06
『ほう、これは…』
『美味いものだな…!』
グラスに注がれた酒を口に含んで、男達は口々に感嘆の声をあげた。
『これは蒸留酒の中に果物とスパイスを漬け込んだものです』
そう答えてイザベラは瓶を掲げてみせた。
『それぞれの風味が引き立って美味しく仕上がりましたわ』
『実に香りがいい』
『鼻に抜けるスパイスがたまらないな』
『蒸留酒というのはキツくて飲みにくいと思っていたが…こうやって飲むと美味いのだな』
『蒸留酒は日持ちも良いので旅のお供にもおすすめですの。お土産用に小分けしたものをご用意いたしましたから帰国の道中もお楽しみ下さいませ』
『それはありがたい』
『これは我が国でも広めてみたいものだ』
『この蒸留酒というのは高価なものなのか?』
『価格につきましてはこちらの商会の方に…』
イザベラの言葉に、早速シヴォリとレディントンの商人がなにやら話を始める。
(上手くいけば輸入だけでなく輸出もできそうね…)
男達の様子を眺めながら、イザベラは思惑が上手くいった事に安堵した。
イザベラがオーキッドハウスに来て二週間近く。
今夜はシヴォリ王国の賓客を接待する日だ。
この二週間、接待担当の女性達にシヴォリ語やイザベラが知るシヴォリの事を教えながら、何か今夜の話題のネタとなるものがないか考えていた。
二国の友好の証に、互いの特産品を使ったものを。
そう考え、思いついたのがこの浸漬酒だ。
蒸留酒はワインなどの醸造酒に比べて製造工程も多く、技術も必要なためこの世界ではあまり普及していない。
このレディントン王国では比較的出回ってはいるが、他国と比べると珍しいらしいのだ。
前世のイザベラはお酒が好きだった。
焼酎やウォッカに果物やスパイスなどを漬け込むのにハマっていた時期もあり、それを思い出したのだ。
最初は話のネタになればいいくらいに思ったのだが、今夜の接待に協力してくれる商会の者にこの浸漬酒を提案した所、これは商機になる…!と食いついてきた。
シヴォリ側に蒸留酒を売り込むいい宣伝になると。
幾つもの食材の中から特に美味しい組み合わせを早く見つける事ができたのも、その商会のおかげだ。
(初仕事が上手くいって良かった…)
盛り上がる場を中座して、イザベラは中庭へ出ると冷たい夜風をゆっくり吸い込んだ。
二週間という短期間でどれだけ準備できるか不安だったが、オーキッドハウスの女性達は優秀で接客に最低限必要なシヴォリ語を覚える事ができた。
そしてイザベラは彼女達に接客術を学び、皆で協力して今日の日を迎えたのだ。
(娼婦の仕事とは違うけれど…これはこれで楽しいかも)
「イザベラ嬢」
満足感に浸っていると背後から声をかけられ、イザベラは振り返った。
「メイナード殿下…」
「今夜はありがとう。君のおかげで大成功だ」
「…いえ、皆で協力しあったからです。お役に立てて良かったですわ」
イザベラは歩み寄ってきた、金髪碧眼の男性を見上げ微笑んだ。
メイナード・レディントンは国王の歳の離れた弟で、まだ二十六歳の若さながら外交の仕事を任されている。
今回のシヴォリ王国との貿易も、彼が中心となって動いているのだ。
「それにしても…まさか君がここにいたとは」
表情を曇らせると、メイナードはイザベラに向かって頭を下げた。
「あの愚かな甥が、本当に申し訳ない」
「頭をお上げ下さい…!」
王弟に頭を下げられイザベラは焦った。
「殿下が謝る事ではございません」
「だが君をこんな所に入れさせるなど…これは王家の責任だ」
メイナードはため息をついた。
「国王夫妻も怒っているが…そもそも彼らが息子に甘いのが悪い。せめて私が気付いてやれれば良かったのだが」
「いえ本当に…殿下は全く悪くありませんから」
いつも外交の仕事であちこちを飛び回っているメイナードは王宮にいる方が少ない。
内情を知るひまもないのだろう。
「だが…」
「それに正直、あの王子から解放された事の方が嬉しいんです」
笑顔でイザベラは言った。
「———君がクリストファーとの婚約を望んでいないという噂は本当だったのだな」
イザベラにつられるようにメイナードも笑みを見せた。
「それに…賓客を相手にしている姿は板についていた。君は接客に向いているのかな」
「そうですね、今回の仕事は楽しかったです」
働くのは嫌いではない。
接客の仕事は前世でもした事がなかったが、お偉いさんへのプレゼンと思えば前世の知識や経験が活かせる。
「そうか。では今度は客として君に接待をしてもらおうかな」
「はい、ぜひお越しください」
「それじゃあ近いうちに」
(メイナード殿下は仕事ができる男って感じでカッコイイなあ。ホント、どこかの王子とは大違いだわ)
そう思いながら、イザベラは手を振り接待の場へと戻るメイナードの背中を見送った。