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サイアク  作者: 駄犬
16/31

2-7 境界線

 ───バンッ

 無精髭を生やした中年男性が発砲する。

 そして、俺の顔面は銃弾に撃ち抜かれる。

 それが起きた現実。それ以上もそれ以下もない。

「……」

 瞑った視界の中で、死を待っていた。

 それなのに、まだ死んでない。まだ終われない。

「テメェ!!ふざけんなよ!!」

 暗闇の向こうで、鼓膜を破らんばかりの叫びが家畜部屋に響いた。そして、1秒も経たない何かが蹴られる音がする。

「ゔっ……」

 目を開けると、そこには無精髭の隊服を掴んだシロアがいた。

 微かに後方から、火薬の匂いがする。その匂いに反応して俺は咄嗟に振り返ると、そこには壁に弾丸と同じ程の穴が空いていた。

「テメェのせいで外したじゃねぇか!」

 その言葉と壁の穴、そしてシロアの行動で理解する。

 シロアが中年男の袖を掴んで弾道を逸らした。

 だが、そこで一つの疑問が生じる。

 『なぜ?』

 どうしてシロアは、俺を庇った?

「死ねっ!!死ねっ!!死ねよ!!」

 男が何度も何度もシロアの腹を蹴る。

 しかし、シロアは苦痛を浮かべながらも、必死に袖を掴んで離さない。それどころか、必死に男から銃火器を奪おうとしている。到底、家畜がする行動ではなかった。

「な、なんなんだお前!!」

 無精髭もシロアのその行動に動揺しながらも、シロアを引き剥がそうとする。

「……死なせません」

 シロアは家畜とは思えない、まるで人間ような確かな意志を持った言葉を放つ。

「絶対……暁理さんは……護ります」

「うるせぇ!!」

 中年男性はシロアを俺がいる方向へ蹴り飛ばす。

「ッ……!」

 蹴り飛ばされたシロアを受け止める事も出来ない俺は、シロアと共に壁に叩きつけられる。

「ぐっ!」

「ゔっ!」

 壁に叩きつけられた俺たちは、ドミノのように重なって地面に倒れる。

「死ね!!」

 無精髭は再び銃口を向け、こちらに弾丸を発射する。

「ッ……」

 瞬間、シロアは素早く立ち上がり、再び銃弾を身体で受け止めた。

 シロアの身体からボタボタと血が流れ落ち、藁が赤い液体で染まる。

 意味が分からない。理由がないだろ。

 彼女は俺を護る為に、盾になっている。

 しかし、再生するとはいえ、その顔を見ればわかる。

 シロアには痛覚がある。何度も激痛が身体を貫いている筈だ。それなのに、シロアは怯む事なく盾になっている。

「なんで……」

 その言葉に、シロアは振り返る事なく答える。

 

「手を……握ってくれました」


 その言葉を最後に、シロアは一切発言する事なく、無精髭の弾丸を受ける盾となった。

 弾丸が放たれる音。肉がえぐられる音。

 

 それを聞きながら、シロアが傷つく姿を見ながら、俺はなぜか零奈の言葉を思い出してしまった。

―――――――――――――――――――――――


「幸せになってね」


―――――――――――――――――――――――


 その言葉は、零奈の最後の言葉だった。


 でも、そんなの無理だ。

 お前がいない世界で幸せになれる訳がない。

 零奈がいない世界で幸せになる気もない。


 ───バンッ!!

「……」

 シロアの抉られた肉体から飛び出た血が、顔に飛び散る。

 眼球の中に血が入ったのか、視界が赫く染まる。


 その瞬間、意味のない妄想が頭を駆け巡る。


 『もし零奈が生き返ったとして、シロアが傷つく世界で俺は幸せになれるだろうか?』


 シロアは赤の他人だ。

 少しの間、時間と場所を共有しただけのただの他人。

 なんなら、シロアは人間ではない。再生する家畜だ。

 

 でも、もう俺は知ってしまった。

 リスクを顧みず俺を生かしてくれたシロアのことを。

 生命を賭して俺を護ってくれるシロアのことを。

 こんな俺に優しさをくれたシロアのことを。

 それを見なかった事にして、幸せになれる?


「……無理だな」

 

 境界線の上。

 

 きっと、これを越えれば二度と戻れない。

 人として絶対に正しくない。倫理に反した存在に成る。

 その境界線の上に、俺は立っている。


 だから、どうした。


 零奈がいない世界で、正しくある理由なんてない。

 シロアが傷つく世界で、正しくある意味なんてない。


 俺は境界線の向こうへ、足を踏み入れた。

―――――――――――――――――――――――


 カシュッカシュッと弾切れの音がする。

「クソッ!!」

 男は怒りを露わにしながら、銃火器を振り上げる。

 シロアは立ってるのもやっとな状態。その白い髪も赤く染まってしまう程に、大量に血を流していた。

「いい加減にしろ!!」

 それをシロアに叩きつけようとした瞬間だった。


 ───ドゴオォッ!!!


 中年男の顔面が、破裂するように潰される。

 『赫い焔』を纏った『黒い鎧』で創られた籠手で顔面を潰す。

 それはまるで子供が蟲を踏み潰すようなあっけなさだった。

「───」

 中年男は激痛や危機感から来る絶叫を放つよりも先に、発声機能を失い、脳髄を失い、そのまま地面に倒れて動かなくなった。

「……」

 シロアは俺の姿を見ながら、膝から崩れ落ちる。

 彼女の身体は即座に再生しつつも、その痛みや湧き出た血はそのまま残ってしまっている。

 そんなシロアの側に寄り、『赫い焔』を解除して、右手で頭を優しく撫でる。

「ごめんな、こんなに痛い思いさせて」

 シロアは、ただ唖然としていた。起きた現実の処理が完了していなかった。

 しかし、俺も完全な理解は出来ていない。

 けれど、これでシロアを護れる。それだけは理解していた。

「待ってて」


 それは、かつての零奈と同じだった。

 零奈が持っていた黒い鉄の鎌。

 零奈が放った赫い焔。

 

 その零奈の力を、俺の適正に変換させたもの。


 『赫い焔』と『黒い鎧』が、俺の身体に宿っていた。

 

「全部、終わらせてくるから」


 俺は両手を『黒い鎧』によって創られた籠手を纏わせ、『赫い焔』を放出しながら家畜部屋を飛び出す。

 全部殺す為に。

お読みいただきありがとうございます。

まさかの土曜日投稿です。

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