表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/21

第四章


 乾いた地面を蹴り、呼吸を忘れるほど、意識を走る事だけに持っていく。日が落ちた後のお陰で、誰ともすれ違うことなく、家に帰ることができた。

「…………っ!」

 大きな音を立てて扉を開けると、目を丸くさせて驚きを隠せないサラの姿が視界に映ったが、クウトは気にせず通り過ぎ、境布を乱暴に捲った。

「ちょっ、お兄ちゃん!」

 サラの声を背で聞きながら、クウトはサンダルを脱ぎ捨てて寝台に登り。奥の石壁を触り、小さな窪みがある石を左右にずらしながら引き抜いた。

 中には、今まで少しずつ貯めたお金の袋が入っている。大きさはクウトの手の平二つ分ほど。これだけあれば、一か月分の酒か、もしくは日用品が買えるだろう。

 クウトは躊躇いなく袋を持ち、裸足のまま駆け出して、扉に向かおうとしたが、両手を左右に大きく広げたサラに阻まれた。

「そのお金、どうするの?」

 訝しむサラに、クウトは笑顔を向けて応えた。

「何も、心配はいらないよ」

 諭すように優しく語り掛けるが、察しのいい彼女は首を左右に振って頑と譲らない。

「ダメ、ダメだよ。そんな事をしたら、絶対にダメ!」

「どうして?」

「どうしてって……」

「僕は勝ちたいんだ。いや、勝たなくちゃいけないんだよ!」

 クウトは怒鳴るように言い放った。“リディアの戦士”としての責任。自分自身の技量の無さ。妹と友人の存在。いくつもの重圧に押し潰されそうになる心が、悲鳴を上げて助けを求めている。この重圧に打ち勝つ為に必要なものは唯一つ。

(完全なる勝利だけだ)

 リディアの“戦士”としての責務を果たし、尚且つ妹と友人を救える手段が、この手の平の小さな袋に詰まっている。普段の冷静なクウトならば、これがどれだけ愚かな行いか理解できただろうが、今は魂を悪魔に売ってしまっている。

誰にも止められない。止めてほしくない。

 自分の視界に映る妹が、目に涙を溜めて懇願している。それでも……。

「僕は行くよ。絶対に」

 サラの姿がクウトの心に油を注し、決意の炎をさらに燃え上がらせて確固たる存在になる。

クウトはサラの横をすり抜け、走り去ろうとした。が、腕に絡みついてきた手が、それを阻止した。

「駄目。……あたし、お兄ちゃんが絶対勝つって、信じてるから…………。こんなマネはしないで」

 掠れる声を振り絞って言い切るサラの手は暖かかった。温もりがあった。幼い頃から手を繋ぐたびに、この暖かな手の平がクウトの荒んだ心に水を与えて、潤してくれるようで、大好きだった。

(だから、こそ!)

 クウトはサラの頭を優しく撫でて、目線を彼女に合わせた。潤んだ瞳は、まるで枯れる前の泉のように綺麗で透き通っている。

 クウトは微笑を浮かべて彼女の頬に手を当てた。

「大丈夫。きっと、上手くいく。それで、儀式が終わってザギの体調も良くなったら、また三人で遊びに行こう。な?」

 誰に言い聞かせているのかは分からない。自分の口が自分のものではないような感覚に陥る。

「いってきます」

 これだけは自分の意思で言った。絶対にここに帰ってくるという意味で。

 サラは手の甲で、目に溜まった涙を拭い、口端を上げて、作ったような笑顔を見せた。

「いって、らっしゃい。お兄ちゃん」

「うん!」

 帰ってきた時は、満面の笑みを向けて欲しい。そう心で呟き、クウトは駆け出した。

 これがサラと交わした最後の会話とも知らずに。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ