水滸幸伝～王倫・梁山泊にて予知夢を見る～

第八回 二人の正体

王倫（おうりん）は眠れなかった。殺される夢が予知夢（よちむ）であり実現する可能性があると指摘（してき）されれば無理もない。話を聞いて即（そく）改善（かいぜん）できそうな所は副頭目の三人に指示をだしたが効果があるのかどうかも正直（しょうじき）微妙（びみょう）な所で、時すでに遅しではないだろうかという不安が彼の睡眠を妨（さまた）げていた。

……結局王倫は眠らないまま空が白み始めた頃部屋をこっそりと抜け出し、桃と瓢箪（ひょうたん）のあるいつもの場所で約束した二人を待つ事にしたのである。

「私の命運（めいうん）はやはり尽（つ）きるのであろうか。一体どうあがけばいいのだ……」

部下には山賊行為を控（ひか）えるように指示を出し、酒場で旅人に痺（しび）れ薬（ぐすり）を盛（も）り、金品を奪う事も一旦（いったん）やめるように副頭目に伝えた。梁山泊（りょうざんぱく）の悪評が広まるにつれて当然近くを通る旅人は減り、山賊としての実入（みい）りが減っていた事に加え、近隣の村などからの略奪（りゃくだつ）も控（ひか）えさせたせいで収入に関しては全く期待できない。

王倫自身に命の危険が迫（せま）っているからなどと説明出来る訳もなく、詳しい話は後日（ごじつ）と言って現在に至（いた）っているので皆を納得させる理由も用意しなければいけなかった。

「……逆に考えれば死んだ方が楽になれるのか？」

本心から出た言葉ではなかったが、両方の木がまるでとめるかの様にざわめきだしたので(当然王倫の妄想（もうそう）。真実は不明)、

「すまぬすまぬ。そんな気は毛頭（もうとう）ないから許してくれ」

と軽く謝りながら上を見上げていく。

「！？」

偶然（ぐうぜん）王倫は上空からゆっくりこちらに近付いてくる淡（あわ）く光る何かを確認した。得体（えたい）のしれない何かに怯（おび）えた彼は桃の木の幹（みき）の裏側へ身を隠す。

(あれは先生方ではないか！)

目の前に淡く輝きながら降り立ったのは王倫の知る老氏（ろうし）と若氏（じゃくし）であった。降り立った二人からは輝きが薄れ、周囲の方が明るく感じるようになっていく。

「せ、先生方、今のが仙術（せんじゅつ）とか道術（どうじゅつ）と言ったものでしょうか……？」

呼びかけながら身を出し近付（ちかづ）く王倫。だが二人は特に驚きもせずに

「もう来ていたか、手間（てま）が省（はぶ）けた。王倫よ我等は仙人ではない」

老氏が言い、

「無論、妖怪（ようかい）の類（たぐい）でもありません」

若氏が告（つ）げた。王倫はいつもと違う二人の雰囲気（ふんいき）にただならぬ気配を感じとり身を萎縮（いしゅく）させた。

「今日は別れの挨拶（あいさつ）に来たのだ。さぁ、そちらへ座るがよい」

「別れですと！？」

老氏がさっと袖（そで）を振るといつもと同じ光景の様に碁盤（ごばん）と座席（ざせき）が現れる。王倫が促（うなが）され座ると

「王倫よ、信じるか信じないかは任（まか）せるが我等はこの地では生と死を司（つかさど）っている者なのだ」

と告げた。

「司る……ま、まさか北斗星君様（ほくとせいくんさま）と南斗星君様（なんとせいくんさま）でいらっしゃいますか！？ は、ははーっ！」

王倫は驚き、飛（と）び退（の）いてひれ伏（ふ）した。

※北斗星君（ほくとせいくん）は、中国において、北斗七星が道教思想（どうきょうしそう）によって神格化（しんかくか）されたもの。「死」を司っており、死んだ人間の生前（せいぜん）の行いを調べて地獄（じごく）での行き先を決定するという、日本でいう所の閻魔（えんま）のような役目を持つ。南斗星君(なんとせいくん)と対（つい）を成（な）す存在。厳格（げんかく）な性格をしているという。

また、北斗星君は人の寿命を記（しる）した書物(巻物)を持っているとされ、そこに記された数字を増やしてもらえれば寿命が延（の）びるとされている。

※南斗星君は「生」を司る。温和（おんわ）な性格をしているという。生と死を司る二人が許可（きょか）すれば、人の寿命を延ばせるとも云（い）われている。