姫の苦悩
冬牙はヒュウナに腕を組まれたまま、万里乃とトリタール集会所から出た。
すると、急にヒュウナがすっと冬牙の腕から手を離した。
冬牙は立ち止まってヒュウナを見ると、一瞬ぼーっとしたかと思うと、突然冬牙に深々と頭を下げた。
「私の精霊が、英雄とあろうお方に大変無礼な態度をとってしまった事をどうかお許しください」
その姿は初めてヒュウナ姫を見た時の気品があった。
冬牙と万里乃は状況が理解できないまま、ただヒュウナを見ていた。
「突然、戸惑わせてしまってごめんなさい。ここで話すのも何ですから、ゆっくり話せる場所へ行きましょう。そこで詳しく説明します」
冬牙と万里乃は言われるがまま、ヒュウナについて行った。着いた場所は城下町の端の方にある、昔ながらの老舗の様な喫茶店だった。
店内に入ると、店中にコーヒーの匂いが漂っていた。
カウンターにはバーテンダー服を着ているダンディーなおじさんがゆっくりとお湯を回し入れ、コーヒーを濾過させていた。
しかし、お客さんは見当たらなかった。
冬牙と万里乃はヒュウナと机を挟んでソファー席に座った。
「お二方共、コーヒーは飲めますか?」
「ああ」
「私も飲めます」
「良かった。私のお勧めのブレンドを持ってきてもらいますね」
ヒュウナはふわっと片手を上げた。
すると、それを見たマスターはヒュウナに微笑んだ。
そして、先程のコーヒーを白いコーヒーカップに注ぐと、冬牙達の前に置いた。
マスターは一礼すると、ゆっくりとした足取りでカウンター裏に戻って行った。
前もってここにくる事を伝えていたのだろうか。ヒュウナはよっぽどここが行きつけなんだろうな。
「さぁ、熱いうちにどうぞ。ここのコーヒーは世界一美味しいんですよ」
そういうと、ヒュウナはコーヒーカップを手に取り、香りを味わってから少しだけ飲むと、カップを皿の上に戻した。
冬牙達もそれを見て同じように飲んだ。
「あつっ!」
冬牙は思わず声がでた。
「だ、大丈夫ですか?ごめんなさい。無理をさせてしまいましたね」
「いや、ちょっとカップを傾け過ぎただけだ」
冬牙はヒリヒリする舌を空気を吸って冷やしながら、コップを皿に戻した。
「このコーヒーとても美味しいです」
万里乃は空気を変えようと、ヒュウナにそう言った。
「そうでしょう!ここのコーヒーは一度飲んだらクセになる美味しさなのよ。美味しいって言ってもらえて嬉しいわ。一番喜んでいるのはマスターでしょうけど」
マスターはまた微笑んだ。
「それでは、本題に入りましょう。順を追って説明していきますね」
「分かった」
万里乃は手に持っていたコーヒーカップを皿の上に置いた。
「まず、私の職業は精霊使いという事はご存知ですね」
「ああ」
「精霊使いといっても、精霊の力を借りる方法が人それぞれ違うのです。例えば、精霊本体を戦わせたり、加護だけを受け取ったり等です。そして、私の場合は精霊を憑依させて力を借りているのです」
「それじゃあ、さっきのは精霊を憑依させてたって事か」
「そうです。精霊が憑依すると、精霊の意思で身体が動きます。簡単に言えば精霊に肉体を貸しているといった感じですね。私はこれでも姫の身なので、本当はお城から出てはいけないのですが、それがつまらないと感じた精霊がこうして偶に城下町へ下りてしまうんです」
あの性格で城下町に下りられたら、姫の事を誤解する人が少なからずともいるんだろうな。現に俺もそうだ。今のヒュウナ姫より、さっきのドMヒュウナの方がイメージに焼き付いてしまっている。
「あんたも大変だな」
「そうですね。けれど、どこか許してしまっているのも事実です。私もきっと城に篭り続けるのが苦痛なのでしょう。城の外へ行くと冒険者達や商人達がいつも楽しそうに生活している。それが羨ましいのです」
「確かに城に篭ってるだけじゃつまらないよな」
「ですから、不躾だという事は大変承知している上で、貴方にお願いがあるのです」
「どうした?」
「どんな事でも可能な限り力を貸して差し上げます。だから、どうか私を拐ってくれませんか?」
冬牙と万里乃は予想外のお願いに耳を疑った。
「お願いします!私も冒険者になりたいのです!」
ヒュウナは立ち上がると机に額がつきそうなほど頭を下げた。
「ちょっと待て、本当にそれでいいのか?そんな事すれば、この城下町も城もパニックになるんだぞ?」
「沢山の方々に心配や迷惑をかける事は重々承知しています。
けど、何故私が姫なのでしょうか?別に、私じゃ無くても姫と付けば誰でもいいんじゃないですか。望んでもいないのに姫という称号をつけられ、その称号を持ったという理由だけで、城の仕来りに縛られるなんて私は許せない。
私は飼い犬でもカゴの中の鳥でも無く人間なんです。私にも選択する権利はある筈です!」
ヒュウナは感極まって声を荒げた。
「お、落ち着け。とにかく、コーヒーでも飲んで一度落ち着こう」
冬牙が宥めると、ヒュウナはドスッとソファーに座ると、コーヒーを一気飲みした。
ヒュウナ姫は押し殺している感情を、精霊を憑依させる事によって発散しているんだろうな。
喋り方は違えど根本的考え方は変わらないのか。
しかし、困ったな。姫を誘拐したとなれば幾ら英雄の称号を持っているとしても、俺達の首が飛びかねない。
何か別の方法でヒュウナ姫を城から解放できないだろうか……。
すると、万里乃が一つヒュウナ姫に提案した。
「それなら、ニサンゴ村の発展を手伝うという名目で一度王様に掛け合ってみたらどうでしょうか?ニサンゴ村では水や土の汚染が激しくて、それを綺麗にする為に私達は精霊使いを探していたんです。だから、それを理由にして城へ戻らなければいいんですよ」
確かにそうだが……。
万里乃はいい提案をしたとは思うけど、果たしてその理由で王様はそれを受け入れるのだろうか。
「そうですね。ダメ元でやってみます!」
ヒュウナ姫も同じ事を思ったのか渋々提案を受け入れた。
「俺達もついていくよ。もしOKが出た時に姫を預かる身だしな」
「本当ですか?心強いです!」
「頑張って一緒に説得しましょう!」
何故か万里乃はやる気に満ちている。
冬牙達はとりあえずクエストを破棄して、王様を説得する為に城へ向かう事にした。




