2-5 檻の中の二人
「ん……」
夢から抜け出した先、そこは変わらず檻の中。
座ったまま寝たからか、身体中が軋むように痛い。
何か不思議な夢を見た気がするが思い出せない。
時計が無い為、何時間寝たか分からないが、小さな窓からうっすらと差し込む光から、夜が明けたことは分かる。
「すー……すー……」
隣にいるシロアは、俺の右手を握りながらスヤスヤと眠っている……なんか右手痺れてる。ずっと握ってたのか?器用だなこいつ。
「……もういいかな?」
俺は小さく呟いて、シロアから右手をゆっくりと引き抜こうとした。
「んん……んぁ……?」
瞬間、シロアが手の引き抜きに共鳴するかのように目覚める。というか、俺が起こしたよなこれ。申し訳ない。
「お、おはよう」
「ん……おはよう……ござい……ます……」
元々ハキハキと喋るタイプではないが、寝起きのシロアは意識が朦朧としているのか、発言の歯切れが異常に悪い。どうやら、朝が弱いタイプのようだ。
「あのさシロア……トイレ行きたいんだけど、いい?」
「んん……」
シロアは目を半開きのまま、小さく頷く。
俺はそれを合図にシロアから手を離し、そのままトイレで用を足す。そして、そのまま近くにある蛇口で手を洗う。まあ蛇口をどれだけ捻っても、ポツ……ポツ……と数滴しか水が出てこない欠陥蛇口なんですけどねクソが。
「ん……」
トイレから戻ると、シロアは二度寝を決め込んでいる。今度は床に倒れて、両手両足を折りたたんで寝ている。
随分幸せそうに眠るな……そんな事を考えていた瞬間だった。
ガチャ……と家畜部屋の扉が開く音がした。
「ん……!」
シロアは反射的に起き上がり、俺は一目散にトイレの中に隠れる。言葉はなかったが、互いにやるべき行動を理解できていた。
トイレの壁から外を覗くと、檻の向こうには、昨日も見た緑色の肌で4本の腕を持った男がいた。
「おい、餌だ」
そいつはバケツから、なにやら白い塊を鉄格子の隙間から投げ入れた。
「ありがとうございます……」
シロアはそれに一礼をしてお礼を言う。
緑の男はそのまま別の家畜に、同じように白い塊を投げ入れ、そのまま家畜部屋を出ていった。
「……もう大丈夫ですよ」
シロアの声を聞いてから、俺はゆっくりとトイレから出る。
「……なにそれ」
俺はシロアが持つ餌を凝視する。
「……餌です」
シロアは気まずそうに答える。
餌……餌か。改めて、シロアが家畜なのを理解してしまう。
餌として与えられた白い物体の見た目は完全にプレーンのサラダチキン。なんか若干美味しそうではある。
「あの……どうぞ」
そんなサラダチキンみたいなものを、シロアは半分にちぎり、片割れをこちらに差し出した。
あの緑の男は俺がいる事など知らない。当然、与えられる餌はシロア一人分だけ。
本来、シロア一人分の食料。それを俺に分けてくれる。
「……いいのか?」
彼女は何も言わずに小さく頷く。
「……ありがとう」
俺は彼女のサラダチキンのようなものを受け取る。
その瞬間に、サラダチキンの手触りがあまりにも硬い事に気がつく。まるで鉄のように硬い。これ、食べられるの?
そう思い隣を見ると、シロアはちびちびと白い塊を削るように食べていた。
「……いただきます」
分けてもらったものを食べないのは失礼だ。そう思い、覚悟を決めて食べ始める。
「ゔっ……」
不味い……
口に入れた瞬間、独特な苦味と微かなケレン味が舌の上でタップダンスする。ゴミ捨て場のような異臭が鼻腔をくすぐる。痛い程に硬く、ざらざらとした不快な舌触りが、更に不快感を刺激する。
「……美味しくないですよね」
シロアは苦笑いをしながら、こちらに問いかける。
「いやっ……美味しいよ……ありがとう」
それは気遣いのつもりの発言だった。
せっかく貴重な食料をくれたのだ。それを不味いと突き放すのは、流石に最低だと思ったからだ。
しかし、その言葉を聞いたシロアは『こいつマジか……』みたいな顔をはっきりと浮かべていた。ふざけんなよマジで。
食事を終えた数分後、家畜部屋のドアが開き、昨日のように牛の肉が回収された。今日は豚や謎の一つ目の生き物も肉を回収されていた。そして一切の例外なく、全ての生き物は完全に再生をしていた。やはり、その光景は気味が悪い。
その搾取が終わった後、トイレに隠れていた俺は壁にもたれかかるシロアの隣に座る。
「昨日の続きの話したいんだけど、いい?」
そう言うと、シロアは力強く頷く。
「ありがと。でさ……」
そこから俺は『デザイア』の話を聞いた。
しかし、シロアは『デザイア』に関しては昨日の話以上のことは知らないようで、結局新しい情報は得られなかった。
仕方なく、別の疑問をシロアに問いかける。幸い、分からないことは沢山あるのだ。
「そもそもさ、此処って何処なの?」
その問いかけに、シロアは間髪入れずに答えた。
「廃棄場です」
「廃棄場?」
「はい」
「なにを?」
「ゴミや死体、あとはガペリアとかの様々なものを廃棄する建物です。ただ、廃棄する中で価値のあるものは、回収してます」
「……ガペリアってなに?」
その言葉に、シロアは目を大きく開いた。
「ガペリアを……知らないのですか……?」
「いや知らん」
その言葉を聞いたシロアは『そんな人っているの……!?』みたいな顔を浮かべていた。
「えっ、いや、知らないけど……」
「……」
彼女は遠くを見つめながら、どこか寂しそうな顔を浮かべる。
「……必ず、いつか話します」
「えっ、な、なんで!?」
彼女はまるで腫れ物を触るようにガペリアから話を逸らそうとする。めっちゃ気になる。
1分は粘ったが、結局シロアは話してくれなかった。
俺は諦めて別の話題に切り替える事にした。
「というか、廃棄場に家畜がいるって大丈夫なの?衛生的に」
「そうですね……ただ、ここは立地的に食料があまり届かない場所らしいので……ある程度の自給自足が必要なんだと思います」
「なるほど……」
衛生的にやばいがなんとなく納得は出来た。ただ、そもそもそんな場所に廃棄場を建てるなよ。
そんな事を考えていると、ある一つの疑問が頭に浮かんだ。
「ここ家畜専用の檻だよな?」
「はい」
「なんで人間用のトイレあるの?」
冷静に考えたら、家畜用の檻に人間用のトイレがあるのは変だ。家畜なんだ。排泄にプライバシーなんて必要ないはずだ。さらにおかしいのは、目の前にいる家畜牛の檻の中にも人間用のトイレがある。牛には絶対必要ないだろ。
その言葉を聞いたシロアは、少しぎこちなく答える。
「元々……ここは罪人を入れる牢屋でしたから」
「そうなの?」
「はい、私達家畜を入れる場所がなかったので、一時的にここにいるだけです」
なるほど。臨時的に家畜を入れてるのか。それなら筋が通って……ねぇよ。場所がないからって、罪人の檻に家畜入れるのはどうなんだ?色々とガバガバすぎるだろ。
「そもそも……ここが廃棄場になったのも数日前で……ずっと使われていなかった建物を無理矢理使ってるらしいです」
俺が若干呆れていると、シロアが少し申し訳なさそうな顔で語る。
そうなのか。ずっと使われていなかった建物を使ってるからこんなにガバガバなんだねー……で納得できるか。
「嫌ですよね……こんなところにいるの……」
「……いやっ……」
言葉が詰まる。それ以上は何も言えなかった。
気の利いた言葉が出てこない。クソッ。情けない。
ここは話題を変えよう。そう思い、一番の疑問をシロアにぶつける。
「……今更だけど、シロアって日本人ではないよね?」
「……ニホンジン?」
シロアは発言の意味を理解できていないような顔を浮かべる。
「いや……日本人じゃないのに、なんで日本語通じてるの?」
そう。冷静に考えたらおかしい。
シロアの見た目は、完全に日本人じゃない。
それなのに、自分の言葉が通じているし、シロアの言葉も俺に通じている。というか、学校の時に現れた爬虫類の人間は明らかに日本人ではないのに、日本語を喋っているように聞こえた。
そんな当然の疑問をシロアに投げかける。
「あっ、私が『ラング』を使用しているので……」
しかし、シロアはまるで当然の事を問いかけられたような顔を浮かべる。
しかしというか、やはりその言葉にも聞き覚えがない。専門用語多すぎて訳分からん。
「……『ラング』?」
「はい。翻訳の命術です。それを片方が使用していれば、会話は成り立ちます」
「……命術?」
「……」
シロアは言葉を発しなかった。しかし、その顔には『なんてこと……』と確かに言っていた。こいつめっちゃ顔に出るな。
「えっと……命術というのは……そのー……あっ、あれです!」
シロアは何かを思いついたかのように、人差し指をピンとあげる。
「パンのレシピみたいなものです!」
「……んっ?」
いまいち理解できなかった。
例えが分からなかった俺は、恐らく凄いマヌケな顔をしたのだろう。
それを見たシロアが、流れるように目線を床に落とした。
「すみません……分かりにくくて……」
その言葉を放ちながら、シロアは『だから私はダメなんだ……』みたいな顔をはっきりと浮かべていた。こいつめっちゃ顔に出るな。
「ごめんごめん!俺に理解力が無くて!」
「いえ……私に語彙力が無いのが……すみません……」
こんなしょうもないことに、そんなに真剣に落ち込める事がなぜかおかしかった。
「……」
零奈がいない。その現状に吐き気がする。
それなのに、この現実が少しだけこの吐き気を和らげる。
その答えが出ないまま、あの日が来る。
全員が死んだ。あの日が来る。
お読みいただきありがとうございます。
金曜ギリギリで滑り込みです。すみません。
残業してました。




