九聖衆(きゅうせいしゅ)
銃声が聞こえた瞬間、トスッという音がして足元に近い地面に小さな穴が空いた。
冬牙は何者かに狙われているようだ。
万里乃は既に自分達の前にシールドを張っていた。
「冬牙、大丈夫!?」
「大丈夫だ。ありがとう」
冬牙は眉をひそめ、銃声のした方を凝視した。
すると、遠くから人の声がブツブツ聞こえてきた。
「あんた、何考えてるの!?どーするのよ人に当たったら!」
「大丈夫だって、俺の命中率は完璧なんだぞ。それに、撃ってなかったら間に合わなかった」
「バッカじゃないの!?これだから男は低能なのよ!」
「そんな酷いこというなよ〜。傷つくじゃないか」
声は何故か頭上から聞こえてきた。
空を見上げると、2人の人影がこちらに向かって降りてきている最中だった。
一人は茶色のニットカーディガンを着ていて、金髪のパーマがかったツインテールと学生服のような短いプリーツスカートをはためかせている。まるで、ギャルの様な格好をしていた。
もう1人の男は焦げ茶の髪をオールバックにし、前髪の一部だけを垂らしていた。黒いスーツジャケットを肩に羽織り、長袖のカットシャツと赤いネクタイの上からダークブラウンのレザーベストを着ていた。くすんだ黒のジーンズにブラウンの革靴を履いており、背中に狙撃銃を背負っていた。
二人は地面に軽やかに着地すると、ギャルのほうが冬牙達に声をかけてきた。
「アンタ達、大丈夫?」
「大丈夫じゃないか。ほら見ろ、擦り傷ひとつついてない」
狙撃銃の男はすかさず答えた。
「うるさい、アンタは黙ってて」
「なんで君はいつも俺に当たりが強いんだ?あぁ〜、もしかして俺に照れてるのか」
「そういうところがウザいからだよ!」
「年頃の女の子は難しいねぇ」
ギャルは何も言い返さなかったが、あからさまにイラついている。
「とりあえず」と、狙撃銃の男は冬牙に視線を向けると、近づいてきた。
「手荒い真似をしてすまなかった。君のそれ、ウイルスによるバグだから触ると感染しちゃうんだよ。まさかそんな所にウイルス反応が出るなんて、珍しい事もあるもんだ」
狙撃銃の男は顎を触りながら、ノイズが走った画面を裏側から興味深そうに見た。
「画面を開いたら急にこうなったのか?」
狙撃銃の男はそう冬牙に問いかけた。しかし、冬牙はどう答えればいいのか分からずにただ顔を曇らせた。
「うーん」
狙撃銃の男は少し困った顔をすると、ギャルに声をかけた。
「ハンナ、取り敢えずこいつを浄化できるか?」
「分かった」
ハンナと呼ばれたギャルは体の前に両腕を突き出し、掌をノイズが走った画面に向けた。
「ピュリフィケーション!」
呪文を唱えると、画面に小さな青色の魔法陣が沢山現れた。
ノイズは魔法陣に吸い込まれると、そのまま魔法陣と共に消えていった。
そして、あっという間にノイズが無くなり元の画面に戻った。
「これでよし」
ハンナは両腕を下ろすと、そのまま左手は腰に当てた。
「ありがとうございます」
冬牙は二人にお礼を言うと、誰にも見られないよう、すぐに画面を閉じた。
「別にいいわ。それにしても無事で良かったわね。あれに触ってたらアンタの人生終わっ……」
「ハンナ、よせ」
何故か狙撃銃の男はハンナを制止した。
「もうバグは直ってるから、特に心配しなくて大丈夫だぞ」
「あの、あなた達は一体、どういう方達なんですか?」
万里乃は二人に問いかけた。
「これは失礼したな、お嬢さん。俺の名前は周藤 龍也だ。良かったら今から一緒に遊びに行かないかい?見たところ、最近ここに来たようだし。色々案内してあげるよ」
周藤は万里乃の手をつかもうとすると、何処からか現れた黄色の魔法陣が周藤の足元で発動し、周藤の全身に電流が走った。
「いででででで!!」
「相手にしちゃダメよ。こいつは下心の塊なんだから。私の名前はハンナよ。よろしく」
冬牙と万里乃もそれぞれ自己紹介をした。
「アンタ達は新人だから知らないだろうけど、私達は九聖衆ってのに属しているの」
「九聖衆?」
万里乃は首を傾げた。
「簡単に言うと、九聖衆ってのはウイルス退治に特化したチームなの」
なるほど、この人達はアンチウイルスソフトって訳か。
「その!その力があれば、妹を助ける事はできますか!?」
万里乃は希望を込めてそう言った。
「妹……?妹がどうしたの?」
「私の妹はこの世界でウイルスと接触して、原因不明の病になって今でも苦しんでいるんです」
「っ!?」
ハンナは少し表情を硬らせた。
「……ねぇ、アンタその事をここにいる人以外に言った事ある?」
「いえ、特に……」
「残念だけど、私達がアンタの妹を救う事はできない。私達が浄化できるのはコンピューターの中だけ、人間の中に入ってしまったウイルスはどうにもできないわ」
「っと、話はそこまでだ」
いつの間にか立ち上がっていた周藤がハンナの肩をぽんっと叩いた。
ハンナは何か言おうとしたが、俯いてしまった。
「すまないが、君達は少々知りすぎてしまった。このまま帰すわけにはいかないな。女の子にこういう事はしたくないけど、俺達も仕事なんでね。許してくれよ」
周藤は背負っていた狙撃銃を手にとった。
その瞬間、銃が変形してハンドガンに変わった。すると、なんとその銃口を万里乃に向けたのだった。
「えっ……」
万里乃は突然のでき事に呆然としていた。
「万里乃!シールドだ!」
万里乃はハッとすると自分の前にシールドを張った。
「シールドは意味ないよ。僕の弾は貫通しちゃうからね」
「それはどうかな……」
冬牙は咄嗟に移動して、万里乃が発動したシールドに触った。すると、先程と同じくノイズが走り、シールドを伝って急速に地面に広がっていった。
周藤とハンナは迫ってくるノイズを避ける為に宙に浮き、隙ができた。
「万里乃!走れ!」
冬牙が走り出すと、状況を把握できないまま、万里乃もその後を追った。
二人は直ぐに森に入った。
冬牙は万里乃を先に行かせると、手当たり次第に横切る木の幹やツタに触れていった。
追っ手はまだ来ない。恐らく、拡散していくウイルスを食い止めるのに必死になっているのだろう。
冬牙は触れるのを止めて、走る事に集中した。しかし、頭の中で情報が錯綜する。
知りすぎたって、何を?ウイルスの事についてか?やっぱり、ここには重大な事が隠されているみたいだな。それにしても、一体、周藤は何をしようとしたのか。もしあそこで撃たれていたら俺達はどうなっていたのか……。
考えてもキリが無かった。
「ねぇ、これからどうするの?ってか、あのノイズって……」
「取り敢えず、洞窟を探してから話そう」
冬牙は話を遮り、万里乃は口を噤んだ。そして、二人はしばらく洞窟を探した。
「あそこにあるのはどう?」
万里乃が指さす先には、丁度二人が入れる程の洞穴の入り口があった。近づいてみると、穴は結構奥の方まで続いていた。
「行こう」
冬牙と万里乃は奥を目指してひたすら歩いていった。
しかし、奥に進むたび暗くなっていき、とうとう前が見えなくなってしまった。
「マズいな。ちょっと無茶し過ぎたな」
「何かいい呪文ないかな……」
万里乃は頭の中で、覚えている呪文を片っ端から確認した。
「あっ!これなら使えるかも」
万里乃は状態異常無効の呪文を自分に唱えた。すると、全身が白くて淡い光に包まれた。
少し足元が見える程度だが、無いよりはマシだった。
冬牙も呪文をかけてもらい、効果が切れたらまた掛け直してを繰り返しながら先へ進んでいった。
だいぶ奥まで歩いた頃、再び万里乃は冬牙に問いかけた。
「それで、さっきのウイルスは冬牙の仕業なの?」
「ああ、そうだ」
「どうしてそんな事ができるの?」
「それは……。万里乃、落ち着いて聞いてくれ」
「私はいつも落ち着いてるよ」
「そうだっけか」
万里乃はムスッとした。
「まぁ、それはいいとして。俺が転職したのはウイルスだったんだ」
「え?ウイルス?」
万里乃は立ち止まってしばらく沈黙すると、くくくっと肩を震わせ、次第に声を上げて笑い始めた。
「ちょっ、何考えてんだよ!静かにしろっ」
「ごめんっ。だってウイルスって、そんな職業ある??聞いたことないでしょ、職業ウイルスだなんて」
「そりゃ、俺もないけどさ。そんなに笑わなくてもいいだろ。本人は困ってんだぞ」
万里乃は口を手で押さえながら、まだ笑っている。
けど、良かった。
万里乃の意外な反応に冬牙は心の底から安堵した。
「触れたものがバグっていくねぇ」
二人は再び歩き出し、冬牙はノイズについて説明をしていた。そして、ログアウトできないことも伝えた。
「さっきの現象はそういう事だったのね。忘れてたけどそろそろ現実世界に戻った方がいいかもしれない。何か嫌な予感がするの」
「そうだな。万里乃、すまないが一度ログアウトして様子を見に行ってきてくれないか」
「わかった。少し様子を見てくる」
「おう、頼んだ」
「モンスターにやられて死んじゃダメだよ。それじゃあ、いってくる!」
そう言って、万里乃はログアウトした。
そんじゃ、俺はちょっとここら辺を散策するかな。
奥に向かって歩き始めた瞬間、状態異常無効の効果が切れて、冬牙は真っ暗闇に包まれた。
くそっ、忘れてた!
冬牙はその場で待つしかないなと、その場に座り込んだ。すると、遠くの方が微かに光っているのが見えた。
万里乃は現実世界に戻ってくると、部屋の外が騒がしい事に気づいた。
急いで部屋を出ると、3人のスタッフが739号室から出てくるのが見えた。周りでは「何があったんだ」と、休憩しているバイト達が様子を伺っていた。
すると、3人のスタッフに続いて出てきたのはゲームの本体であるカプセルだった。
そして、総勢6人で何処かに移動し始めた。
万里乃はそれを追いかけようと駆け出すと、何者かに前を遮られてぶつかり、思わず尻餅をついた。
「すいませ……」
万里乃は謝りながら顔を上げると、そこには見覚えのある金髪の女の人が立っていた。
なんと、九聖衆のハンナだった。