08
「ああイザベラ。遅くに悪いね」
どこか疲れた顔のメイナードが待っていた。
「いいえ。あの至急確認したい事とは何でしょう」
「明日ここに来る予定の使節団の一人が、視察先で発疹を出してしまってね…どうも夕食時に食べたものに原因があるらしい」
「まあ…」
「おそらく食後のデザートに問題があったのだろうと」
メイナードは一枚の紙を差し出した。
そこにはメニューが書かれている。
デザートは果物の盛り合わせだ。
「タドリーニ国は果物を食べる習慣がないのは知っているよね」
「はい、それで明日も果物入りのお酒を用意しようと…」
そこまで言ってイザベラは気付いた。
「———メニューを変えないといけませんね」
おそらく果物アレルギーの可能性が高い。
初めて口にしたのだから、本人も知らなかったのだろう。
(そうか…そういう事も考えなきゃいけなかったんだ)
現在、タドリーニ国の視察団が滞在しており、明日はオーキッドハウスで接待の予定となっている。
外国人相手の接待の場合、相手国の風習などは事前に調べていたのだけれど。
そこまで思い至らなかった事をイザベラは反省した。
「あの…その発疹を起こされた方はどうなさいましたか」
「症状自体は軽くて、医務室で治療を受けたらじきに治った。明日もここへ来る予定だ」
「そうですか」
イザベラは改めてメニュー表を見た。
果物は計五種類。
明日の為に用意していたものとほぼ同じだ。
この内のどれにアレルギー反応があったかまでは分からないだろう。
「ちなみにワインは大丈夫でしたか?」
「ああ…そうだな、食事中は問題なかったようだ」
「では明日のお酒はワインを中心に。ブドウを漬けた蒸留酒は残しておきましょう。念のため発疹を起こされた方にはお出ししないようにして…おつまみも変えないと」
素早くメニューを再構築していくイザベラを、メイナードは目を細めて見つめていた。
「それでは私は厨房に伝えてきます。ご連絡頂きありがとうございました」
「ああ。頼んだよ」
「はい、失礼いたします」
頭を下げてイザベラは部屋から出て行った。
「殿下、これを」
イザベラが出て行くと、ハロルドは一枚の紙をメイナードに手渡した。
「———今日も宰相が来ていたのか。よくそんな暇があるな」
渡された紙を眺めてメイナードは呟いた。
そこにはこの一ヶ月程度の間、イザベラの客としてやってきた者達の日付と名前が書かれていた。
「いい息抜きになっているようですよ、なにせイザベラ嬢は政治にも明るいですからね」
「…それで、パトロンの話は?」
「はい、四件ございました」
ハロルドは答えた。
「もちろんお断りさせて頂きましたが…今後も増えるでしょうし、パトロンが決まらない限り諦めにならない方も多くいらっしゃるかと」
「……そうか」
「それから、最初はイザベラ様の名前と容姿目当てでいらっしゃる方が多かったのですが…最近は彼女の聡明さに関心をお持ちの方も多いです」
じっとメイナードを見つめながらハロルドは言った。
「———そうだろうな」
メイナードはため息をついた。
「根回しは未だ終わっていないが…待っている余裕もないか」
「さようでございますね。こういった事は早く動いた方がよろしいかと」
「分かった。タドリーニの使者が帰国したら場を設けて欲しい」
そう告げてメイナードは立ち上がった。