2-3 薄い毛布と御伽噺
「私も……家畜です」
無機質な鉄格子の中にいる白髪の少女。
彼女は自身のことを家畜と呼んだ。
その言葉とこの状況。それだけで、彼女の悲惨な人生を容易く想像できた。
「……」
しかし、それだけだった。
ニュースで殺人事件の被害者に対して心を痛めるように、その程度の哀れみしか持つ事が出来なかった。本気で彼女の凄惨さを悲しめる程、俺は人間が出来ていなかった。
なんなら、彼女が家畜という事は、その檻に入っている自分も同様に家畜ではないか?という自身の保身の事を考えてしまった。
「じゃあ、俺も家畜になるのか?」
そう彼女に問いかけると、彼女は両手を小さく振りながら答える。
「ちっ、違いますっ……!」
「違う?」
「あの……えっと……」
彼女は外套のフードを掴みながら、どこかぎこちなさそうに言う。
「私が……ここへ連れて来ました」
「……」
……意味が分からない。
そもそもどこから?なんでここへ連れてきた?そもそもそんな事をした意味はなんなんだ?
そんな単純な疑問が、口から溢れ出してくる。
「どこから?俺をどこから連れてきたんだ?」
白髪の彼女は少し気圧されながら、ゆっくりと答える。
「死体置き場からです……」
「死体置き場?」
「はい……死体置き場で眼球の回収をしていた時……生きているあなたを見つけました」
「……眼球の回収?」
聞き慣れない言葉が連続して脳味噌を刺激する。そんなもので刺激されたくないと脳味噌は叫んでますが。
「なんで?」
彼女は苦虫を噛み潰したような顔で言葉を溢す。
「……命令で」
「誰から?」
「……先程の人達です……」
「あの3人?」
「はい……軍人の……」
どうやら、先程の3人は軍人らしい。
つまり、俺たちがいるここは軍の施設なのか?でも、軍人が家畜の世話をするのか?そこまで人員不足なほど、小規模な軍隊ということなのだろうか?
疑問は尽きないが、それを一旦置いておき話を続ける。
「それで俺を見つけて、ここまで運んだの?」
「はい」
「……どうして?」
「それは……」
彼女は唾を飲み込み、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「貴方が生きていたから……です」
「生きてた……?」
その瞬間、あの時の事を思い出す。
零奈が殺された後、俺も頭を剣で貫かれて死んだはずだ。
それなのに、俺はどうして生きている?
いや待て。俺が生きているということは……
───零奈も生きているのではないか?
「おい」
俺は白髪の彼女へ勢いよく近づき、両肩を掴む。
「ひゃいっ!?」
彼女は驚きを顔と叫びで表現する。
「零奈を知ってるか?」
「レ……レイナ……?」
困惑を隠せていない彼女を他所に、俺は彼女に問いかけ続ける。
「長い黒髪で俺より一歳年上の女性!見なかったか!?何処かで……」
正直、答えて欲しくなかった。
もし彼女が見ていたとして、それが死体置き場で見たと言われたら、俺はきっと発狂して死ぬ。
それでも、俺が生きてたんだ。
もしかしたら、零奈もどこかで生きてるかもしれない。
そんな一縷の希望に賭けた。
しかし、彼女は俺の希望とは他所に、予想外の言葉を発した。
「……もしかして、『デザイア』の女性のことですか……?」
彼女は恐る恐る問いかける。
「……『デザイア』?」
その言葉に聞き覚えがある。
学校で養護教諭を殺した男も、零奈を殺した氷の男も同じような事を言っていた。
特に、氷の男は零奈の事を『デザイア』と呼んでいた。
つまり、零奈=デザイアという事か?
「『デザイア』ってなんだ?零奈が『デザイア』なのか!?」
「あっ、いやっ、その……私も詳しくは知らされていないのですが……」
息を呑んでから、首を絞められたように答える。
「長い黒髪の女性が『デザイア』所有者であり……既に回収された……そう伺っています……」
「回収……?なにを回収したんだ!?」
嫌な予感が身体中を駆け巡る。焦燥が喉の奥から叫び出す。
彼女は視線を落として、なにかを絞り出すように答える。
「……死体です」
「……そうか」
その言葉を聞いても、大して驚きは無かった。
むしろ、やっと諦めがついた。
次、俺がやるべきことの指針ができた。
「ごめん、ありがとう」
俺は彼女から手を離し、ゆっくりと後退りする。
彼女は驚いたような表情をしながら、言葉を発する。
「えっ、えっと……そのっ……」
しかし、言葉が見つけられないのか、ただた言葉を溢すだけであった。
俺は辺りを見渡して、それに使えそうなものを探す。
しかし、そう都合の良いものは見つからない。
俺はため息をつきながら、薄い毛布を掴む。
「あ、あの……」
彼女がゆっくりとぎこちなく問いかける。
「……なに?」
俺は「今なら異世界に転生できるかもな」なんて、口に出さない冗談を頭に浮かべながら、薄い毛布を巻き、細い布の形状に変えながら応える。
「レイナさん……は……」
「うん」
「……大切な人でしたか」
一瞬、彼女の言葉に酷い苛立ちを覚えた。
当たり前だろ、と。
しかし、そう問いかける彼女の顔はあまりにも哀しそうで、苦しそうで、そんな苛立ちはすぐに消え去った。
「……うん」
「……」
少しの沈黙。
「……もう一度、会いたいですか」
「……会いたいよ」
その言葉を聞いた彼女は、何かを決心したように口を開く。
「……『デザイア』があれば、会えるかもしれません」
「……は?」
毛布を床に落とした。
あまりにも、あまりにも脈絡の無い発言。
俺はつい身体を乗り出しながら彼女へ問いかける。
「生き返らせるって……零奈を!?」
彼女はコクッと小さく頷いた後、話を続ける。
「私の生まれた世界では……『デザイア』は願いを叶える力を持つと言われていました。その願いの中に……死者蘇生もありました」
俺は彼女の話を無言で聞き続ける。
「しかし……『デザイア』の実物は誰も見た事がなく……よくある御伽噺の一つだと思っていました」
彼女は淡々と話を続ける。
「ですが『デザイア』はありました。御伽噺が……現実に存在していました」
その話を聞いて、辻褄が合う。
俺は殺された。しかし、今は生きている。
もしも、あの時。俺が殺された時。
零奈が『デザイア』を使用して、俺を生き返らせた可能性がある、と。
それならば、俺が生きている現状にも辻褄が合う。
「つまり、死人を生き返らせる力も、本当にあるかもしれません」
彼女の眼に、嘘は無かった。
「じゃあ……」
その言葉を発した瞬間だった。
ガチャ……と、ドアが開く音がした。
「ッ……」
「あ……」
ドアの音と彼女の焦り様。それから、俺がするべきことを一瞬で理解する。
「あっち?」
俺はさっき隠れた小さなトイレを指差す。
「……はい」
彼女は小さく頷くと、俺は素早くトイレに身体を隠す。トイレの壁から顔を少しだけ出して、檻の向こうを見ると、そこに二人の男がいるのが見えた。
「おい、時間だ」
そう発言したのは無精髭を生やした中年男性。
もう一人は髪を結んだ若い男。その腰には両側に剣が携えられていた。
中年男性が牢屋の鍵を開けると、
「早くしろ!!」
と、叫ぶ。それは、躾のようであり、甚振りのようでもあった。
「……はい」
彼女はなにかを諦めたような顔で立ち上がり、重い足取りで檻から出ていく。檻の扉が閉められ、その後に3人の足跡が一才の調和なく鳴る。その後、バタン……と家畜部屋のドアが閉まる音が鳴った瞬間、3人の足音は全く聞こえなくなった。
残されたのは、カタカタと回る換気扇の音と、動物の体が牧草と鉄の床に擦られる音。
そして、何も残っていない自分自身。
俺は檻の真ん中にぽつんと落ちている毛布を眺める。
薄い毛布は、細い縄へ形が変わっていた。
形を変えたのは俺自身。
自身の首を絞めるために、形を変えたのに。
「……はぁ」
カタカタと換気扇の無機質な音が響く。
俺は小さく汚いトイレの中で、ただただ彼女の帰りを待つ事にした。
異世界に転生する事を選ばなかった。選べなかった。
もう少しだけ、縋ってみよう。
死ぬだけならいつでもできるし。
お読みいただきありがとうございます。
今週は二話掲載です。お時間ありましたら、是非読んでいただければ幸いです。




