05
イザベラを乗せた馬車が着いたのは、王都一の繁華街の一角にある瀟洒な建物だった。
「ここは娼館組合です」
建物の裏口へ馬車を停め、降りようとしたイザベラに手を差し伸べながらニールは言った。
「…娼館に入る女性はまずここに来るそうです」
「そうなの…立派な建物ね」
王都にある娼館は、全てここで管理されていると聞いていた。
性産業が儲かるのはこの国でも同じなのだろう、イザベラが知る商業用の建物の中でも特に立派なものに見えた。
「ようこそ、お待ちしておりました」
立派な身なりの中年の男性が出迎えた。
「組合長を務めます、シリル・トルーマンと申します」
「組合長様自らありがとうございます」
「いえ、まさかイザベラ様のような方にお越し頂けるとは思いませんでしたから」
笑顔でそう答えると、シリルはニールを見た。
「お見送りはこちらまでで結構です」
「しかし…」
「オルブライト侯爵に、〝お嬢様は蘭の花になる〟と伝えていただけますか」
「蘭の花?」
「そう伝えていただければ分かりますから」
どこか威圧のある笑顔でシリルは言った。
「……それではイザベラ様…」
「ありがとうございました、ニール様」
名残惜しげにニールは去って行った。
「では参りましょうか」
シリルはイザベラを振り返った。
「はい…あの、蘭の花とはどういう意味でしょう」
「それについては移動しながら説明いたしましょう。イザベラ様はこの王都の娼館が三種類に分かれているのをご存知ですか?」
「はい…聞いた事はあります。上級・中級・下級ですよね」
下級娼館は手頃な値段で、お金さえ出せば誰でも女性が買える所だ。
中級娼館は値段が高いがその分女性や接客の質も良い、平民にとって憧れの場所。
そして上級娼館は貴族や一部の裕福な平民のみを相手にする場所だ。
「上級娼館の中でも特に格の高い、三軒の娼館には花の名前がつけられています」
長い廊下を歩きながらトルーマンは言った。
「オーキッド、ローズ、リリー。イザベラ様にはその中の一つ、オーキッドハウスに入って頂きたいのです」
「…もう行く場所が決まっていたのですか」
昨夜、父親が手紙を出すと言っていたからだろうか。
「こちらです」
案内された部屋には一人の男性が待っていた。
「彼はハロルド・ターナー。オーキッドハウスの館主です」
「初めまして。ハロルドとお呼び下さい」
穏やかな紳士といった雰囲気のハロルドは、そう言って手を差し出した。
「いきなりで失礼ですがイザベラ様。シヴォリ語は話せますか?」
「え?ええ…」
唐突な質問に、戸惑いながらイザベラは頷いた。
「どれくらいですか?」
「…一応外交をこなせる程度には…」
「おお、素晴らしい!」
「助かった…!」
突然喜びの声を上げた男性二人に、イザベラは目を丸くした。
「あの…?」
「我々、困っていたのです」
戸惑うイザベラにシリルは期待の眼差しを向けた。
「オーキッドハウスは接待が一番重要な仕事。他国の賓客をもてなす事もあるのですが、シヴォリ語を話せる女性がいなくて…」
「———そういえば…今度シヴォリ王国からの使者が来ると聞きましたわ」
そう言ってイザベラは首を捻った。
「つまり…シヴォリからのお客様をもてなすのが私の仕事と?」
「ええ。さすがイザベラ様、話が早いです」
「他の国の言葉ならまだ話せる者もいるのですが…」
「シヴォリ王国は最近交流が始まったばかりですものね」
南方にあるシヴォリ王国は、これまで距離があった事もあり直接的な交流はほとんどなかった。
だがここ数年、彼の国で採れるスパイスの需要が国内で高まり、これまで高い手数料を払って別の国経由で手に入れていたのを直接取引しようという事になったのだ。
その為国を挙げて外交に取り組んでおり、今回の来国も相当気を遣っていると聞いていた。
そして今後重要な貿易国となるという事で、イザベラもシヴォリ語を学んでいたのだ。
そんな話をイザベラがすると、男性二人は大きく頷いた。
「さすがイザベラ様…外交事情にも詳しいとは」
「その賓客をもてなす場の一つとして当ハウスも選ばれたのですが…。流石にシヴォリ王国の客というのは初めてでして」
接待するには相手の事を知らなければならない。
だが、シヴォリ王国の事を知る者は娼館関係者ではまずいない。
接待は国からの依頼なので王宮に協力を求めたのだが、王宮でも準備に忙しく人を回せないという。
せめて少しでもシヴォリ語を教えて欲しいと言ったのだが、王宮でも話せる者はまだ少ないからと断られてしまったのだ。
困っていた所にイザベラが娼館に来るという情報がもたらされた。
第一王子の婚約者ならばシヴォリ語を話せるかもしれない。
そう期待をしながらイザベラが来るのを待っていたのだ。
「本当に助かりました!是非他の接待役にもシヴォリ語を教えていただきたいのです」
「それからシヴォリ王国についてイザベラ様の知っている事も…!」
「それはもちろん…私でよろしければ…」
———なんか…想像していたのと違う。
雇われる側のはずなのに、何故雇用主に頭を下げられるのか。
(それに接待がメインって…娼婦というよりホステス…?)
男性達に期待の目で見つめられ、イザベラはどこか釈然としないものを感じていた。