1-2 廊下
時刻は8:02。
薄暗い路地裏を曲がると、俺たちが通う高校が見える。
あの高校は築年数が長い為、床が割れていたり、窓がガムテープで補強されていたり、至る所が埃っぽい。模範的オンボロ校舎なのだ。
あと文武両道を勧めてくるし、2年生の3学期は3年生の0学期と宣うし、台風でも普通に登校させる。伝統ある自称進学校だ。入る高校間違えた。
「大丈夫?体調悪い?」
憂鬱と後悔を頭でぐるぐると混濁させていると、零奈が心配そうにこちらを覗き込んでくる。
この高校に入るきっかけは零奈だった。
零奈は嫉妬するほど頭が良い。この高校よりも上は余裕で目指せたはずだが、何故かこの高校に入った。正直、俺の学力ではこの高校に入るのもかなり大変だった。それでも、零奈と同じ高校に通いたいからと頑張って勉強し、なんとか合格できた。その結果が自称進学校。入る高校間違えた。
「大丈夫だよ」
「ほんとに?熱中症とかになってない?」
「大丈夫大丈夫。というか、零奈こそ大丈夫か?」
「大丈夫だよ……どうしたの?その顔」
「いや……昔、よく体調崩してたし。心配」
「そ、それは昔の話だよ!もー……」
珍しく、零奈が大きな声で反論する。
「別に恥ずかしい事じゃないと思うけどな……」
「そうかもだけど。私はもう大丈夫だからね!」
「うーん……そっか」
確かに、高校に入ってから零奈が倒れた話は聞いた事が無い。零奈は小学生の頃、身体が弱かった。週一か週二、酷い時は週三ぐらいのペースで保健室に通っていた。その時と比べたら心配なんてする方が失礼か。
そんな話をしながら校門をくぐると、一気に周囲の目線がこちらに向く。まぁ正確には……
「零奈ちゃん!おはよう!」
「安藤さん、おはよう」
「レイちゃ〜ん、おはよー」
それは全て零奈への目線だ。
零奈は地味に学校で一目置かれている。
定期テストで一位を取るほど成績優秀でありながら、誰であろうと分け隔て無く接する。そして何より容姿端麗。その黒髪と整った顔立ちは、男女関係なく魅了されるようだ。
「うーちゃん、もんちゃんおはよ!あ、リン君もおはよう!」
零奈はいつも通り挨拶を返す。返す相手は基本的に同学年の三年生だ。殆どの同級生には顔を覚えられているだろう。しかし、零奈は部活動をやってないから、下級生からはあまり顔を覚えられてはいないはず……
「安藤先輩!おはようございます!」
ふと後ろから元気な挨拶が聞こえてくる。
その挨拶の正体は俺のクラスの男子生徒だ。
ジャージを着ているので、恐らく朝練だろう。
「あ、田中くん!おはよう!」
零奈は太陽のように眩しい笑顔で挨拶を返す。
返された田中はデレデレとしながら、その場から走り去っていく……いや俺は?同じクラスだよな?見えてなかっただけだよな?たまたまだよな?……これ以上は深く考えないようにしよう。
俺たちは下駄箱で靴を履き替え、たわいのない話をしながら廊下を歩く。そして踊り場に差し掛かった所で俺は足を止める。
「それじゃ、また」
「うん」
三年生の教室は一階。二年生は二階。その為、毎日この踊り場で俺たちは一旦別れるのだ。今生の別れじゃないから寂しくはないが、それでも微かに名残惜しいものはある。
「またね」
その言葉を聴いた後、俺は零奈に背を向けて階段に足を踏み入れようとした。
そんな時だった。
「げほっ……」
後ろから乾いた咳き込みが聞こえた。
振り返らなくても分かる。何回も聴いた零奈の咳き込み。
「げほっ……げほっ」
普通の人間なら咳き込みなんてスルーだろう。
しかし、零奈となれば話は別だ。
「零奈、大丈夫か?座れるか?」
俺は零奈の肩を持ち、ゆっくりと床に座らせる。
零奈は昔、身体が弱かった。身体が弱い為、保健室にずっといる日があるのはザラにあった。早退する事も休む事も多く、中学生の時には大きな手術の為に暫く学校に来れなかった時もあった。
高校生になってからは、早退する事も休む事も無い。だけど────
「……大丈夫だよ」
床に座った零奈は、俺の頬を触りながら優しく微笑む。顔色は悪く無さそうだし、咳き込みも続いていない。
「ただの喉の乾燥だよ。お茶飲めば大丈夫」
零奈はカバンから水筒を取り出し、そのまま口へ運ぶ。その後に、零奈から乾いた咳は出てこなかった。
どうやら、本当にただの喉の乾燥のようだ。単純に俺が過敏になりすぎただけ。それだけ。
「もう私は大丈夫だから……昔みたいに過保護にならなくていいよ」
いつも通りの笑顔を見せる零奈は、陽だまりのように優しい暖かさを宿していた。
でも、俺は知っている。
そんな零奈が笑えず、苦しんでいた姿を。
保健室のベッドの上で発熱と息苦しさに耐えてる零奈の姿が、目に焼きついてしまうぐらい何度も見てしまった。
何度も何度も見たんだ。
だから……
「……でも、心配だよ」
俺は零奈の手を握る。
何度も触れてきたこの綺麗で小さな手。
だけど、その度に思い出す。
零奈の手は、生きているとは思えないほど冷たい。
もしかしたら、今この瞬間にでも死んでしまうのではないかと、何度も心配になった。
「零奈のことが、心配なんだよ……」
俺には、この手を温める事しか出来なかった。
小学生の頃、保健室で零奈の冷たすぎる手を握り、必死に温めていた記憶がある。
消えてほしくなくて。
いなくなってほしくなくて。
死んでほしくなくて。
がむしゃらに零奈の手を握っていた。
なんで今更こんな事思い出すんだろう。
「……こういう時だけ素直だなぁ」
そう溢した零奈の顔は、整えられた前髪のせいでよく見えなかった。
「遅刻しちゃうから、早く教室行こ?」
そう言いながら立ち上がる零奈の顔には、やはりいつもの笑顔があった。
俺はそれに頷きで答え、零奈を背に階段を登る
さっそくサボってました。すみません。
これからは週一投稿できるよう善処します。




