09
「私のパトロン…ですか」
「ええ、まもなくいらっしゃいます」
(とうとう…って、まもなく?!そんな急に?!)
突然のオーナーの言葉にイザベラは息を呑んだ。
「今夜の衣装をお預かりしています。支度をして待っていて下さい」
(…そうだ…私、娼婦だったんだ)
常に意識していたつもりだったけれど。
接待やお酌の仕事ばかりで、実感が湧いていなかったのだ。
(誰だろう…やだ、緊張してきた)
パトロンを選ぶ権利は娼婦にはない。
オーキッドハウスのパトロンとして相応しいか、オーナーが判断して決めるのだ。
(お客さんとして来た事あるのかしら…)
これまで接客した事のある顔を思い出していったが、全く想像もつかなかった。
ハウスの利益や評判も考慮して決めるのだから、変な人ではないのだろうけれど…。
「ベラちゃん、聞いたわよパトロンが決まったんですって?」
「おめでとう!」
先輩達が部屋へやってきた。
「最初はうんと着飾るのよ」
「先輩が手伝うしきたりなの」
「まあ、素敵なドレス…!」
一人がオーナーが置いて行った箱を開いて感嘆の声を上げた。
最初の夜に着る衣装はパトロンが贈るのが習わしなのだという。
「見てこの豪華な刺繍」
「宝石がついているわ」
「さすがベラちゃんのパトロン、これだけの物を用意できるなんてきっと貴族なのね」
それは淡い黄色のドレスだった。
幾重にもシフォンを重ねてボリュームを出したスカートの裾にはダイヤモンドであろう、キラキラとした石が散りばめられている。
胸元には金糸で刺繍が施されて華やかだ。
(これは…舞踏会に出るドレスだわ…)
娼婦が着るものではない。
王宮の晩餐会に出ても問題ないような高級品だ。
「アクセサリーも凄いわよ!」
そう言われて渡されたのは、サファイアのネックレスとお揃いのイヤリングだ。
大粒の濃い石の周囲にはダイヤモンドを配置している。
これほど大きな石は見た事がなく、王家の宝物庫にあってもおかしくないほどだ。
(え…待って…こんなものを用意できる人って…?)
侯爵令嬢であるイザベラの母親でも、これだけの物はもっていない。
「ベラちゃんのパトロンって誰なのかしら」
「いつもなら事前に分かるんだけど、今回は全く聞かないのよね…」
先輩達が不思議そうに首を傾げている。
(ええ…怖いんですけれど?!)
緊張よりも恐怖心が勝ってきた時、イザベラを呼ぶ声が聞こえた。
イザベラが連れて行かれたのは、いつも接待で使用するのとは別の棟———『娼館』として使用している建物だった。
イザベラがここに入るのは、初めて来た日に案内されて以来だ。
(ついに私も…)
そうだ、自分は国一番の娼婦になると決意したんだ。
覚悟を決めるとイザベラは開かれた扉の内へと入っていった。
「やあイザベラ」
ソファに腰掛けていた男性が立ち上がり、近づいてきた。
「…え…殿下…?」
「待っていたよ、私の花」
初めて見る蕩けそうな笑顔をイザベラに向けてそう言うと、メイナードはイザベラの手を取り甲に口づけを落とした。