予定だった県外のプラネタリウムも、まだ行けてない。

 俺はまだ、俺が貰った幸せを返せてないんだよ。

「俺は零奈に返したい。零奈から貰った幸せを。その為に、俺は零奈を生き返らせたい」

 俺は手のひらを握り、心の奥にある決意を戒刃に、一切の誤解のないように伝える。

「その為に、全力で努力する。才能がなくても諦めたりしない。今は信用できなくても、必ずお前が胸を張れるぐらいの実力を得て、結果を出す。だから、頼む」

 戒刃へ手を差し出す。

「戒刃、俺に力を貸してくれ」

 真っ直ぐに俺は戒刃の眼を見る。

 眼に映った戒刃は、酷く複雑そうな顔をしている。信じられないものを見るような、懐かしいものを見るような。

「……はぁ」

 俺の言葉を聞いた戒刃は、右手で頭をかきながら顔を床に落とす。

「お前、零奈に全く似てないな」

 それはどこか呆れたような、諦めのような声色だった。

「当たり前だろ。零奈はこんな馬鹿な事は言わない」

「……違いない」

 そう言いながら、戒刃は顔を上げる。

 そこにあった戒刃の顔は、少しだけ憑き物が落ちたような、その整った顔立ちに似合う爽やかさを纏っていた。

「……よろしく頼む」

 戒刃は俺の手を握り、力強く言い放つ。

「……ああ!よろしく!」

 それが不思議と嬉しくて、なぜか心が温かくなった気がした。

 これで、俺と戒刃は一蓮托生。協力関係だ。俺が上司で戒刃が部下……

「あれ……?」

 瞬間、ある疑問が脳内を閃光のように駆け巡る。

 俺が上司で戒刃が部下?成り行きで勝負したけど、冷静に考えてダメでは?絶対に戒刃の方が知識も経験値もある。なんならリーダーシップとか人間としての器も戒刃の方がありそう。それなのに……

「……俺が上司?」

 無意識に疑問が漏れてしまう。

「あぁ。そうだ。俺はお前に負けたのでな」

 戒刃は淡々と言う。

「……納得できない」

「あ?」

 戒刃は少しキレ気味に威圧を漏らす。

 いやまぁ、勝った方が「納得できない」なんて言ったらちょっとムカつくだろうけど……でも……

「だってさ……俺、上司になれるぐらい人間出来てないし。向いてないよ」

「そりゃそうだろ。だが、お前もそれを了承して勝負したんだろ?」

「いや、あれは成り行きというか……はい」

「そんな一夜の過ちみたいなこと言うなよ。いくら存在が過ちだからって」

「火力高すぎない?」

 こいつなんでこんな毒舌なんだ?

「とにかく!俺は絶対戒刃の上司とか嫌!てか無理!」

「じゃあどうすんだよ?」

 戒刃はイライラしながら言い放つ。その態度はごもっともです。俺が優柔不断なだけです。

 でも、上司や部下より、もっといい関係がある筈だ。

 それは……

「……友達は?」

「……は?」

 俺の発言に、戒刃は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 そう。俺と戒刃は上司や部下なんかより、もっと健全で近い関係になれる筈だ。同い年だし。

「友達。上司と部下より、友達の方がいいよ!絶対!」

 能天気な考えだと自覚しながらも、俺は俺の考えを戒刃にぶつける。

「トモ……ダチ……?」

 しかし、戒刃の反応は予想外のものだった。

 てっきり「馬鹿なのか?」「アホすぎて死んだ方がいいぞ?」みたいな反応をされるものだと思っていた。

 しかし、実際にお出しされたものは、カタコトで硬直する戒刃。その現実から、ある仮説が思い浮かんでしまう。

「……もしかして戒刃、友達いないのか?」

「…………………………………………………………………」

「……ごめん」

「黙れ」

 戒刃は逆刃刀を抜く。さっきの勝負よりも洗練された殺意が俺に向けられる。

「ごめん!ごめんって!悪気は無いんです!」

「……お前はいんのかよ」

 戒刃は逆刃刀を鞘に納めながら、強めの口調で問いかけてくる。

 しかし、俺にはいるのさ!

「もちろん!零奈が!」

 俺は自信満々に答える。しかし、戒刃は間髪入れずに言葉を返す。

「零奈以外は?」

「……………………………………………………………………」

「……すまん」

「殺すぞ」

 無意識に『デザイア』を起動しそうになる。

 いや事実だけど……零奈以外に友達いないの事実だけどさぁ……!それは卑怯じゃん……!

「……やっぱ仲良しじゃん」

 ゲノムさんがにぱーと笑いながら零す。

「殺しますよ」

「黙ってください」

「お似合いだよ」

「「どこが!?」」

「ほら」

 俺と戒刃は互いに顔を合わせた。

 戒刃の顔は非常に不服そうだが、恐らく俺も同じように不服な顔を浮かべてるだろう。まあお互い様ということで。

「まーとりあえず、これで両者納得した?」

 ゲノムさんは手をパンッと叩き、ニヤリと笑う。

「それでは、戒刃に勝ったご褒美!」

 ゲノムさんは満面の笑みをこちらに向ける。

「ご褒美……?」

 しかし、ご褒美に対してあまりにも見当がつかないため、俺は少しだけ身構えてしまう。

「そう。暁理、君に会わせたい人がいる」

「俺に?」

「ほら、おいで」

 ゲノムさんは開いている扉の方へ、手招きをしながら声をかける。すると、

「……あ、あの」

 聞き覚えのある声が聞こえた。

「……あ、暁理さん……」

 扉の横から現れたのは、あの日出会った彼女だった。

 ふわりとした白髪、大きく宝石のような赤眼のアルビノの少女。ファンタジーの世界でしか見ないような彼女を、俺は知っている。

「シロア……?」

 彼女は俺の言葉になにも言わず、照れくさそうに頷いた。

お読みいただきありがとうございます。

休日だけ1日24時間じゃなく100時間になってほしい。

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