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01

「イザベラ。お前の非道ぶりにはほとほと愛想が尽きた」

金髪碧眼の美しい顔を不快感と怒りに歪ませて王子は言った。


「…あなたのその人の話の聞かなさにも愛想が尽きましたわ」

イザベラと呼ばれた、翡翠色の瞳の美しい少女はその整った眉をひそめた。


「何だと」

「毎日のように全く身に覚えのない悪事とやらをちくちくちくちくと。鬱陶しいんですの」

「貴様…」



(ああもう。本当に鬱陶しい)


怒りで顔を赤く染めた婚約者を見てイザベラは内心大きくため息をついた。





イザベラが前世を思い出したのは六歳の時。

婚約者となるこの国の第一王子クリストファーとの初顔合わせの時だった。


前世、イザベラは日本という———この世界にはない国で会社員として働いていた。

最後の記憶は交際相手の浮気が原因で口論となり、駅の階段から足を踏み外した事。

…おそらく落ちた時に頭の打ち所が悪くて死んでしまったのだろう。


(そんな情けない死に方をして…生まれ変わったら〝悪役令嬢〟とか。何これ誰の嫌がらせ?)


前世を思い出すと同時に、イザベラはここが前世で遊んだ乙女ゲームの世界だと気づいてしまった。

ゲームのタイトルは忘れてしまったけれど、平民の少女が入学した学園で王子を始めとする貴族青年達と恋に落ちるシンデレラストーリー。

目の前にいるクリストファーはそのゲームのメインヒーロー、そしてイザベラはその婚約者でヒロインの邪魔をする悪役令嬢だ。


ヒロインが王子と結ばれるハッピーエンドには二種類ある。

一つはイザベラを正妃として迎え、ヒロインは愛妾に。

もう一つはヒロインが正妃となり、イザベラは彼女を虐げた罪で娼館に追放されてしまうのだ。


(愛妾がハッピーエンド…?いやそれより私が娼館に…え…?)




「イ、イザベラ…?」


突然顔を青ざめさせ、身体を震わせたイザベラに父親のオルブライト侯爵が焦って声を掛けた。


「どうした?…緊張しているのか?」


侯爵が何か言っているがイザベラの耳には入らない。

大量の前世の記憶と自身の恐ろしい未来———六歳の頭の中にそれらが溢れて。

イザベラはばったりとその場に倒れてしまったのだ。



三日三晩高熱で寝込んだ後、イザベラはようやく目を覚ました。

ベッドの上で未だ熱を帯びた頭で記憶を整理する。


(ともかく娼館に行くのだけはイヤ…)


この世界の性産業がどうなっているのか六歳の令嬢に分かるはずもないが、娼婦がする事など、前世とそう変わらないだろう。


(絶対にイヤ…それにはまずは…王子との婚約をやめないと)



娘が目を覚ましたと聞き駆け込んできた侯爵に、イザベラは泣きながらクリストファーとの婚約をなかった事にして欲しいと訴えた。

だがこの婚約は王命のため解消はできないのだという。


(だったら…ゲーム通りにならないようにしなくちゃ…)


ゲームのイザベラは我儘で高慢な少女で、クリストファーと親しくなっていくヒロインにあらゆる嫌がらせをする。


(ヒロインの相手はしないとして…今は家族との関係ね)


娘の我儘に辟易していた両親はイザベラの娼館行きに反対する事なく、攻略対象の一人でもある双子の弟モーリスは自らイザベラを娼館へ引き渡すほどだった。

姉弟は仲が悪く…ちなみにヒロインがモーリスと結ばれる場合、イザベラは家を追放されてしまう。


(追放された後は書いてなかったけど…平民として生きられるはずもないし…やっぱり娼婦とか悲惨な結末しか想像できない…)



イザベラは我儘をやめた。


突然大人しくなったイザベラに家族や使用人達は驚いていたが、高熱のせいだと思ったようだ。

前世の記憶のおかげで精神年齢も高くなり、弟にも寛容な心で接する事ができた。

そうして家族仲は良好になったのだ。


次はクリストファーとの関係である。

ゲームのイザベラは初顔合わせの時にクリストファーに一目惚れし、以来彼に近づこうとする女性に嫉妬心を露わにする。


(好きな男だったら嫉妬するのも分かるけど…でもなあ…)


どうしてイザベラもヒロインも、こんな王子を好きになったのだろう。



クリストファーは見た目こそ美男子だが、中身は頑固で自己中心的である。

将来の国王としてちやほやされた結果こうなってしまったようだ。


(我儘っぷりでいえば記憶を思い出す前のイザベラといい勝負なのよね…)


最初、イザベラはクリストファーを陰日向に支える、いわゆる良妻賢母を目指そうとした。

だが何回か彼と会う内にその考えを改めたのだ。


(こんな我儘王子好きになれないし、こんな奴に尽くすのもイヤ)


できるならばヒロインにクリストファーを押しつけて、自分は円満に婚約解消したい。

そうする為にクリストファーとはあくまでも政略の為の婚約者として事務的に接し、入学してからはヒロインと関わらない。

王子に近づこうとする女性達もスルーしよう。

そう決めたのだ。


(そもそも、自分以外の女はダメって…この国の制度はそれができないのよね)


この国では王侯貴族や大商会など裕福な平民は、複数の妻を持つ事が許されている。

特に国王はその血を残す義務があるため、必ず側妃や愛妾を持たなければならない。

愛人も当たり前、イザベラの父親も外で面倒を見ている女性がいると聞いている。


(男はそうやって自由なのに女は生涯ただ一人だけとか。解せないわ)


女性、特に高位貴族には貞淑が求められる。

結婚するまで処女である事はもちろん、結婚後も夫以外と情を交わす事などあり得ず、万が一浮気でもしようものならばよくて離縁、最悪の場合処罰されてしまう。


(一夫多妻が駄目とは言わないけど。不公平だわ)


不満を抱きながらもイザベラは侯爵令嬢、そして王子の婚約者として日々を過ごしていた。


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