2-6 目を瞑る
「そういえばさ、なんで俺を死体置き場から連れてきたの?」
初めてこの船で目覚めてから、五回目の朝が来た。
毎日定時に肥やされた動物達が肉を削り取られ、毎日定刻にシロアは連れて行かれる。
そんな光景を小部屋から四回眺め、本日五回目が行われる予定だ。そんな日に、俺はシロアにふと思いついた疑問を投げかける。
「ゔぅ……」
しかし、大した疑問ではないはずなのに、なぜか彼女は冷や汗を流しながらうめき声をあげた。
「別にやましい事がある訳ではないんだろ?」
「えっ、いやっ、はっ」
「……やましいことあるの?」
「あっ、いえ!」
シロアは両手を振り、やましいことはないと否定する。
「それで、なんで俺をここへ連れてきたの?」
再び疑問をシロアに投げかけると、彼女はなぜか怯えながら言葉を発する。
「……暁理さんが、生きてたからです」
その答えは、あまりにも拍子抜けだった。
「それだけ?」
「はい……あのままだと、死体置き場の死体は焼却処分されます。ですが、暁理さんは生きていました。なので、こちらへ連れてきました……」
シロアはビクビクと怯えながら語る。その姿は、裁判中の容疑者のようだった。
「うーん……」
焼却処分……違和感が頭を離れない。
その回答なら尚更おかしい。
「……生きてたからって、わざわざここまで連れて帰る?デメリットしか無いような……」
「えっ」
シロアは驚いたような表情をしているが、その表情にとぼけているのかと思ってしまう。
そう。シロアが俺をここに連れてくる事はデメリットしかない筈だ。
「だってさ、もし俺のことがバレたら、シロアめっちゃ怒られそうじゃない?怒られるどころの騒ぎじゃないかもだけど」
怒られるだけならいい。俺は本来廃棄される筈だった。それならば、現状がバレた瞬間に俺は殺処分されるのでは?そして、シロアは相応の罰を受けるのでは?そんな想像が頭を巡る。
「それは……はい……」
しかし、彼女は怒られた小動物のようにシュンと身体を縮こませるだけで、理由を答えることはしない。まあ別に、本気で聞きたい訳ではないが……
「ごめん、責めてる訳じゃないんだ。ただ、理由を知りたくて……」
そんな顔をされたら、少し申し訳なくなる。
そんな事を考えていると、彼女は何かを決心したように言葉を発する。
「実は……」
───バンッ!!!
「「!?」」
シロアの言葉を掻き消すように、ドアが蹴破られた鋭く大きい音が響く。その音が、家畜部屋のドアの音だという事を、俺もシロアも瞬時に理解する。
「やばっ……」
瞬間、すぐにでもトイレに隠れなければならないという目的意識がアラートのように脳内に響く。
「暁理さんっ……かく───」
「止まれクズ共」
それは、俺でもシロアでもない。第三者の人間の言葉だった。
鉄格子の向こうへ顔を向けると、そこには人間がいた。無精髭を生やし、腰に銃火器を備えた中年男性。その顔には確かな怒りと蔑み。その言葉と態度、それだけで俺の存在がこいつらにバレた事を理解する。
「おい、こいつ誰だ?」
中年男の問いは俺に向けたものではなく、シロアに向けたものなのは火を見るより明らかだった。
「おい、返事しろ!!」
男の叫び声が家畜部屋に響き渡る。
「あのっ……そのっ……」
シロアは肩を震わせながら、小さな声で理由を必死に述べようとする。しかし、言葉が続かない。それが恐怖から来るものなのは、部外者の俺でも理解できた。
「はぁ……」
男が呆れたようなため息をつくと、檻の鍵を開ける。
「なっ……」
シロアが驚く暇もなく、男は檻の中に勢いよく入ってくる。
そして、腰に備え付けられた銃火器を取り出して、俺に向ける。
「死ね」
───パンッと激しく鋭い音が鳴る。
その行動に俺は何も動けなかった。
零奈が俺を護ってくれていたあの時のように。
俺はまた、何もできなかった。
そして、そのまま俺の眉間を撃ち抜かれた。
その筈だった。
「ゔぐっ……」
「……え」
銃弾が俺の眉間に届くことはなかった。
代わりに届いたのは、シロアの肩だった。
起こった現実を羅列するならば、シロアは俺を庇った。それだけだった。
「シロアッ……!?」
無意識に叫びが漏れる。
しかし、そんなものがシロアの傷を癒すはずもなく、シロアは悶えたまま地面に倒れる。
シロアの肩から流れる血が牧草を赤く染め上げる。
「あのっ……!」
俺は攻撃をやめてもらうよう、無精髭に訴えようとした。
しかし、次の瞬間。
───バンッバンッバンッ!!!
シロアの身体に、三発の鉛が打ち込まれた。
「あ゙あ゙っ……!」
シロアが着ていた外套には穴が空き、そこから綺麗な程赤い液体が大量に漏れ出していた。
「シロア!シロア!」
俺はシロアに駆け寄る。
心臓付近と首と腹、そして肩。
計4箇所に小さな穴が出来ており、一切の例外なく赤い血が吹き出していた。
「クソッ……」
俺はシロアの止血を考えていた。シロアの命を繋ぐ為に。何をするべきか考えていた。
しかし、その思考は男の発言で停止する。
「おい、なにしてんだ」
男は淡々とシロアを蔑むような声色で言葉を発する。
「───さっさと再生しろよ」
「え」
再生。再生?
その言葉を聞いて、無意識に檻の向こうにいる牛へ勢いよく目線を向けた。牛は相変わらず惰眠を貪っている。しかし、その床は赤黒い血で染まっていた。
「あ」
最悪な推理が頭に浮かぶ。
違う。既にあった推理が脳の中心を侵食する。
この家畜部屋にいる生物は例外なく再生する。
しかし、俺はまだその光景を見ていない生物がいる。
その生物に目線を落とす。
そこには、予想していた最悪があった。
「うぐっ……」
呻き声を上げるシロアの身体からは、血は止まっており、外套の穴からは白い肌が見えていた。
そこに傷など一つもない。傷つけられた後など一つもない。
つまり、シロアは再生したのだ。
「再生……」
理解する。シロアが人間ではないと。
あの牛達と同じように、家畜であると。再生する異常生物であると。
「作り物のくせにこんなくだらないことしやがって……」
俺の混乱を他所に、中年男性は悪意を剥き出しにしながらシロアの身体を踏む。
「あー……これはお仕置きだな」
その言葉と同時に、中年男性は俺に銃を向ける。
「かわいそうにな。こいつのせいで死ぬんだから」
その言葉は、俺に向けた言葉だった。
しかし、それが上っ面の哀れみなのも瞬時に理解した。
それに苛立ちを覚えるよりも早く、再びバンッと激しく鋭い音が響く。
「───」
俺はその音が鳴ると同時に、反射的に目を閉じた。
何も考える事もせず、何も願う事もせず、ただ閉じた。
暗闇の中、抵抗する事なく死を待った。
「───になってね」
銃弾の中に微かに聞こえた気がした。
貴方の最後の言葉が、聞こえた気がしたんだ。
お読みいただきありがとうございます。
今回短くてすみません。




