2-7 境界線
───バンッ
無精髭を生やした中年男性が発砲する。
そして、俺の顔面は銃弾に撃ち抜かれる。
それが起きた現実。それ以上もそれ以下もない。
「……」
瞑った視界の中で、死を待っていた。
それなのに、まだ死んでない。まだ終われない。
「テメェ!!ふざけんなよ!!」
暗闇の向こうで、鼓膜を破らんばかりの叫びが家畜部屋に響いた。そして、1秒も経たない何かが蹴られる音がする。
「ゔっ……」
目を開けると、そこには無精髭の隊服を掴んだシロアがいた。
微かに後方から、火薬の匂いがする。その匂いに反応して俺は咄嗟に振り返ると、そこには壁に弾丸と同じ程の穴が空いていた。
「テメェのせいで外したじゃねぇか!」
その言葉と壁の穴、そしてシロアの行動で理解する。
シロアが中年男の袖を掴んで弾道を逸らした。
だが、そこで一つの疑問が生じる。
『なぜ?』
どうしてシロアは、俺を庇った?
「死ねっ!!死ねっ!!死ねよ!!」
男が何度も何度もシロアの腹を蹴る。
しかし、シロアは苦痛を浮かべながらも、必死に袖を掴んで離さない。それどころか、必死に男から銃火器を奪おうとしている。到底、家畜がする行動ではなかった。
「な、なんなんだお前!!」
無精髭もシロアのその行動に動揺しながらも、シロアを引き剥がそうとする。
「……死なせません」
シロアは家畜とは思えない、まるで人間ような確かな意志を持った言葉を放つ。
「絶対……暁理さんは……護ります」
「うるせぇ!!」
中年男性はシロアを俺がいる方向へ蹴り飛ばす。
「ッ……!」
蹴り飛ばされたシロアを受け止める事も出来ない俺は、シロアと共に壁に叩きつけられる。
「ぐっ!」
「ゔっ!」
壁に叩きつけられた俺たちは、ドミノのように重なって地面に倒れる。
「死ね!!」
無精髭は再び銃口を向け、こちらに弾丸を発射する。
「ッ……」
瞬間、シロアは素早く立ち上がり、再び銃弾を身体で受け止めた。
シロアの身体からボタボタと血が流れ落ち、藁が赤い液体で染まる。
意味が分からない。理由がないだろ。
彼女は俺を護る為に、盾になっている。
しかし、再生するとはいえ、その顔を見ればわかる。
シロアには痛覚がある。何度も激痛が身体を貫いている筈だ。それなのに、シロアは怯む事なく盾になっている。
「なんで……」
その言葉に、シロアは振り返る事なく答える。
「手を……握ってくれました」
その言葉を最後に、シロアは一切発言する事なく、無精髭の弾丸を受ける盾となった。
弾丸が放たれる音。肉がえぐられる音。
それを聞きながら、シロアが傷つく姿を見ながら、俺はなぜか零奈の言葉を思い出してしまった。
―――――――――――――――――――――――
「幸せになってね」
―――――――――――――――――――――――
その言葉は、零奈の最後の言葉だった。
でも、そんなの無理だ。
お前がいない世界で幸せになれる訳がない。
零奈がいない世界で幸せになる気もない。
───バンッ!!
「……」
シロアの抉られた肉体から飛び出た血が、顔に飛び散る。
眼球の中に血が入ったのか、視界が赫く染まる。
その瞬間、意味のない妄想が頭を駆け巡る。
『もし零奈が生き返ったとして、シロアが傷つく世界で俺は幸せになれるだろうか?』
シロアは赤の他人だ。
少しの間、時間と場所を共有しただけのただの他人。
なんなら、シロアは人間ではない。再生する家畜だ。
でも、もう俺は知ってしまった。
リスクを顧みず俺を生かしてくれたシロアのことを。
生命を賭して俺を護ってくれるシロアのことを。
こんな俺に優しさをくれたシロアのことを。
それを見なかった事にして、幸せになれる?
「……無理だな」
境界線の上。
きっと、これを越えれば二度と戻れない。
人として絶対に正しくない。倫理に反した存在に成る。
その境界線の上に、俺は立っている。
だから、どうした。
零奈がいない世界で、正しくある理由なんてない。
シロアが傷つく世界で、正しくある意味なんてない。
俺は境界線の向こうへ、足を踏み入れた。
―――――――――――――――――――――――
カシュッカシュッと弾切れの音がする。
「クソッ!!」
男は怒りを露わにしながら、銃火器を振り上げる。
シロアは立ってるのもやっとな状態。その白い髪も赤く染まってしまう程に、大量に血を流していた。
「いい加減にしろ!!」
それをシロアに叩きつけようとした瞬間だった。
───ドゴオォッ!!!
中年男の顔面が、破裂するように潰される。
『赫い焔』を纏った『黒い鎧』で創られた籠手で顔面を潰す。
それはまるで子供が蟲を踏み潰すようなあっけなさだった。
「───」
中年男は激痛や危機感から来る絶叫を放つよりも先に、発声機能を失い、脳髄を失い、そのまま地面に倒れて動かなくなった。
「……」
シロアは俺の姿を見ながら、膝から崩れ落ちる。
彼女の身体は即座に再生しつつも、その痛みや湧き出た血はそのまま残ってしまっている。
そんなシロアの側に寄り、『赫い焔』を解除して、右手で頭を優しく撫でる。
「ごめんな、こんなに痛い思いさせて」
シロアは、ただ唖然としていた。起きた現実の処理が完了していなかった。
しかし、俺も完全な理解は出来ていない。
けれど、これでシロアを護れる。それだけは理解していた。
「待ってて」
それは、かつての零奈と同じだった。
零奈が持っていた黒い鉄の鎌。
零奈が放った赫い焔。
その零奈の力を、俺の適正に変換させたもの。
『赫い焔』と『黒い鎧』が、俺の身体に宿っていた。
「全部、終わらせてくるから」
俺は両手を『黒い鎧』によって創られた籠手を纏わせ、『赫い焔』を放出しながら家畜部屋を飛び出す。
全部殺す為に。
お読みいただきありがとうございます。
まさかの土曜日投稿です。




