第三回 挑む王倫
王倫は二人の対局を邪魔にならないように見ていたが、いつしかその表情は真剣そのものになっていった。
(いや、いやいやいや。正直この二人の腕前はかなりのものだ。私ごときでは到底かなわぬかもしれぬ)
心の中で舌を巻く。これは相当数の対局をこなしているはずだ、と。
(だがたまに妙に古い手を打つ時があるが……)
王倫は夢中になって二人の対局に見入る。
(! 今のは絶妙な一手! これはどちらが勝つかわからぬぞ!?)
会話もなく、風と木々がざわめく音だけの中で石を盤上に打ち合う音が響く。だがその対局もやがて太陽が西へと傾いていく頃終わりをむかえた。
「引き分け……ですね」
「どうやらそのようじゃな」
老人と若者は顔を見合わせ笑い合う。そこへ
「いやぁご両人とも大変な腕前! この王倫勉強させていただきました」
と、感激した王倫の挨拶で初めて老人と若者は彼の存在に気がついたのだった。
「私はこの梁山泊の主、王倫。お二方は一体……?」
問われた二人は少し逡巡したが先に若者の方が口を開いた。
「私は『若』、こちらは『老』と申しまして……そう、旅の者です」
続いて老と紹介された人物が口を開く。
「旅の途中この地で良い気を感じてのぅ。それに引かれてここまで来たという訳じゃ」
「良い気……ですか?」
「そうじゃ」
老は後ろを振り向いて、
「この瓢箪と桃の木から出ておった。とても良い気を放っておる」
王倫は『気』などと言われて一瞬怪訝な顔をしたものの、自分の育てた木が褒められるのを悪く思うはずもなく上機嫌になり顔を綻ばせる。
「ふむ? 老氏と若氏は道士のような方々ですかな? 気とかは分かりませんが、実はその木は両方とも私が面倒をみておりまして」
「ほう、お主が?」
「左様左様。……そうだ。碁の話なども含めて」
王倫は二人を山寨に招待する気になったがそれと同時に背後から自分を探している宋万の声が聞こえてきた。
「おう宋万、こっちだ」
宋万の方に向かって叫んだ王倫は再び老氏・若氏に向き直る。
「宴の席を設けますのでどうかあれれ?」
その時すでに二人の姿はまるで今までの事が幻であったかのように消えていた。
~翌日~
またも刺される夢を見た王倫。だがいつもより気落ちする事もなく、昨日の心踊った光景も夢だったのだろうかと早速確認をしに同じ場所へ赴くと、やはりそこには老氏と若氏が碁盤を挟んで座っていた。
「お二人とも昨日はひどいではないですか。山寨に招待しようと思えば既に姿を消されているなど。本当に道士か仙人かと思いましたぞ」
それに対して若氏が柔らかい物腰でこたえる。
「それは申し訳ない事をいたしました。されどそのような気遣いは無用でございます」
老氏も続く。
「儂らはこの場所で碁が打てればそれで良いのじゃ」
「それはなんと……欲のない……」
王倫は道士の修行や生活が俗世と関係を絶っていると何かで読んだ事があり、その為なのだろうかと考えた。もちろん彼等は自分達がそのような存在だとは一言も言っていない。
「ではせめて私と一局お相手願う事も無理でございますかな?」
老氏と若氏は顔を見合わせたが、
「……たまには『人』と打つのも面白いかもしれませんね」
と若氏が言ってくれた。王倫はその言葉でやはりこの二人はいつも一緒に打っているのだなと思い込み、
「そうでしょう! やはり碁は『他人』と打ってこそ楽しみが増すというものですよ」
そうこたえた。
……こうして山寨の主王倫に日々の楽しみがひとつだけ増える事になる。