第八十八回 柴進への手紙と花冠
王倫は夢を見た。辺り一面は火の海で誰かがその中を必死に逃げ惑っている。
(あれは……柴進殿!)
柴進は突如現れた馬に乗った人影に胸を槍で刺し貫かれた。
(ああ! なんてことを!)
地に伏し動かなくなる柴進。その光景に息苦しくなり目を覚ます。
「ここは……私の部屋か?」
全身に汗が吹き出ている。王倫は息をゆっくりと整えながら冷静さを取り戻していく。
「……柴進殿の身に危険がせまっている」
彼はもう一度夢の内容を思い出そうとした。
正午。それとなく柴進に注意を促す手紙をしたためた王倫はそれを懐に忍ばせて部屋を出た。少し歩くと水溜場付近で談笑している集団をみかける。
梁山泊の姫君と三人の媽媽(お母さん)、それにその内の一人、阮氏の娘の桂だ。
「やぁ。皆で何を盛り上がっておるのかな?」
「これは王倫様!」
気付いた阮氏が頭を下げ、その娘もそれに倣う。
「桂ちゃん。いつも桃香と瓢姫の相手をありがとう」
「い、いいえ。大事な友達なので……」
「まぁまぁ。王倫様の前だから恥ずかしがってこの子は!」
王倫は礼を言った。そもそも二人が桂に初めて会った時は赤子だったのだ。それが一年と少しで同い年位にまで成長してしまった。二人は今でも桂を姉と呼んでいるが、彼女の変わらぬ対応はきっと安心感を与えている事だろう。
「おや?」
王倫は皆の共通点に気付いた。頭に花の冠をのせているのである。
「はい。爸爸(お父さん)にもあげるー」
桃香がそう言って同じ物を差し出してきたので王倫は膝をつき屈んで頭にのせてもらった。
「感謝します。この王倫、有り難き幸せ」
「えへへ。崔媽媽、宝燕お姉ちゃん、桂お姉ちゃん達とお花畑で作ったの」
「そうかそうか。会ったら礼を言っておこう」
崔とは花栄の妻、宝燕は花栄の妹だ(花宝燕)。言い方からすると彼女達が付いていてくれたのだろう。
「……爸爸、私も見せる」
やはり花冠をのせた瓢姫が近付いてきて王倫の周囲をぐるりとまわる。
「どうした瓢姫?」
「……これ」
「うん? 手紙か? 私に?」
王倫がそれを受け取ると瓢姫が言う。
「違う。爸爸にじゃない。爸爸の」
「……私の? あ!」
見るとそれは先程自分でしたためた柴進宛ての手紙ではないか。
「あれ? いつの間にか落としていたか。瓢姫よありがとう」
王倫は手紙を懐に入れる。
「爸爸。これ」
「うん? ……!?」
瓢姫はまたもや手紙を持っていた。王倫はまさかと思い驚いて懐に手を入れる。
「な、ない。手紙が消えている」
「瓢姫すごい! どうやったの?」
桃香も皆も驚いた。それほど奇術の様に見えたのだ。
「……白勝先生に教えてもらった」
白勝は奇術を使えるのか? そんな訳はない。……その場に束の間の静寂が訪れる。やがて最初に口を開いたのは白勝の妻白氏だった。
「……あ、あんのろくでなし! 瓢姫様になんて事教えてくれてんのかしら!」
そう。これは奇術でもなんでもない。『スリの技術』だと思い当たったからだろう。
「王倫様! 本当に申し訳ありません! 後であの馬鹿にもきつく言っておきますから……」
平身低頭になる白勝の妻。瓢姫も思っていた反応と違ったのか焦りの表情を浮かべていた。
「……ち、違う。白勝先生は……」
だがその続きを王倫は言わせない。
「二人とも待ちなさい」
王倫は瓢姫に向いて優しく語りかける。
「瓢姫よ。それは素直に凄い技だと思うぞ? お前もそう思ったからこそ彼に教えて欲しいと頼んだのだろう?」
瓢姫は無言でこくりと頷く。
「白氏よ。白勝も瓢姫がそれを悪い事に使うとは微塵も考えてはおらぬだろう。第一その場面を考えてもみよ」
白勝がそれを瓢姫に教えている光景。二人が楽しそうな表情をしているのが皆の脳裏に浮かぶ。
「白勝も瓢姫の為に何かしたかったのだ。そこで自分の持つ技術を教えた」
「……悪い事には使うなって言ってる」
その瓢姫の言葉を聞いた白氏は
「は、はは。全く。あの人もどの口がそんな事言ってんだか」
と笑い飛ばす。だがその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「だから白勝にも会ったら礼を言っておこう」
王倫がそう言うと瓢姫が抱きつく。
「……ありがとう。爸爸」
瓢姫の頭をそっと撫でて彼はその場に別れを告げた。そう、これで柴進の危機が去った訳ではないのだ。
余談だがこの王倫の対応に白氏は感激し、この話は伝え聞いた裴宣をも唸らせる事となる。




