3-2 ゴミ
「組織の名は『世界完全調律機関 サテライト』。君の幼馴染、零奈が所属していた組織さ」
女は淡々と、しかし意気揚々と言い放つ。
だか俺の脳内は、組織のことについてではなく、俺の幼馴染、零奈の名前がこの女の口から出た事による驚愕で支配されていた。
「……零奈が?」
「そ!」
ゲノムさんは登校する小学生のような返事をする。
しかし、その回答は俺に不信感を湧き上がらせるには十分すぎるものだった。
サテライトは零奈が所属していた組織。それが本当なら。
「……じゃあ零奈が死んだ事は知っているのか?」
その言葉を聞いたゲノムさんは、笑みから急転、重苦しいほど真剣な面持ちで答える。
「……あぁ」
その言葉を聞いて、心の中に何か澱みが生まれる。
恨みでも怒りでもない。言葉に出来ずまとまらないが、確かな負の感情があった。それをゲノムさんにぶつけようとした。
「じゃあ───」
「すまなかった」
ゲノムさんは俺の言葉を遮り、頭を深く下げていた。
「零奈を護るのも、君を護るのも、全て我々の責務だった」
緑色の長い髪が床に流れ落ちるほど、ゲノムさんは深々と頭を下げていた。
「彼女が死んだのは君のせいじゃない。全て我々の責任だ」
「えっ……いや……」
「彼女は我々が護らなければならなかった。それが我々の責任だった。それなのに、君も零奈も護れなかった」
頭を上げる事なく、真摯に重みのある声色で続ける。その言葉に嘘がない事は、馬鹿な俺でもわかる。
「すまない」
その言葉が部屋に響いて、数秒の沈黙が流れる。
俺は、ただ確かめたかっただけ。この人たちが零奈を見捨てたんじゃないか。助けられたのに助けなかったのではないか。
でも、多分そんな事はない。
組織単位では、零奈を見捨てたかもしれない。
けれど、ゲノムさんは違う。この姿勢を見れば分かる。
「……許すつもりはないですよ」
ゲノムさんは何も言わない。ただ俺の言葉を受け止めていた。
「そもそも怒ってませんから」
その言葉に、ゲノムさんの肩が小さく揺れた。
「……俺はあの時、何もできなかった。だから零奈が死んだ」
今ここで語っている事は全て事実であり、全て本心だ。
「全部、俺のせいなんです。だから、零奈を生き返らせないといけないんです」
俺は改めて、覚悟を吐き出す。
その言葉を放った数秒後、ゲノムさんはゆっくりと顔を上げていく。
「……君は変だなぁ」
ゲノムさんはどこか哀しそうに、しかし真剣な面持ちでこちらに言い放つ。
「……変ってなんですか」
「変だよ、君は」
ゲノムさんはそう言いながら、何かを諦めたような笑顔を浮かべる。
「なら、我々も協力しよう。君の零奈を生き返らせるという覚悟。それに全身全霊で協力する」
それは先ほどの表情とは打って変わり、胸を叩きながら余裕と覚悟を宿した大人の笑みをこちらへ向けた。
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
ゲノムさんはそう言うと、右手を俺の前に伸ばしてくる。
それが握手の合図だと理解して、俺も握り返す。
「でも、零奈を生き返らせる前に、君はやらないといけない事が沢山あるね」
ゲノムさんは俺の手を握りながら、今後の話を始める。
やらないといけない事は分かっている。
「『デザイア』を見つける……ですよね」
「……ん?」
その言葉を聞いたゲノムさんは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。そして、少し困惑した様子で話し始める。
「えっと……もしかして、零奈から何も聞いてないのかな……?」
「えっと……なんの?」
「『デザイア』のこと……」
俺はゆっくりと頷く。
「マジか……」
ゲノムさんは頭を抱え、捻り出したように言葉を発する。
「……君は今『赫い焔』と『黒い鎧』、あと『異常な膂力』を使えるでしょ?」
俺は建物での出来事を思い出す。
確かに、俺は『赫い焔』『黒い鎧』『異常な膂力』であの建物の人間を殺したけど……
「は、はい」
「それ、いつから使える?」
「えっと……建物の中で……」
「零奈が死んだ後でしょ?」
その言葉に心が引っ掻かれたような痛みが疾るが、それを飲み込んでゲノムさんの話を聞く。
「零奈も、似たような力使ってたでしょ?」
「えーっと……?」
俺は零奈のことを思い出す。
確か、零奈は『赫い焔』と『黒い鎌』で戦っていた。膂力は正直、見ただけではあんまり分からないが……
「……あれ?」
今思えば『赫い焔』はまんま同じ。零奈の『黒い鎌』は、真っ黒な鉄のようなものから出来ていて、俺の『黒い鎧』と同じ物質だと思う。更に、零奈よりも大きい鎌を振り回してた。あれは膂力の強化によるものの可能性がある。
しかも、あの建物の中でシロアは零奈の事を『デザイア』の所有者と呼んでいた気がする。
なんなら、7月7日の時に現れた化け物達も『デザイア』を探していた……全てのピースがハマってしまう。
最悪の結論が出てしまう。
「そういうこと」
それを見抜いたかのように、ゲノムさんは俺を指差す。
「零奈は『デザイア』の所有者だった。そして『デザイア』は君に引き継がれた。つまり、今の『デザイア』所有者は暁理、君だよ」
灯台下暗し。まさか『デザイア』は俺が持ってたとは。あはははは。
「納得できるか!!」
ふんわりとした白い毛布をバフっと叩く。
「でしょうね」
ゲノムさんは小さくため息を吐く。
「零奈が襲われたのも『デザイア』を狙ったからでしょうね」
「じゃあ!『デザイア』のせいで零奈は死んだのか!?」
「そ、悲しいけどね」
俺は無意識に毛布を握りしめていた。
というか……
「……全然人を生き返らせる力じゃなくないですか!?」
シロアは『デザイア』は願いを叶える力と言っていた。
しかし、俺の中に宿ってるのは焔と鎧。人を殺すぐらいしか出来ない力だ。これが死者蘇生の力?あり得ない。
「それが本題」
ゲノムさんは真剣な顔で指をパチンと鳴らす。
「君の『デザイア』と死者蘇生の『デザイア』は別物だ。実は『デザイア』は複数確認されている。どれも世界の理を崩壊させるような異常な力だ」
「理を崩壊させるような……?」
「そう。最近あったのは『ある世界の59億人の心臓のみが消失』とか『ある世界の哺乳類の血液と海水の入れ替わり』とかかな?」
ゲノムさんは平然とそんな話をする。
怖っ。そんな力が俺に宿ってんの?嫌なんですけど。
「当然、死者蘇生も理を崩壊させるものだ」
「……」
確かに……
零奈を生き返らせるって事は、世界から見たら褒められたものじゃないよな……あまりにも都合が良すぎる。俺の1000倍頭の良い人達に悪用される未来しか見えない。
「君にはそれを止めて欲しい」
ゲノムさんは真剣な面持ちでこちらを向く。
「止める……?」
「ああ。『デザイア』の所有者は『デザイア』を回収できるんだ。君たちの世界で例えるなら、ゴミ収集車みたいにね」
「『デザイア』をゴミに例えていいんですか?」
「ゴミでしょあんなの」
「まあゴミか」
あれのせいで零奈が死んだなら、どう考えてもゴミだ。間違いない。
「前例は零奈だ。彼女はこの数年で6つの『デザイア』を回収してくれた」
「は、はぁ」
零奈そんな事してたんだ。凄いな。
「その役目を、今度は君にお願いしたい。どう?サテライト入って『デザイア』探す?それとも犯罪者として死ぬ?」
ゲノムさんはそう問いかけるが、俺中で答えは決まっていた。
俺は『デザイア』の死者蘇生の力を使って、零奈を生き返らせることが目的。
ゲノムさんは俺がサテライトに入り、『デザイア』の回収をさせたい。
利害は一致している。
「わかりました。サテライト入って『デザイア』探します」
「もうちょい悩めよ」
俺の呆気ない了承に、ゲノムさんつまらなさそうに零す。
しかし、こっちだってタダで了承するわけじゃない。
「ただし、一つ条件はあります」
「条件?」
「死者蘇生の『デザイア』を回収できたら、最優先で零奈の為に使わせてください」
「いいよ」
「えっはやっ」
ゲノムさんの呆気ない了承に、俺は目を見張るほど驚く……ってこれ、さっきやったよ。
「いいんですか……?理を崩壊させる力なんですよね?」
俺の疑問に、ゲノムさんは優しく微笑みながら答える。
「君が回収してくれるんだ。報酬が無いとやってられないだろ?」
「でも……いいんですか?」
「もちろん!!まあ本当の事を言えば絶対にダメなんだけど!!私めっちゃ偉いから!!踏み倒してあげる!!」
ゲノムさんは張り上げた声で胸をドンと叩く。
本当はダメなんかい。てかそれ立場を悪用してないですか?
「えっと……ありがとう、ございます?」
「いいよ!!!」
小学生のような元気いっぱいの返事。大の大人がやると非常に怖い。
「ま、話を戻そう。君にはやらないといけないことがある」
「あ、そんな話してましたね」
「うん。最優先は『デザイア』のコントロールだ」
「『デザイア』のコントロール?」
ゲノムさんは小さく頷くと、指をパチンと鳴らす。
何かが擦れる小さな音がする。それがあまりにも小さく、スマートな音だった為、彼が入ってくるまで扉が開く音だとは思わなかった。
「……」
無言でコツコツと靴を鳴らしながら部屋に入ってきたのは、硬い表情をした同年代と思われる男性だった。
というか……
「えっやだ……イケメン……」
小さく感嘆が漏れる。
すんごいイケメン。めっちゃかっこいい。キリッとした目つき、すらっと伸びた背丈に程よい肩幅、服の上からでも筋肉質なのが分かる。髪は短めで、髪色はグレーだが毛先が少し青みを帯びている。裾カラーだ。あれってイケメンじゃないと似合わないんだけど、めっちゃ似合ってる。
しかし、何より目を引いたのは、彼が帯刀していた事だ。
左の腰には、二本の紺色の鞘に収まる刀を備えていた。
イケメンの帯刀……めっちゃ映えるけど、コスプレ感も否めないな……
「じゃ、後はよろしくね〜」
「かしこまりました」
そんな事を考えていると、ゲノムさんは手を振りながら部屋を去っていく。
えっ、これで終わり?初対面なんですけど!この人と!
しかし、そんな焦りを薙ぎ払うかのように、彼は右手を俺に差し出してくる。
「『戒刃だ。よろしく頼む』」
それは握手の合図。それに応えようと、俺も右手を差し出そうとする。
「……あ」
その瞬間、戒刃の右手が目に入る。
その手はまるで、刃の渦の中に手を突っ込んだかのように、傷だらけだった。
その痛ましい手から目を背けるように、戒刃の顔に目線を動かす。
彼の宝石のように輝く碧眼の奥には、赤黒い血を滲ませた、確かな覚悟があった。
「……よろしくお願いします」
俺はその傷だらけの手を握り返す。
遊びのつもりはない。
けれど、この手とこの眼で分かる。
これから先、俺がやらないといけないことの残酷さと困難を、少しだけ。本当に少しだけだけど理解した。
お読みいただきありがとうございます。
全然関係ないですが、劇場版わた◯れ観に行きました。
めっちゃ面白かったので是非観てください。




