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サイアク  作者: 駄犬
12/31

2-3 薄い毛布と御伽噺

「私も……家畜です」

 無機質な鉄格子の中にいる白髪の少女。

 彼女は自身のことを家畜と呼んだ。

 その言葉とこの状況。それだけで、彼女の悲惨な人生を容易く想像できた。

「……」

 しかし、それだけだった。

 ニュースで殺人事件の被害者に対して心を痛めるように、その程度の哀れみしか持つ事が出来なかった。本気で彼女の凄惨さを悲しめる程、俺は人間が出来ていなかった。

 なんなら、彼女が家畜という事は、その檻に入っている自分も同様に家畜ではないか?という自身の保身の事を考えてしまった。

「じゃあ、俺も家畜になるのか?」

 そう彼女に問いかけると、彼女は両手を小さく振りながら答える。

「ちっ、違いますっ……!」

「違う?」

「あの……えっと……」

 彼女は外套のフードを掴みながら、どこかぎこちなさそうに言う。

「私が……ここへ連れて来ました」

「……」

 ……意味が分からない。

 そもそもどこから?なんでここへ連れてきた?そもそもそんな事をした意味はなんなんだ?

 そんな単純な疑問が、口から溢れ出してくる。

「どこから?俺をどこから連れてきたんだ?」

 白髪の彼女は少し気圧されながら、ゆっくりと答える。

「死体置き場からです……」

「死体置き場?」

「はい……死体置き場で眼球の回収をしていた時……生きているあなたを見つけました」

「……眼球の回収?」

 聞き慣れない言葉が連続して脳味噌を刺激する。そんなもので刺激されたくないと脳味噌は叫んでますが。

「なんで?」

 彼女は苦虫を噛み潰したような顔で言葉を溢す。

「……命令で」

「誰から?」

「……先程の人達です……」

「あの3人?」

「はい……軍人の……」

 どうやら、先程の3人は軍人らしい。

 つまり、俺たちがいるここは軍の施設なのか?でも、軍人が家畜の世話をするのか?そこまで人員不足なほど、小規模な軍隊ということなのだろうか?

 疑問は尽きないが、それを一旦置いておき話を続ける。

「それで俺を見つけて、ここまで運んだの?」

「はい」

「……どうして?」

「それは……」

 彼女は唾を飲み込み、ゆっくりと言葉を吐き出す。

「貴方が生きていたから……です」

「生きてた……?」

 その瞬間、あの時の事を思い出す。

 零奈が殺された後、俺も頭を剣で貫かれて死んだはずだ。

 それなのに、俺はどうして生きている?

 いや待て。俺が生きているということは……


 ───零奈も生きているのではないか?


「おい」

 俺は白髪の彼女へ勢いよく近づき、両肩を掴む。

「ひゃいっ!?」

 彼女は驚きを顔と叫びで表現する。

「零奈を知ってるか?」

「レ……レイナ……?」

 困惑を隠せていない彼女を他所に、俺は彼女に問いかけ続ける。

「長い黒髪で俺より一歳年上の女性!見なかったか!?何処かで……」

 正直、答えて欲しくなかった。

 もし彼女が見ていたとして、それが死体置き場で見たと言われたら、俺はきっと発狂して死ぬ。

 それでも、俺が生きてたんだ。

 もしかしたら、零奈もどこかで生きてるかもしれない。

 そんな一縷の希望に賭けた。

 しかし、彼女は俺の希望とは他所に、予想外の言葉を発した。

「……もしかして、『デザイア』の女性のことですか……?」

 彼女は恐る恐る問いかける。

「……『デザイア』?」

 その言葉に聞き覚えがある。

 学校で養護教諭を殺した男も、零奈を殺した氷の男も同じような事を言っていた。

 特に、氷の男は零奈の事を『デザイア』と呼んでいた。

 つまり、零奈=デザイアという事か?

「『デザイア』ってなんだ?零奈が『デザイア』なのか!?」

「あっ、いやっ、その……私も詳しくは知らされていないのですが……」

 息を呑んでから、首を絞められたように答える。

「長い黒髪の女性が『デザイア』所有者であり……既に回収された……そう伺っています……」

「回収……?なにを回収したんだ!?」

 嫌な予感が身体中を駆け巡る。焦燥が喉の奥から叫び出す。

 彼女は視線を落として、なにかを絞り出すように答える。

 

「……死体です」


「……そうか」

 その言葉を聞いても、大して驚きは無かった。

 むしろ、やっと諦めがついた。

 次、俺がやるべきことの指針ができた。

「ごめん、ありがとう」

 俺は彼女から手を離し、ゆっくりと後退りする。

 彼女は驚いたような表情をしながら、言葉を発する。

「えっ、えっと……そのっ……」

 しかし、言葉が見つけられないのか、ただた言葉を溢すだけであった。

 俺は辺りを見渡して、()()に使えそうなものを探す。

 しかし、そう都合の良いものは見つからない。

 俺はため息をつきながら、薄い毛布を掴む。

「あ、あの……」

 彼女がゆっくりとぎこちなく問いかける。

「……なに?」

 俺は「今なら異世界に転生できるかもな」なんて、口に出さない冗談を頭に浮かべながら、薄い毛布を巻き、細い布の形状に変えながら応える。

「レイナさん……は……」

「うん」

「……大切な人でしたか」

 一瞬、彼女の言葉に酷い苛立ちを覚えた。

 当たり前だろ、と。

 しかし、そう問いかける彼女の顔はあまりにも哀しそうで、苦しそうで、そんな苛立ちはすぐに消え去った。

「……うん」

「……」

 少しの沈黙。

「……もう一度、会いたいですか」

「……会いたいよ」

 その言葉を聞いた彼女は、何かを決心したように口を開く。

 

「……『デザイア』があれば、会えるかもしれません」


「……は?」

 毛布を床に落とした。

 あまりにも、あまりにも脈絡の無い発言。

 俺はつい身体を乗り出しながら彼女へ問いかける。

「生き返らせるって……零奈を!?」

 彼女はコクッと小さく頷いた後、話を続ける。

「私の生まれた世界では……『デザイア』は()()()()()()()を持つと言われていました。その願いの中に……死者蘇生もありました」

 俺は彼女の話を無言で聞き続ける。

「しかし……『デザイア』の実物は誰も見た事がなく……よくある御伽噺の一つだと思っていました」

 彼女は淡々と話を続ける。

「ですが『デザイア』はありました。御伽噺が……現実に存在していました」

 その話を聞いて、辻褄が合う。

 俺は殺された。しかし、今は生きている。

 もしも、あの時。俺が殺された時。

 零奈が『デザイア』を使用して、俺を()()()()()()可能性がある、と。

 それならば、俺が生きている現状にも辻褄が合う。

「つまり、死人を生き返らせる力も、本当にあるかもしれません」

 彼女の眼に、嘘は無かった。

「じゃあ……」

 その言葉を発した瞬間だった。

 ガチャ……と、ドアが開く音がした。

「ッ……」

「あ……」

 ドアの音と彼女の焦り様。それから、俺がするべきことを一瞬で理解する。

「あっち?」

 俺はさっき隠れた小さなトイレを指差す。

「……はい」

 彼女は小さく頷くと、俺は素早くトイレに身体を隠す。トイレの壁から顔を少しだけ出して、檻の向こうを見ると、そこに二人の男がいるのが見えた。

「おい、時間だ」

 そう発言したのは無精髭を生やした中年男性。

 もう一人は髪を結んだ若い男。その腰には両側に剣が携えられていた。

 中年男性が牢屋の鍵を開けると、

「早くしろ!!」

 と、叫ぶ。それは、躾のようであり、甚振りのようでもあった。

「……はい」

 彼女はなにかを諦めたような顔で立ち上がり、重い足取りで檻から出ていく。檻の扉が閉められ、その後に3人の足跡が一才の調和なく鳴る。その後、バタン……と家畜部屋のドアが閉まる音が鳴った瞬間、3人の足音は全く聞こえなくなった。

 残されたのは、カタカタと回る換気扇の音と、動物の体が牧草と鉄の床に擦られる音。

 そして、何も残っていない自分自身。

 俺は檻の真ん中にぽつんと落ちている毛布を眺める。

 薄い毛布は、細い縄へ形が変わっていた。

 形を変えたのは俺自身。

 自身の首を絞めるために、形を変えたのに。

「……はぁ」

 カタカタと換気扇の無機質な音が響く。

 俺は小さく汚いトイレの中で、ただただ彼女の帰りを待つ事にした。

 異世界に転生する事を選ばなかった。選べなかった。

 もう少しだけ、縋ってみよう。

 死ぬだけならいつでもできるし。

お読みいただきありがとうございます。

今週は二話掲載です。お時間ありましたら、是非読んでいただければ幸いです。

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