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サイアク  作者: 駄犬
10/31

2-1 あの日々に溺れる

「暁理〜……お腹空いたよ〜……」

 それは、零奈が中学1年生で俺がまだ小学6年生だった頃。

 風が無くて、蒸し暑くて、空には小さな星が塗されていた夏。坂道の下からは鈍いぼんぼりの灯りが見え、太鼓の音と賑やかな笑い声が薄く聞こえてきた夜。

「つかれた〜……あつい……」

 星空の下、俺と零奈はダラダラと長い坂道を登っていた。

 俺は祭りで買った焼きそばとりんご飴を入れたビニール袋を持ち、零奈は長い黒髪を風鈴のように揺らしながら歩いていた。

「あそこなら綺麗に花火見れるから……もうちょい頑張ってくれ」

「う〜……暁理〜おんぶして〜……」

 零奈は両手を伸ばして、俺におんぶをせがむ。

「やだ」

「けち」

「はいはい……あ、見えた。あそこの神社だよ」

 そう言いながら、俺は目の前にある石の階段の先に指をさす。それを見た零奈は、露骨に嫌そうな顔を浮かべる。

「え〜!?まだ登るの!?」

「あの階段短いから!ほら、行くぞ!」

 俺は零奈の手を掴み、転ばないように階段を登る。

 古びた石階段を登り、数秒後、辿り着いたのは古びた神社。

「ここ……?」

 零奈が少し困惑しながら問いかける。まあ……その反応は正常な人間ならば正しい。

 この神社は神がいるというには、あまりにも見窄らしい。

 柱も縁側も老朽化してるし、拝殿扉は閉まってないし、なんか変な匂いもする。人も全然来ないから、まともに整備もされてない。

 ここに来るのは虫か、迷い人ぐらいだ。

 でも、ここに来たのは決して迷ったからではない。俺たちは明確な目的があってここへ来た。

「そ、ここなら花火がよく見える」

 そう。ここの神社は花火が上がる所が凄く綺麗に見えるのだ。しかも、人が全然来ない為、ゆっくりと綺麗な花火を誰にも邪魔されず見る事ができる穴場なのだ。

「ふーん……」

「信じてないだろ」

「いや〜?信じてるよ?」

 口元を緩ませながら零奈は縁側に座る。俺も零奈の隣に座り、ビニール袋の中から零奈のりんご飴を渡す。

「ありがと」

「ん」

「暁理は焼きそば?」

「そ」

 俺はビニール袋から焼きそばを取り出し、蓋を開けて食べ始める。

 ……うん。美味しい。

 ソースが沁みた柔らかい麺の食感と、香ばしい肉と、新鮮で歯応えのある野菜が口の中で見事に調和する。

「美味しそうに食べるね」

 隣の零奈はりんご飴を齧りながらこちらを凝視する。

「美味いからな」

「……一口ちょうだい?」

「……えっ」

 箸を持つ手が止まる。

 零奈が少しだけ申し訳なさそうな顔で言う。

「あ、いやだった?ごめんね!冗談だよ」

「違う違う!そうじゃない!一口ぐらい全然あげるけど……」

「けど?」

「けど……箸無いし……」

 その言葉を聞いた零奈が、ニヤニヤとしながらゆっくりと口を開く。

「……もしかして、間接キス気にしてるの?」

「ちがっ、違うわ!」

「も〜!暁理はすけべだね〜!」

「違うって!」

「ふふっ、ごめんごめん」

 零奈はケラケラと笑いながら謝罪する。

 俺は諦めて一口分を箸で掴み、零奈の顔前へ運ぶ。

「はい……あーん」

 零奈は満面の笑みで、その小さな口を大きく開く。

「あーん」

 零奈が焼きそばを口に含み、ゆっくりと啜る。数回咀嚼をした後、頬を赤らめながら喜びを零す。

「おいしー!お肉も大きいし、野菜もシャキシャキしてる!」

「……ヨカッタデスネ」

「あー私も買えばよかった〜」

 零奈は満足そうにしながら焼きそばを咀嚼する。

 ……まあ、いいか。

 零奈は焼きそばを飲み込んだ後、りんご飴を俺の前に差し出す。

「はい、お礼!りんご飴!」

「……えっ」

「一口、あげる」

「……いらない」

「だーめ。あげる!」

「いらない!好きじゃない!」

「嘘つかない!去年りんご飴買ってたでしょ!?」

「なんで覚えてんだよ!」

「もー、ほら。口開けて」

 零奈はりんご飴を無理矢理、俺の口に近づける。

「はい、あーん」

「うぐっ……」

 無理だ。圧が凄い。食べる以外の選択肢が俺には無い。

「あー……」

 俺は諦めて零奈がまだ食べていない部分を狙い、ぎこちなく齧る。

 瞬間、りんご飴特有の強い甘味が口いっぱいに広がる。

 甘い。とにかく甘い。舌が痺れるぐらいに甘い。でも……

「……おいしい」

「でしょ?」

 その言葉と同時に、空が朝のように明るくなる。

 反射的に空を見上げると、そこには赤色の花火があった。

 そっか。もう花火の時間か。

「わー……」

 零奈は空を見上げて、微かに笑う。

 その眼は花火をまぶしたように輝いていた。

「……綺麗だね」

 空の花に照らされた彼女の笑顔は、火傷するように脳裏に刻まれた。

「……だな」

 俺は零奈から目を逸らし、空に浮かんだ火の花を見続ける。


 そうだよな。そんな事もあったよな。


 ―――――――――――――――――――――――

 

 水が落ちる音がする。

 肉が腐る臭いがする。

 液体の鉄が口の中に充満する。

 指に吐瀉物のような何かが触れる。


 ずっと暗闇の中。


 目を閉じる事も出来ず、体を動かす事も出来ないまま、あの人の夢を見る。

 

 あの日を思い出す。あの人を思い出す。

 あの春を思い出す。あの夏を思い出す。

 あの秋を思い出す。あの冬を思い出す。


 それなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。


 何かを失った気がする。

 全部を失った気がする。


 でも、それに気がついたらいけない。


 きっと自分を保てない。


 だから、また夢に帰る作業をしよう。


 目を開いたまま、あの人の夢を見よう。


 ───ギィ……


 どこからか、鈍い音が響く。


 現実を見ているのか、夢を見ているのか分からない視界に糸のような光が差し込む。

 

「……え」


 小さな声が聞こえた気がした。


 細い光の向こうに、誰かの声が聞こえた気がした。


 でも、きっと気のせいだろう。


 そう思い、俺は再びあの日々へ堕ちた。

お読みいただきありがとうございます。毎週金曜投稿です。

こんな作品読んでくださり、誠にありがとうございます。感謝で泣いてます。

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