坂本さんが来てくれました
「坂本さん、お久しぶりです。」
「柳、無事で何よりだ。…強くなったな」
「フフッ。私、宮川になったの。宮川さくらよ。」
「…へ?」
坂本は、さくらの話している事の意味が分からなかった。
「え…はい。妻のさくらです。」
龍二も照れくさいのか、珍しく歯切れが悪い。
「……そ、そうか。い、色々大変だったんだな!そうか、それは、うん、大変だったな!」
坂本はもう言葉が見つからなくて、でも、何か言おうと必死になったが、どうしても「おめでとう」の単語が思い出せなかった。
「…で、そちらのお嬢さんは?」
結局、話を逸らすことにしたようだ。
『初めまして、ソルと言います。』
「坂本だ。宜しくな」
「さあ、中に入りましょう。」
龍二は皆を促すが、さくらは見せ付ける様に龍二の腕に抱き着いて動かない。
その光景に、やっと坂本の現実も追い付いて来たようで、
「ああ。あの…二人とも、おめでとう。」
「ありがとう御座います!坂本さん!さあ、どうぞ!」
さくらもようやく納得した様に、新居?に坂本を迎え入れた。
「珈琲でいいかしら?」
「ああ、ありがとう」
「さて、こちらの経緯をお話ししましょう。」
そして、龍二は坂本達をこの世界に送り返してから今日までの話をした。
「そうか。『恵みの神様』との繋がりを拡げて行く事で、トカゲの影響から世界を切り取って行くんだな。」
『私はかつて、人々の繋がりを分断してしまって、国を滅ぼしたのよ。この世界も、私の国と同じ様な状態にあるわ。余り時間は無いわよ?』
「レイヤちゃんが言っていたわ。繋がりを取り戻した人々が、ある一定数を超えた時に、天秤が傾く様に全てが反転するって。」
『そうよ。元々、繋がりが無いことが不自然で不安定な状態なの。ほんの少し手を触れるだけでも、崩れてしまう様な危ういバランスだわ。そのバランスを保つために、トカゲ達はとてつもない努力をしている事でしょうね。』
坂本は法律や契約、お金で人々を縛り付けて支配するトカゲを思い浮かべる。
大人しくトカゲの奴隷で居られない人間は、世間的に『悪』であるとして罰を与え、下らない教養と娯楽に価値を与えてそれに依存させ、本当に大切な物を隠してしまった。
全てはこの危ういバランスを保つ為の努力なのだろう。
「例えば、綱渡りをしているとするなら、バランスを崩して落ちた先が、滅亡なのか、恵みの大地なのか、と言うことです。」
「成る程な。宮川のプランを教えてくれ。」
「恵みの神様と繋がるには、祝福された食物を食べ、大地に触れ合い感謝する事だと教えられました。」
「…そうだな」
「世界各地で自然農法を広めて、恵みの大地との繋がりを取り戻します。」
「風船に針を刺していく様なもんか。」
「フフフッ、面白い例えね!」
「実動部隊は何人確保出来ますか?」
「直ぐに動かせるのは50だ。」
「それでは、………」
龍二はテーブルに世界地図を広げて、ピンを刺していく。
「この10箇所で、1箇所1ヘクタールの体験農園を作り、2年目からは3坪単位で区画割した市民農園を始めます。資金は私が負担しますので、基金の管理もお願いします。」
「取り敢えず、土地の確保と人選に明日まで時間をくれ。自然農法のマニュアルは用意出来るか?」
「明日迄に用意しましょう。」
「了解した」
「土地を確保するにあたって、10年以上耕作放棄されている場所である事と、清らかな水が引き込める土地が望ましいですね。」
「日本以外では、水の確保は中々難しいかも知れんな。」
「そうですね。」
『私が力になりましょう。現状で出来るだけ良い条件の場所を用意してください。』
「ソルはね、女神様なのよ?」
「な!…そうなのか?」
坂本は信じられないと言うように龍二を見ると、黙って頷いている。
『元よ?今はそれ程力は無いわ…』
女性をジロジロ見る趣味の無い坂本は、初めてソルを観察してみる。
170cm程の身長に、スラリとしたシルエットのコンバットスーツを着ているが、腰まで届く燃えるような色の髪は赤く輝き、彼女の整った顔付は確かに女神としか表現出来なかった。
何より坂本を惹きつけたのは、突き刺す程の意志の強い眼差しであった。
ソルはそのオレンジ色の瞳で坂本を真っ直ぐに見つめていた。
「…………美しい…」
「「…え?」」 『…は?』
坂本の顔が赤鬼の様に赤く染まっていた。
「良し!俺に任せてくれ!じゃあ早速行って来るぜ!」
突然立ち上がってそう叫ぶと、そのまま出て行ってしまった。
「逃げたわ。」
『………』
「珈琲、冷めちゃったわね。」
「………」
凍り付いてしまったこの家の時間が動き出すまでには、まだ暫く掛かりそうだった。
次回『初めて畑を作りました』
来週の土曜日更新です!お楽しみに!




