2-9 失ったまま
人の命は平等だと。
昔、模範的教育で確かに習った。
それは正しいと今でも理解してるし、反するのは世界に反する事と同義だと理解している。
でも、それでも殺そうと思った。
「やめてくれ……やめて───」
そう叫びながら懇願する眼帯の男の頭を潰した。
俺の身体には2つの力が宿っていた。
『赫い焔』の放出と『黒い鎧』の変換。
『赫い焔』は身体の何処からでも放出できた。しかし、最も出力が高く操作がしやすいのが手足であった為、今は四肢からの噴射だけに限定させる。また、『赫い焔』は拳に纏う事や、圧縮させて発射する弾丸のように使用、更に脚から焔を逆噴射させ、その推進力で空中を自在に移動することができた。
『黒い鎧』は身体の何処からでも発動できた。そしてこの鎧は変形させる事ができ、右手を剣の形にする事や左手を槍の形にする事ができた。しかし、『赫い焔』とは違い、筋肉や骨を『黒い鎧』に変換して初めて顕現する事ができる力。つまり、零奈のように、黒い鎌を作り出すことは出来なかった。
「待って!私はなにも───」
涙を流しながら怯える獣の耳を生やした女を、変形させた右手の剣で断頭した。
この力の名は知らない。
なぜこの力が宿ったのかも分からない。
でも、今それは重要じゃない。
重要なのはこの焔と鎧が、俺の『願い』を叶えてくれる事。
右腕は剣となり敵を身体を斬り裂いた。
左腕は銃となり敵の心臓を撃ち抜いた。
右脚は槍となり敵の頭部を貫き通した。
左脚は鎌となり敵の頸部を絶ち殺した。
「なんで───」
そう先程まで俺を殺そうとした若い兵士は、唖然としながら心臓を撃ち抜かれた。
殺した。ただただ殺した。
人の形をした者達を平等に殺した。
全ての等しい生命を等しく殺した。
「ハアッ……ハアッ……」
四肢の武器を本来の手足の形に戻す。
そして、崩れ落ちるように膝を立てた状態で壁に寄りかかる。
「クソッ……」
視界が真っ赤に染まっている。
身体が鉛のように重い。
燃えながら感電しているような激痛が全身を包む。
「……」
頭が裂けるように痛くて、無意識に顔を落とした。
足元には血液と内臓、肉塊の敷物がある。
左右の壁の色は曇り空のような色から赤黒い色に変わっていた。
それは全て俺が手にかけたもの。全て俺が殺したもの。
でも、そこには快楽も優越感もない。
「こりゃ……大惨事だな」
正面から聞こえた声に反射して、落としていた顔を上げる。
そこには20代ぐらいの両腰に剣を携えた、髪を結んだ若い男。
俺はそいつを見たことがある。初日にシロアを檻から連れて行った若者だった。
「お前……誰だ?どこの世界出身だ?」
その男は腰に備えられた二本の剣を抜きながら、疑問を投げかけてくる。
「何が目的だ?人でも金でもなさそうだが……」
男は冷静だった。ただ淡々と俺を言葉で
「意味が分からない。なぜこんな事をする?」
男は本当に、ただただ純粋な疑問を俺に投げかけてきていた。
「……」
でもな、それはこっちのセリフなんだよ。
「……お前らこそ、なんてシロアを傷つけるんだ」
俺は逆鱗から落ちた疑問を男に投げかける。
「……シロアって誰だ?」
男は何も分かっていない様子で答える。
「……そうか」
怒りは消えた。もう何も無かった。
ただもう、こいつも殺すだけだと理解した。
「……!」
俺は両足を焔で逆噴射させ、空中を駆ける。
そして、男の間合いに一瞬で近づいた後、両手で男の剣を弾く。
「───!」
男が反射的に見せた驚愕は、確かな隙だと思った。
俺はそのまま、顔面を貫こうとした。
しかし、それは慢心だった。
「遅い」
───ゴッ!!
腹部に鉛をぶつけられたような痛みと重みが疾る。
「ガッ───!?」
そしてそのまま、俺の身体は壁に打ち付けられる。
「グッ……!」
何が起きたのか理解できなかった。
しかし、起きた現実を直視して確信する。
こんなもの、予想も予測も出来ないと。
「なんだ。思ってたより弱いな」
男の腹部からは、悪魔の腕が丸太のような大きさで生えていた。
そして、その悪魔の腕は俺の身体を掴み、そのまま壁に叩きつけたのだ。
人間の身体から悪魔の腕が生えている。しかも腹部から。そんなの、予想なんて出来ない。
「ッ……」
そんなのは言い訳だと理解している。
でも、理解したとて現状が好転する訳がない。
悪魔の腕に掴まれたまま動けない。動けない。
「このまま抵抗しないなら、あまり痛めずに殺してやるよ」
男は勝ち誇った顔で言葉を吐き出す。
「お前は多くの人の未来を、俺の仲間の生命を奪ったんだ。その事を悔やみながら死ね」
「───」
その言葉には一切、間違いは無い。この男が正しい。
俺は多くの人間の未来を奪った。
ご飯を食べすぎる事も、寝坊する事も、後悔する事も、幸せになる事も出来なくした。
俺は、人殺しだ。
「……ぅ」
でも、その罪を償って何になる?
その罪は償えば零奈は帰ってくる?
その罪を償えば、シロアは傷つかなくなる?
失ったまま、それを受け入れればいいのか?
それで泣き寝入りするのが正しいのか?
「……違う」
奪われたまま、諦められない。
俺は零奈を失った。
そして、俺の人生もシロアも人生も失ったも同然。そんな惨状の中に俺たちはいる。
それは正しいのか?
「……違う!!」
零奈の人生も、俺の人生も、そしてシロアの人生も。
失ったもの全て。
「……返してもらうぞ」
その言葉を零した瞬間、俺の身体に力が湧き上がるのを感じる。
「……?」
男は、起きている現実を処理しきれていない。
悪魔の腕が押し返されるという現実に。
「なっ……!?」
必要なのは、人がすり抜けられる隙間。
俺が得た力は『赫い焔』と『黒い鎧』以外にも、『異常な程の膂力』があるようだ。
瞬間、俺は異常に強化された膂力を駆使して、悪魔の腕を押し出す。
「ォ……ァア!!」
両手で悪魔の腕を押し、両足で『赫い焔』を逆噴射させる。
瞬間、まるで海賊のおもちゃのように天使まで身体が飛び出る。
「は!?」
男はその光景に驚嘆が漏れる。
それは滑稽そのものだろう。
しかし、誰に笑われようと、今必要なのは恥を撤回する言い訳じゃない。
こいつを殺す。その結果だけだ。
「───ッ!!」
天井まで身体を飛ばした瞬間に身体を捻り、焔の噴射を調整させ、天井に脚がつくように体制を整える。
深呼吸は必要ない。罪悪感は必要ない。
必要なのは確固たる殺意のみ。
右手の黒い籠手に焔を纏わせる。
「いくぞ」
その言葉に男は恐怖を浮かべながら腹を仰け反り、悪魔の腕を盾にする。
しかし、それはあまりにも大きな隙だった。
両脚から焔を噴射させ、悪魔の腕など無かったかのように、一瞬で男の眼前まで近づく。そして、
「───オラァ!!!」
───グチャッ!!!
俺は焔を纏わせた黒い籠手で、男の顔面を殴り潰す。
叫び声はない。命乞いもない。
男は潰れた顔面のまま、少し後ろへよろめいた後、倒れて動かなくなった。
「ハアッ……!ハアッ……!」
痛い。痛い。痛い。
呼吸ができない。今までにない激痛と疲労が身体を駆け巡る。零れて欲しくない涙が、溢れるように零れ落ちる。もう眠りたい。このまま死ぬべきなんだろう。
でも、まだやらないといけない事が沢山ある。
「……いくか」
俺は陽炎のように揺れながらなんとか立ち上がり、残りの人間も殺していく。
幸いにも、残っていたのは非戦闘員かつ20人程度だった。
「……」
最後に殺した眼鏡をかけた男は、何も言わずに殺された。
全てを諦めたかのように殺された。
まるで、自分の罪を懺悔するかのように。
「ウグッ……」
男を殺した後、敵が見当たらない安心からか、アドレナリンがだんだんと切れてくるのが分かる。
痛い……痛い……
もう、いっそのこと眠りにつきたい。
でも、まだやらないといけない事があるんだよ。
俺はこの建物にいた人間を殺した時間よりも長い時間をかけて、家畜部屋に戻った。
「……」
家畜部屋に戻ると、牢屋の中でポツンと座っているシロアがいた。再生は終わっていたが、彼女が着る外套と床に敷かれた藁は変わらず赤く染まっている。
その現実を眺めながら、俺はシロアに手を伸ばす。
「……出るぞ」
「……ぁ───」
何か言いたげなシロアの言葉を遮り、彼女を抱えて建物の外へ出る。
外に出ると、そこは夜の草原だった。
上には満点の星空。下には果てしない草原。
映画やアニメ、ゲームでしか見ないような、どこまでも広がる星空と草原。
普段ならこの景色に感動ができるのだろう。
しかし、そんな余裕はなかった。
早く、何処かへ行かないといけない。
もしあの建物の中にまだ人がいるなら、俺達を追ってくるかもしれない。そうならないためにも、早く逃げないと。
シロアを傷つける誰かがいない世界へ。
そんな事を考えていた時だった。
「……?」
手元が小さく震えている事に気がつく。
一瞬、疲労からくるもの震えかと思ったが違った。
「……」
その震えの正体はシロアだった。
抱き抱えていたシロアの身体は、何かに怯えているかのように小さく、何かを隠すように小さく震えていた。
その震えが恐怖からくるものなのか、不安からくるものなのか、はたまた全く別のものなのかは、俺には知る由もない。
けれど。
「……大丈夫」
それは、無意識に漏れた言葉。
彼女の手を握りながら、魂から零れた言葉。
「君は、俺が護るから」
どうしてそんな言葉が漏れてしまったのかは分からない。
でも、多分決意のようなものだったのだろう。
「……」
その言葉を聞いたシロアは何も言わなかった。
何も言わずに、胸元に顔を埋めながら右手を握り返した。
人殺しのこの手を、彼女は握り返した。
彼女の手の震えは、いつの間にか止まっていた。
お読みいただきありがとうございます。
とりあえず、一区切りです。
次の投稿は金曜日です。よろしくお願いいたします。




