第六回 変化の兆し
老氏から英雄について問われた王倫。話は英雄達の性格が王倫より酷かったのではないかという話になり困惑する。
「せ、先生方は一体何が仰りたいのか……」
「ふふふ……では碁で相手に勝つにはどのような資質が必要と考えますか?」
振ってきたのは若氏だ。
「それはもちろん何手も先を読める聡明さでしょう。それと確実に手を進める堅実さも必要でしょうか」
王倫にしてみれば老氏と若氏の二人はそこが優れているから対局しても未だに勝てないのだと思っている。しかし、
「ちなみに王倫殿が儂らに勝てんのは素直すぎるからじゃぞ」
「……は? え? 素直? 私が?」
そんな事を言われたのは初めてだと戸惑う王倫。だが老氏は笑いながら言う。
「素直も素直よ。たまに面白い手を打ってもくる所もまた良し」
「は、はぁ……」
どうも調子が狂わされると王倫が怪訝な顔をすると若氏が言った。
「要は我らの方が王倫殿より陰険だから勝っていると言っているのですよ」
「え、えええ!?」
「私見ではあるが、陰険ならば相手の嫌がる事には良く気付くであろう?」
「あー……まぁ治したい部分であるとは思っているのですが……」
王倫も心当たりがあるのか汗を拭きながら答える。
「いやいやあくまで碁の話でな? 相手が嫌がる所に打つのが儂らの碁。自分の打ちたい所に打とうとするのが王倫殿の碁。その違いじゃな。素直に行くから読まれ易い」
「!?」
「王倫殿、碁を通じその者の裏を探れる様になりなされ。表面通りに受け取っては怪我をする事もありますでの」
「!!」
王倫もこの二人が遠回しに自分に何かを伝えようとしている事に気がついた。
(いや、何かに気がつかせたいのだな)
顎に手をあて押し黙る。
「……王倫殿、王倫殿の腰の刀は人を斬るより桃を切る方が似合っておると儂らは思いますぞ」
これが他の人間に言われたのなら小馬鹿にされた様にも聞こえるが、文字通りに受け取らないのだとすれば。
「この王倫。先生方のご忠告、胸に刻んでおきます」
王倫は二人に感謝の意を示し、その日自分の部屋で考えこんだ。
~翌日~
王倫は届いた酒を瓢箪に注ぎいつもの場所へと向かった。二人はいたが、各々桃の木と瓢箪の木に向かい立っているようだ。
「先生方、お約束のものお持ちしましたぞ」
二人は振り向く。
「おお、楽しみにしておりました。……おや王倫殿、今日は腰に刀を差していないのですな」
「ええ。昨日あれから色々考えまして武器を持つのをやめました」
「ほう。なぜかお聞きしても?」
「ここは梁山泊で私はその主です。味方しかいない場所で武装するのは何に備えているのでしょう? それこそ猜疑心と小心さの証明でないのか、と」
「ふむ」
「仲間に任せ私はどんと構えているように見せた方が色々良い形に向かうような気になりまして」
「なるほど。良いお考えだと思います」
若氏は賛同の意を示す。
「ほう、気構えの問題でしたか?」
「いや、何事に対しても私が不貞腐れていただけのような気がしたというだけの話なのですが。まだまだ先生方の真意に気付けず未熟さを痛感いたしておる次第で」
「……そうでもありませんぞ。梁山泊を覆う気が良いものへと変わりつつあるのは事実ですからな」
「ははは、また気の話ですか。私はそういうのは分からな……」
彼はまだ二人を道士のような存在と考えている。そこでふと、
(先生方ならば連日見る悪夢の事を話せば何かわかるのではないだろうか)
こう思い至り、
「実は聞いてもらいたい話があるのですが」
自分が夢の中で何度も殺されている事を打ち明けた。