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6.安く見られた男

 学校の食堂でうどんをすする。お手頃な値段の素うどんは苦学生の味方だ。俺、別に働いてないけどね。


「どう和也くん。美味しい?」

「うん、……美味しいよ」


 隣の席で微笑んでいるのは紗良さんだ。今食べている素うどんは彼女のおごりである。

 俺の家を当てにしている紗良さんは、昼食をおごることで宿代を払っているつもりなのだろう。それで食堂で一番安い素うどんを注文するとは、俺も舐められたものだ。


「紗良さんは何か食べないの?」


 紗良さんは食堂に来たというのに注文の一つもしなかった。隣で俺の食事風景を眺めながらニコニコしているだけである。

 見つめられているばかりなのは落ち着かない。意識しないようにうどんをすするだけで精一杯だ。


「私はいいのよ。ダイエット中だから」


 どうやら昼食を抜いているのは繊細な理由だったようだ。女子という生き物は、体型維持のために並々ならぬ努力をしていると聞く。ここで男子が下手なことを口にすれば軽蔑される原因になりかねない。


「おごられておいてなんだけど、あんまり頼られても困るんですけど。俺の家を溜まり場にするつもりなら勘弁してほしい」


 言った。言ってやったぞ!

 俺だってお断りの言葉を口にするくらいできるのだ。横目で紗良さんがどんな反応をするのかと観察してみる。


「そんなことを言わないで。私達には和也くんしか頼れる人がいないのよ」


 彼女はうるうると目を潤ませていた。泣き落とし作戦に切り替えたようだ。


「うっ……。そんなことを言われても……」


 作戦だとわかっていても怯んでしまう俺だった。女子の涙は反則でしょ。


「紗良さんとアスカさんなら他に頼れる人はいくらでもいるんでしょ。それこそ俺以外の男子だって……」

「それは嫌」


 バッサリだった。俺が言い切るよりも早く、紗良さんはその選択肢をバッサリ切り捨てた。

 他の男子は選択肢にすら入らない。そんな意志が見て取れた。


「私は、和也くんがいいのよ。和也くんじゃなきゃ……嫌なの」

「そ、それって……?」


 俺だけが他の男子と違って見られている。その事実に、期待感のような感情が高まる。


「だって……ぼっちで陰キャの和也くんなら、私達に不利益になるようなことを絶対にしないでしょう?」

「そりゃあね……え? ぼっちで陰キャ?」


 何かの聞き違いか、とてもショックなことを言われた気がする。

 呆けた俺に、紗良さんはなおも続ける。


「和也くんなら安心安全よ。ぼっちだから私達みたいな可愛い女子を家に泊めたって吹聴しないでしょうし、陰キャだから女子に免疫のない反応をしてくれて楽しいし。私は和也くんをとても信頼しているわ」

「これほど嬉しくない信頼のされ方は初めてだよ!」


 俺は紗良さんにぼっちで陰キャだと思われていたことにショックを受けた。いや、傍から見ればそうなんだろうけど……。あれ、つまり他のクラスメイトも大体同じ認識ってことなのか?


「まあまあ落ち着いて。私ってけっこう可愛いのだけど、考えてみればそんな私に頼られるって役得じゃない?」

「自分から言うと台無しになることがあるって知ってる?」


 見た目だけならもっと大人しくて控えめな女子だと思っていたのに。想像以上に図々しい人だった。あとナルシストも入ってるし。いや、確かに可愛いんだけどね。


「……和也くんってもっと無口な人だと思っていたのだけど。思った以上にしゃべるのね」

「俺は紗良さんがこんなにも図々しい人だとは思わなかったけどね」


 心の中に留めておこうと思っていたのに言ってしまったよ。言われた紗良さんは気にした風でもなく、変わらず微笑んでいた。


「ふふっ。お互い接してみて初めて知ることばかりね。そういうの、楽しいって思わない?」

「俺の家が利用されようとしていなければ、もっと楽しかったかもね」

「それは無理よ」

「そこで否定されると傷つく人がいるって知ってます?」


 結局、俺のことなんかどうでもいいのだ。

 都合良く寝泊まりできる場所がある。その家主が俺ってだけの話。

 紗良さんからしてみれば、俺は扱いやすく見えるのだろう。ぼっちで陰キャの俺なら、簡単に言うことを聞かせられるって思っているんだ。

 状況的にぼっちは認めるけど、俺は陰キャじゃなくてちょっとだけ、ほんのちょっぴり内向的なだけなのに……。うん、そう考えたらムカついてきた。決めつけって良くないって思うんだ。


「理由はどうあれ、可愛い女子に泊めてとお願いされて嫌がるのって、健全な男子としてどうなの?」

「健全な男子は危険だから、安全な俺にお願いしているのでは?」

「それもそうね」


 紗良さんは立ち上がった。俺はまだうどんを食べ切れてはいない。


「まあいいわ。和也くんなら押せばなんとかなりそうだし。きっと、またお世話になるから」

「簡単に落ちる男って思われるのは心外なんだけど。まあ……うどんおごってくれて、ありがとう」

「気にしないで。昨日泊めてくれたお礼だから」


 紗良さんは去っていった。迷いがなく、別に俺を説得できなかったとしてもなんとかなるって本気で思っていそうだ。


「……これ、本当に宿泊代だったんだ」


 だったらもっと高いメニューを注文してくれれば良かったのに。俺、本当に安く見られているんだな……。

 うどんを汁まで飲み干した。食堂のうどんは自分が作って食べるよりも美味しかった。



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