爽やかな冬
ありがとうございます。
「夏か冬、どっちが好き?」
会話のネタが無い時、選択肢を投げかけるような質問をすると話が広がりやすいと聞いたことがある。
だからここで僕が季節という分かりやすく単純且つ、好みのはっきり分かれる二択を提示したのは正解中の正解だったと言えるだろう。
放課後の教室で女の子と二人きりになる。これは男なら誰でも憧れるシチュエーションかもしれないが、特別仲がいいわけでもない、でも隣の席だからか一週間に一回程度他愛もない話をする女の子なら話は違う。
完全無視を決め込むわけにもいかず、かといって話すこともない。
つまり、気まずい。圧倒的に気まずい。夏場の暑さのせいで心なしか時計の針もいつもよりゆっくり動いている気がする。
そんなとき回らない頭でギリギリ絞り出した質問が先程の
「夏か冬、どっちが好き?」
なのだ。精神的に極限状態だったが、我ながら『当たり障りないけど会話はちょっと盛り上がる』レベルのちょうどいい質問が生み出せた。
さあ、どんな回答でもかかってこい。僕が完璧に『ちょっと盛り上げて』やる。
そんな僕の心中を知ってか知らずか、問いかけられた彼女はしばらく「うーん……」と悩んで
「夏の方が好きだけど、現実の夏は嫌い」
という答えを出した。続けて
「こう、なんというか、夏じゃないときに考えてる夏って爽やかでしょ?海に行って『水着、似合ってるぞ』『もうっ、照れるってば!』『でも、この姿は他の奴には見せたくないな…』『えっ(キュン)』って感じの会話したり、お祭りに行って人混みの中で手を繋ぎながら『俺から離れんなよ』『うんっ……!』っていうやり取りをしたり!で、その後川辺で花火がドーン!ってして『好きですっ!』みたいな!でも、現実の夏は……」
はぁ、とこの世の終わりを嘆くかの如く深いため息をつく彼女。
「虫が大量発生するし、汗でベタベタするし、暑いし、勿論彼氏なんて出来ないし、あと夏休みの宿題終わらないし!不快っていう言葉を煮詰めたみたいな季節だよ……」
「いや、それは夏嫌いじゃん」
あと前半のどこに爽やか要素があったのか。ただカップルがイチャイチャしているだけだったように感じたが。
彼女は前半の爽やかさの有無には全く触れることなく
「いや、夏の方が好きー。冬が爽やかだったら完全に冬の勝利なんだけどなー」
と机に怠そうに頬杖をついて言う。
しかし、
「冬が爽やか……?確かに冬に爽やかさを感じたことは一ミリも無いんだけど……」
爽やかな冬とは一体どういう状態なのだろうか。想像もつかない。
冬。それは季節四天王、春夏秋冬の中で最も清涼感ゼロの季節と言っても過言ではないだろう。気温的には清涼感を通り越して凍える。
「そうなんだよね……冬ってなんでこんなにも爽やかじゃないんだろうね?……何がだめなのかなー?雪?雪が降るのがだめなのかな?」
やや困り顔で彼女は首を傾げる。
「雪は……確かに爽やかではないと思うけど。でも、冬から雪を取ったら何も残らないような……」
「そんなことないよ!クリスマスとかお正月とか節分とかバレンタインとか!」
「だってそれも爽やかじゃないし。冬から『爽やかじゃない物』を抜いていったらほんとに何も残らないと思う」
僕の高速否定に彼女は痛い所を突かれた、とあからさまに言葉に詰まる。
「うぅっ、確かに。……じゃあ、逆に考えると……夏ってなんであんなに爽やかなんだろう?」
「清涼感があるから、とか」
「でも暑いじゃん。普通に考えて、清涼感とは真逆の位置にあるじゃん」
「うぅっ、確かに」
反撃を喰らって、恐らく僕の顔はさっきの彼女のような顔になっていると思う。
でも『清涼感の有無説』を否定した彼女もそれらしい理由が思い浮かばないようで、腕を組んで『うーん』と唸っている。
しかし突然腕組みを解いて、『ピピーン!ひらめいたっ』とでも言いたげに目を輝かせて
「記憶写りだっ!夏は記憶写りがいいから爽やかなんだよ!」
「記憶写り?」
聞き慣れない言葉だ。彼女オリジナルの言葉だろうか。
「うん、そう。記憶写り。さっきも言ったけど現実の夏っていいとこなしじゃん?強いて言うなら夏休みがあって、スイカが食べれて、プールとか海で遊べて、アイスがおいしくて、夏野菜も美味しいだけじゃん?」
「いいとこなしっていう割にはいいところ多い上に8割方食べ物の話だけど、そうかもね」
あとスイカは美味しくない。
「でも、暑いし、汗でベタベタするし、カップル増えるし、虫も増えるし、セミがうるさいし、死んでると思ったセミが急に動くし、爆音で飛び去って行くし、セミの抜け殻が壁に引っ付いてるの見て無駄にビビっちゃうし。夏って嫌なことの方が多いのに、というか爽やかとは真逆の位置にありそうなのに爽やかでキラキラして見えるじゃん」
そしてセミに対する当たりが強い。
「それが記憶写りとかいうやつと何の関係が?」
「いや、だからさ、夏過ごしてる時は『夏!早く終わんねえかなあ……冬来い冬来い!』って思うのに後から思い返すと爽やかさどころか懐かしさすら感じちゃうじゃん。別に冬に懐かしさ感じないでしょ?でも冬の方が絶対楽しかったじゃん。でもそれはつまり……うーん……伝われー!」
ゴリ押した感は否めないが、何となくは伝わった。つまり
「夏は思い出補正が強いってこと?」
「あー、そういうこと!夏を過ごしてる間は夏なんて大っ嫌いなのに過ぎると寂しいってことなんだよ!」
確かにそうだ。夏にラムネを飲んだ記憶も海ではしゃいだ記憶も友達と虫取りに行った記憶もないのに、『夏』を思い出すとどうしてか爽やかで懐かしい気分になる。通り過ぎた夏を再び求めてしまう。何も思い出なんてないはずの、ただ暑いだけの夏が早くやってきてほしいと思ってしまう。
「なんで夏がやってきてほしいと思うんだろう」
思わず僕はそう呟いていた。彼女も不思議と夏を憂いているような悩ましい表情になる。
しばしの沈黙の後、彼女はまた『ピピーン!分かったぜっ!』という顔に切り替わった。イメージとしては頭に電球が浮かんでいるような。
「暑いだけの夏が爽やかなのも、懐かしいのも、……多分夏が暑いからだよ!」
……こいつは何を言っているのだろうか。前半と後半に全く繋がりを見出せないんだが。
「えっと、つまり……どういうこと……?」
僕の問いに彼女は自信満々に腕を組む。
「ふふーん、つまりだね!夏って季節界隈の中でも特別暑いじゃん?ホットじゃん?なんか、あの暑さって頭がぽわーんってなって色んな事忘れちゃいそうじゃん?何のやる気も起きなくて、怠くて、全部めんどくさくなっちゃうし。もしくは、ハイになって騒ぎまくっちゃう場合もあるかも。例えば、夏フェスなんて夏のテンションぶち上げ大会代表選手だよねっ」
何だ?その夏のテンションぶち上げ大会ってのは。
それ以外にも色々とツッコミたい部分があるが、ここは大人しく続きを聞いてみる。
「夏っていうのはつまるところ麻薬みたいなものなんじゃない?夏が終わり始めて、異常なほどの厚さも冷めてきて、『あー長い夏がやっと終わったな』って思うんだけど、しばらくたつと何か足りなーい!ってなるっていう。だから思い出補正もガチガチにかかっちゃうし、ちょっと昔の夏が遠い日の出来事に思えちゃうんじゃないかな」
「なるほど、一理あるね」
「でしょ?」
確かに彼女の考えた理由であれば、冬に爽やかさが無いのも納得できる。暑さのない冬には麻薬的効果がなくて、そこから生まれる『爽やかさ』もない。だから『爽やかな冬』が存在しないのか。
ちょっと暇つぶしに問いかけたどうでもいい話題でこんなにも納得できる答えを出されると、少し悔しい。その答えを出したのが彼女だということも相まって尚更悔しい。
ただ、
「結構楽しかった。ただの暇つぶしみたいな話に付き合ってくれてありがとう」
「いえいえ、こちらこそ楽しかったよ。私も丁度暇だったし!」
たまにはこんな会話も悪くないのかもしれない。
僕がそんな風に考えていると、突然彼女がハッとする。
「そういえば、電車の時間やばいんだった!ごめんっ!もう行くね!」
教科書やら文房具やら、色んなものをあっという間にリュックに詰め込み、彼女は
「じゃーね、バイバイっ!」
と手を振りながら、嵐のような速度で教室を出て行った。
一人、冷房のない教室に取り残された僕はただ一人思う。
「電車、乗り遅れた」
時計を確認すると、次の便はどうやら今から三十分後らしい。
何が『たまにはこんな会話も悪くないのかもしれない』だ!つい数分前の僕をぶん殴りたい。
それにしても暑い。暑い。暑すぎる。夏はどうしてこんなに暑いんだろうか。
「夏なんて大っ嫌いだ。早く終われっ!」
僕は一人呟いた。
ありがとうございました。