第二章 ~最後の休息~
太陽が西に少し傾いた頃、クウトは扉が叩かれる音で目を覚ました。
上体を起こすと、腰の骨がバキバキと音を鳴らし、妙な気だるさが残っている。
「あれ……。今日の訓練……」
クウトはぼんやりと、ボサボサになった髪を掻き回していると、境の布が開かれた。
「よ! クウト。なんだまだ寝てたのかよ」
「ザ、ギ?」
「たまの休みだからって、グウタラしてると、クルドさんに怒られるぜ」
ザギは拳を振るうマネをして快活に笑った。例え冗談で言っているにしても彼が怒る姿を見た事のないクウトには想像もつかない。いつも不機嫌そうな仏頂面で、呆れるか、無表情のどちらかだ。笑った顔すら見た事がなかった。
クウトは今一、状況がつかめず、取りあえず指折り数えて順を追ってみる。
「えっと、今日は仕事や練習が休みで、僕はずっと寝ていた」
「そう」
「じゃあ、何でザギがいるの?」
遊ぶ約束をしていた覚えが無い。そもそも成人の儀以来、一度も会っていないので約束を取り付けるなど到底、不可能な話しだ。もし、サラに伝言を残しているのなら、言いそびれたのか、今日の朝食時に言うつもりだったのだろう。
「勝手に来た。つーか、友達が遊びに来てはいけないという理由は無い!」
胸を張って偉そうに腕を組みながらふんぞり返るザギに、クウトは小さく噴き出し、苦笑を漏らした。傲慢で自分勝手なところは、大人になっても変わっていない。
「はいはい、分かったよ」
軽く手首を振ってザギを足払うと、クウトは寝台から降りて、寝着から黒のシャツと膝下までのズボンに手早く着替えた。革のサンダルを履き、手で髪を適当に梳かして身支度は終わりだ。
「ご飯、食べてからでもいい?」
さすがに朝ご飯抜きは辛い。ここ最近、夜は疲労困憊の状態で帰ってくるため、濡れたタオルで身体を拭くと、そのまま寝床に直行してしまう事が多く、昨日の昼から何も食べていない。
そのせいで臍の辺りで妙な圧迫感を感じ、お腹が痛いのか、空いているのかよく分からなくなっている。
「なら、外で食おうぜ。母ちゃんが弁当、持たせてくれたしさ」
ザギは身体を反転させて、背負っていた麻袋を軽く上下に振った。中からカチャカチャと。何か硬いものが擦れる音がしたの
で、お茶類も入っている事が分かった。
クウトは肩を竦め、改めて苦笑を漏らす。
「分かった。じゃあ、いつもの滝に行こうか」
「枯れた滝、だな」
ザギはからかう様に笑っていたが、クウトは上手く笑うことができず、口元に弧を描くだけで終わった。
子供の時に偶然見つけた獣道を通った先には大きい滝がある。その滝は大の大人でも簡単に飲み込めそうなほど川の流れが激しい為、普通の道は通行禁止になっているので誰も来ない場所だ。そんな未知で閉鎖的な空間の虜にならない子供はいない。
クウトとザギは、大人たちですら滅多に来ないこの場所を秘密の隠れ家に決めて、暇な時間はよく崖をよじ登ったり、周りの木々の蔓を伝って遊んだりした。
そんな事を何日もしていると、当然、サラにも感づかれてバレてしまい、以来三人の秘密の隠れ家であり遊び場となったのは、そう遠くない昔。
クウトは久しぶりに訪れる秘密の隠れ家に胸を踊らせながら、久しぶりに会ったザギと弾むような話しを続けた。




