13
抱き合ったまま二人は扉の方を見———硬直した。
「ほう。本当に二人で私を裏切っていたとはな」
まるで氷のような瞳で二人を睨みつけながらクリストファーが入ってきた。
「…クリス…さま…」
「で、殿下!これはその…誤解で…」
「全部見ていたよ。オリバー、お前がこの部屋に入ってくる前から」
クリストファーの背後からモーリス、そしてニールが姿を見せた。
「この部屋には隠し窓があってね。隣室から様子が伺えるようになっているんだ。もちろん声も全部筒抜けだよ」
動けない二人にそう言うと、モーリスはクリストファーに視線を送った。
「お前達が逢引しているという噂を耳にしてね、しばらく調べていたんだ。殿下に言っても信じてもらえなかったから、現場を見せた方が早いと思ってね」
今日クリストファーは会議でしばらく動けないという偽の情報を二人に伝えればきっと逢引するだろうと踏んだのだ。
この勉強室は図書館の奥にあり、上部に明かり取りの窓があるだけで外から中を覗けないようになっており、隠れて会うにはちょうどいい場所だ。
だがそういったよからぬ事に使用されないよう、隣にある資料室から見えるように隠し窓が付けられているのだ。
「殿下の婚約者でありながら他の男と通じるとはな」
侮蔑を含んだ声でニールが言った。
「二人とも重罰だろう」
「オリバー。宰相は君を擁護する気もないし、勘当するそうだよ」
「…そん…な」
モーリスの言葉にオリバーは膝から崩れ落ちた。
「な…んで…なんでよ…」
ライラは声を震わせた。
「私ヒロインなのよ!ハッピーエンドの後は幸せになれるんじゃないの?!」
「———何を言っているか分からないが」
喚くライラをモーリスは冷たく見下ろした。
「嘘で塗り固めて手に入れたもので幸せになれると思っているのか。相当な愚か者だな」
「何よ!何が悪いのよ!ゲーム通りに動かないあんた達が悪いんでしょ!!」
「黙れ」
泣き喚くライラと茫然としたままのオリバーを引きずるようにニールが外へと連れ出していった。
「———やれやれ。あのイザベラを捨てて選ぶからどんな女かと思ったら」
メイナードが顔を覗かせた。
部屋に入ると、表情をなくし立ち尽くすクリストファーを見、ため息をついた。
「お前は女を見る目がないな」
ポン、と甥の頭を軽く叩く。
「それから人の話を聞かない、聞き入れない。まだまだ子供だ」
「…叔父上」
「そんな子供に陛下から情状酌量だ。ヴィンセントが成人するまでにお前が心を改め、妃に相応しい相手を選ぶ事ができればお前を王太子にする可能性もあると」
トン、とメイナードはクリストファーの背中を叩いた。
「せいぜい頑張れよ。まあイザベラ以上の女性はそうは見つからないだろうがな」
「…随分と甘いですね、陛下は」
クリストファーが無言で部屋を去っていくのを見送ってモーリスは呟いた。
「仕方ない。正妃の子はクリストファーだけだからな」
「ですが」
「それにどのみちヴィンセントも成人しなければ王太子にはなれないんだ。その間クリストファーが変わらなければ陛下達も流石に諦めるだろう」
「変わりますかね」
「本来頭はいい奴だ。必要以上の自尊心さえなくせば変わるさ、それに」
モーリスを見るとメイナードはに、と口角を上げた。
「私もこの歳になってようやく最愛と出会えたんだ。クリストファーだってこの先どうなるか分からないさ」
「…その件に関しては我が家は未だ認めていませんよ」
モーリスは眉根を寄せた。
「待つよう言っていたのに殿下が一方的に…」
「オーキッドハウスとは正式に手順を踏んでいる、何の問題もない。それにイザベラも今の状況に満足している」
「俺には理解できませんよ、殿下の公の愛人で満足だなんて」
「愛人ではない、まだ結婚できないだけだ」
「世間的には愛人でしょう」
「モーリス、お前もまだ世間を知らない。世界には様々な価値観を持つ国や人がいる」
ふとメイナードは真顔になってモーリスを見た。
「イザベラはこの国の価値観とは異なるものを持っているという事だ。———お前も色々な人間と接して学んでいくがいい」
まだ納得いかなそうなモーリスを見て、その表情を緩める。
「何なら私の下で外交の仕事をしてみるか?今回の件の行動力は見事だった、これを仕事でも活かしてもらいたいね」
「———そうですね、そうすればイザベラと殿下の仕事ぶりを間近で見られますし」
その顔を引き締めるとモーリスはメイナードに頭を下げた。
「よろしくお願いいたします、殿下」
「私の事は殿下ではなく義兄上と呼んでくれていいぞ」
「それはお断りさせていただきます」
「やれやれ、可愛げのない義弟だな」
言い合いながらも、どこか楽しげに。
二人は部屋から出て行った。