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・・†・・


耳鳴りが酷かった。最後に目覚めたのはいつだっただろう。手足が自然に帰り、木になってしまったのだろうか、上手く動かせない。

遠くの方で何かざわめくような音だけが聞こえたので、重い瞼を開けた。視界がぼやけて何も見えない。

否、元々、ここは暗かったではないかと、別の自分が叱咤する。

砂と水が入り混じる波に似た音は、多分、自分の幻聴だろう。


もう、何も考えられなかった。


ぼやけた視界に紺紫色の靄が現れる。

「……ま、…え………か」

舌が上手く回らない。靄は姿を変えて精悍な男の姿になる。男は異国の服を身に付け、手には両刃剣を携えていた。

長い黒髪を結わかずに垂らしたまま、男の金色の瞳は自分を捉えて離さない。

男は、空いている方の手を差し出してきた。

 クウトは男に応えようと、肩に力を入れて腕を動かそうとしたが、手枷が邪魔で思ったほど伸びない。

(…………邪魔だな)

嫌悪の眼差しを手枷に向けていると、突然、手枷の鎖が弾け飛び右手が自由になった。指先を動かし、手を自在に動かせるようになると、クウトは男が差し出した手に触れた。

「おまえ、は……」

 男は瞼を閉じ、再び靄に戻るとクウトの体に吸い込まれていった。

胸の奥から、身体中に、力が溢れてくるのを感じる。

靄が完全にクウトの中に入ると、クウトの服は男の着ていた異国の服へと変貌し、手には短槍が握られていた。

今なら、何でもできそうな気がした。大の大人を相手にしても、臆することなく戦える自信がある。だが……。

「ど……して、今、な……だ、よ」

もっと早くに、それこそ成人の儀の時に現れてくれていたらサラを、ザギを救えたかもしれない。


弱い自分が嫌だ。


こんな力に頼らなければ、強いといえない自分はもっと嫌だ。


強くなりたい。


ならなければいけない。


強くないと価値はない。


自分は生きていけない。


何も持っていない。


音にならない悲鳴をあげ、クウトはその場から逃げ出すように走った。

独房には見張りは一人もなく、外は豪雨が襲っていた。

数ヶ月ぶりの雨の姿に、クウトは立ち尽くした。

どれだけの期間、自分があそこにいたのかは分からない。だが、これだけは言える。


『サラは、もうこの世にいない』


自分で生み出した答えを振り払うように駆けて行った。

途中、何度も泥に足を取られて、顔や腕を汚しても、構わず走り続けた。

やがて、見慣れた景色を目にすると、安堵の息を吐いて肩を降ろした。

すると、纏っていた服が消えて元の姿に戻ると同時に、どうしようもない脱力感に襲われた。

膝を付き、地面に頭がついても、その場を動く事はできなかった。

次第に意識は薄れ、クウトは虚無な精神に蓋をするように、深く眠りについた。




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