不思議な夢を見ました
「鏡面界の食べ物って、こんなに美味しくなかったかしら?」
さくらは台所で夕飯を作りながら、、首を傾げていた。確かに備蓄してある食糧は、真空パックになった冷凍品とレトルト等が殆んどだが、米や味噌の味さえも舌にピリリと刺激さえ感じる。
「ある意味、懐かしい味なのではないですか?」
龍二が様子を見に来たついでに、インスタントのシジミの味噌汁を味見してそう言った。
『………』
ソルも一口味見したが、眉間にシワを寄せて黙り込んでしまう。
「大量生産と大量消費には、化学物質での農業しか方法が無かったのですよ。」
「トカゲは人だけでなく、植物も管理したかったのね」
『この世界の人々は、食べる物さえ管理されてるの?』
その話に、ソルは心底驚いたようだ。
「食糧を支配すれば、それはもう人を支配したのと同じですからね。」
『…酷い事をするものだわ。』
「幼い頃からこの味に慣れてしまえば、食べ物とはこういう味なのだと思い込むでしょう?私も以前は何の疑問も持ってませんでしたから。正に長年のトカゲの努力の成果ですね。」
「これは早く何とかしなきゃ。私、これは食べたくないわ」
『そうね、外で食材を探しましょう?』
さくら達は手分けして食材を集めると、ほんの15分程で夕食を手に入れた。
さくらとソルはキノコとユリの根、数種類の野草の新芽。龍二は山女魚を3匹とワサビを採って来た。
山女魚を塩焼きに、キノコとユリ根は山菜と一緒にホイル焼きしてワサビ醤油で食べる。
『美味しいわ!』
「うん!これよこれ!鏡面界では、どうしてわざわざ美味しくない食べ物を作るのかしら」
それ程の量を食べた訳では無いが、さくら達にとって十分に満足出来る食事であった。
「元々、肥料と農薬は餓えた人々が生き残る為に生み出したのです。自分の子供達の為に考え出したのかもしれませんよ。」
「何処かで間違った方向に行ってしまったのね。」
『全ての元凶は、分断されて繋がりが途切れた事に行き着くわよ。』
「そうです。少なくとも、細分化された現状では、生産に関わる人それぞれが専門家です。一生懸命に自分の専門分野で成果を上げようとするでしょう。」
「そこに悪意は無くても、分断される事で悪意の無い悪意になるのね。」
「野菜の葉を大きくする肥料を開発する人、根を大きくする肥料を開発する人。実を大きくする肥料を開発する人。土を柔らかくする研究をする人。野菜の病気について研究する人。害虫の防除について研究する人。更にそれぞれの成分について研究する人。その中でさえ、更に細く専門分野があります。」
『ごめんなさい。もう私にはその先の破滅しか見えないわ。』
そこ迄聞いて、ソルは頭を抱えてしまった。
「そこに本物の悪意が混ざったとしても、もう誰にも分かりませんからね。トカゲにとっては都合が良い状態なんです。真の全体像を掴ませずに、虚像と自分の手元だけを見せる。これがトカゲの管理システムの根幹になっています。」
『トカゲと人間は同じ存在だとマーサに聞いたわ。ババ様もアキも元はトカゲだったのでしょう?』
「そうなのよね。信じられないわ。とても同じだと思えないもの。」
「…私は、起こり得る全ての事には意味があるのだと思っています。トカゲがこの世界へと来た事にも、何かの意味があるのでしょう。」
『そうね。批判ばかりしていては、いけないわね。』
「さくらもソルもこの世界を楽しんで下さい。今の生を楽しんで下さい。争いでは解決出来ない問題ですからね。そんな事に大事な時間を使うべきでは無いですよ?」
「それもそうね。フフフッ、私はスローライフを満喫するわ。私達の家庭菜園が世界を救うのよ!」
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その夜、さくらは不思議な夢を見た。
沢山の花が咲き誇る綺麗な庭園の中。
ひと際目を引いたのは、その中央に植えられた見事な『青いバラ』であった。
人間には決して作り出せない『青いバラ』。
その完璧さに憧れた人間達は、それを夢見て追い求める。
「ああ。そうなのね。トカゲとは『青いバラ』を追い求める人達の成れの果てなんだわ。なんて愚かで、なんて純粋なんでしょう。」
そして、さくらは見てしまった。
『青いバラ』を愛おしげに眺める少女を。
その髪は青く透明に輝き、まるで『青いバラ』から産まれたような神聖さを感じさせた。
「なんて綺麗な人なの……」
その声に振り向いた少女。
「…ぁぁ……」
その少女の『青いバラ』の瞳に見つめられ、さくらはもう息をするのさえ忘れてしまったかの様に魅了されてしまったのであった。
青いバラの少女は『純粋』であった。
『純粋』を他に表現する言葉を見つけられないが、形に現れたものが少女であり『青いバラ』なのだと、さくらは理解した。
恵みの神様は母性の神様である。我々は土から造られた『人間』であるのだから、そう感じるのだろう。
『土』であるさくらは、『青いバラ』に強い憧れを抱いてしまった。
その事に、さくらの心は強く警鐘を鳴らす。
「さくら!そちらに行ってはいけません!」
突然、後ろから力強く抱き締められる。
「……あなた?…龍二さん?」
途端に掻き消える庭園の光景の中、可笑しそうに笑う少女の笑顔がさくらの心臓に楔を打ち込んだのだった。
次回『アキちゃんの御守に助けられました』
来週の土曜日に更新します!お楽しみに!