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 恵まれた太陽の恩恵を頂点に浴びながら、クウトやザギ、他の五人の十二なる子供たちは祭壇の前で横一列に並んでいた。

 祭壇の前には今年、五十を過ぎるという村最年長の老人である村長が立つ。

 いつもの働きやすい農着ではなく、今は儀式の為の白く長い布を身体中に巻き、聖者を象徴とする楠の杖を右手に持っていた。太陽が右に傾き、祭壇の頂点に登りきると、村長は深く息を吸い、手を天に向かって大きく広げた。

「おぉ、我らが島の子よ。汝らは今宵を駆け抜けんと、真なる人へと生まれ変わるであろう」

 神に捧げる祝詞が始まった。子供から大人へ生まれ変わる儀式。この島では死を迎える事によって、神に願いを叶えて貰うという言い伝えがある。

神に認められるためには子供である自分を殺し、大人にならなければならない。大人になった島の人間は一人前になり、島を支えるための大事な支柱になると考えられていた。

この謳は、神に気付いて貰うための大切な祝詞。クウトや他の者達全員――村長以外――は頭を下げて、謳を耳にしている。

 クウトは胸の奥底が熱くなるのを感じて、目を薄く開けた。まだ儀式は始まったばかりなのに、もう日にやられてしまったのだろうか。否、こんなもの普段、畑仕事を手伝っている時よりも数倍はマシだ。

 しかし、クウトは胸から背中へ何か熱いものが身体の中で駆け巡っている気がしてならない。捕まえられた蝶が檻の外へ出たがるように、暖かい日の光を求めて暴れている。何度も、羽根が削れて、もがれて、それでも檻に突進する蝶が身体の中にいるようだ。

 村長の祝詞が読み終わり、手を降ろすと、皆は見計らったように顔を上げる。成人の儀を受けている子供たちだけは顔を下げたままだ。

「クウト、どうした? 大丈夫か」

 ザギが小声で顔を上げないまま話しかけてきた。本当は最初から気付いていたのだろう。しかし、祝詞の最中は村長と神様が直接、話しを行っている為、他の者が口を開く事は許されていない。ザギの口調から察するに、今の今まで声を出すことを我慢していたのが分かる。

「うん、平気。それより、職の発表が始まるよ?」

 ザギには見せられないが、口端を上げて笑みを作る。これ以上、ザギに心配をさせて、彼の儀式の妨げにはなりたくなかった。

「……辛くなったら、言えよ」

 言える訳がない。でも

「うん、分かった。ありがとう、ザギ」

 嬉しかった。

 ザギは鼻を鳴らせて、意識を正面に向けた。クウトは短く息を吐き、先ほどよりも大分楽になった身体の胸に握った拳を当てた。

 あの感覚は何だったのだろう。今までにない初めての感覚がクウトを襲った。自分の中に、自分のものではないものが住み付いている感覚。

 クウトは目を伏せて、内心、頭を振った。

(仕事の疲れが残っていたのかもしれない。今日はこの後、のんびりしよう)

 頭の中で簡単な予定を立て終わると、クウトは村長の言葉に耳を傾けた。

「…………よ。太陽の恵みを育てんとする心を神々は知り得ている。その手は豊作を齎し、人々の暮らしをより深いものとするだろう」

「はい。神より頂し、新たなる魂の元、我はその任、しかと承ります」

 形式めいた謳い文句の後、祭壇に向かって一礼をしてから列に戻ると、片足を地面に付けて頭を下げる。次は自分の番だ。

「クウト、こちらへ」

「はい」

 顔を上げ、決められた歩数の分だけ前に出て、深く一礼を行ってから、村長と目を合わせた。視界の端に何十人もの村人たちが映り、その視線が全てクウトに刺さる。

 別に緊張はしていない。ただ少し気になったのは、村人たちが自分を凝視していることについてだ。別にそこまで集中して見ていなくて、この後の村長の言葉は決まっている。

農夫になる者への祝福の言葉か、職人になる者への報復の言葉のどちらかだ。“リディアの戦士”になる者への激励の言葉は、成人の儀で伝えられることがないので、初めから期待はしていない。農夫か職人か、面白みの無いものだがきちんと聞いておかなければ神の加護が得られない。

 クウトは左の手に巻いた腕輪の表面を指先で、そっと触れると、意識を村長に向けた。

 村長は深く息を吐き出してから、声高く響かせた。

「汝、古き魂を捨て、新たな魂を神より授かりし者よ。広大な大地より離れし孤島に生まれん光りの神子として、我々は汝に希望の光りを与えよう」

「!?」

 祝詞が違う。事前に聞かされていた農夫や職人への祝詞ではなく、聞き覚えのない言葉の羅列にクウトは戸惑い混乱した。

 村の人々もざわめき出している。そんな中、村長だけは悠然とした態度を保ち、最後まで祝詞を読み上げた。

「島を護る為に、島と共に生きよ。光り背負いしその身体、その心を皆に捧げんとす。さすれば神々は汝を護ることであろう」

 静寂が訪れる。そう思っているのはクウトだけかも知れない。だが、クウトの耳には何も入らなかった。聴覚、嗅覚、視覚、否、全ての感覚が麻痺しているかのように動かない。

 聞いたことのない言葉の羅列ではなかった。小さな頃、一度だけ聞いたことのある“リディアの戦士”への激励の言葉だ。

 信じられない。

 胸の奥底を、身体中を這いずり回っている蛇が、心の臓を締め付けているような錯覚に陥る。視界が渦を巻き、焦点が真っすぐ定まらない。

 一言も発さず、ただ棒立ちしているクウトに、周囲の者達が再びざわめき出した。ここで、他の成人の儀を行った者たちが言う承諾の言葉を言えば、クウトの儀式は終わる。だが、本当に言ってもいいのだろうか。

 前代未聞の十二の“リディアの戦士”昇格は、何を意味するのか。

 クウトは短く息を吐き、目を閉じて考えた。

 十日ほど前、“リディアの戦士”の一人が、谷から落ちて片足を失ったという悲報を聞いた覚えがある。つまり、クウトはその後釜として選ばれたと考えていうわけだ。

 クウトはゆっくりと瞼を開けて、村長の背中にある祭壇に目を向けた。巨大な先の尖った石碑の頂点に、太陽の端が掛かって見える。

 神々の住まう地から、唯一、交信ができると言われている聖なる祭壇。神がクウトを“戦士”として選ぶのなら、クウトができることはただ一つ。

「はい。神より頂し、新たなる魂の元、我はその任、しかと承ります」

 正規の肯定ではなく、顔を上げたまま右胸に拳を当てながら、祭壇を見上げた。

 これが神のくれた善意ならば喜んで受け取ろう。これで妹を自分の手だけで養う事ができると思うと、頬が緩み今にも駆け出してしまいそうだ。

 クウトは胸に渦巻く様々な感情を押し込めたまま、一礼をして元の場所に戻る。

 途中、ザギと目が合うと、ザギは口端を上げた。クウトは微笑みを浮かべて返した。

『やったな、クウト』

『ありがとう、ザギ』

 言葉にしなくとも、眼だけで会話できるのは、幼馴染の特権だろうか。

 クウトは、新たな最年少の“戦士”として、島の歴史に刻まれることになった。


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