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クルド視点になります。



橙色に染まる夕日が森の影に入る頃、村長の家内が部屋のランプに火を付けに来て、すぐに居間に戻った。部屋の中に、自分と村長以外の人間の気配が完全に消えると、クルドは重い口をようやく開けた。

「村長」

クルドが睨み降ろしても、村長は物怖じせず、ただ静かに見上げてくれた。それはどこか、穏やかで優しいものがあり、口下手なクルドにも、冷静に話すことができる雰囲気を作り出してくれるので話し易かった。

元々、たくさん話せる方ではないクルドは、いつも端的な話し方で人に誤解を生みやすい性格をしているのだが、村長相手だと普通に話すことができる。それも村長に必要な能力かもしれない。

クルドは膝の上に置いた拳の力を、強めて少し身を乗り出した。

「クウトには早過ぎます。時期をズラし、彼の身体の成長が終わるのを待ってから、“リディアの戦士”にするべきでした」

「…………それは、ダメだ」

「何故ですか! 成長した大人と、未発達な彼の身体が、正面からぶつかり合ったら、彼の身体は潰れてしまいます!」

「潰れなかったではないか」

クルドは頭から水を掛けられた思いがした。村長は顔色一つ変えず、事実だけを述べた。

「潰れないのなら、問題はなかろう」

「そうでは、そうではありません!」

「では、なんだと言うのだ」

「…………」

鬱陶しげに肩を竦める村長が憎らしく見える。前言撤回だ。どんなに話し易い空気であっても、クルドの口下手は変わらない。

クルドは苦虫を齧る思いで、自分の想いを言葉に変える努力をした。一つ一つ自分の知っている単語を、繋げて相手に伝える。古代人から受け継がれた言葉という文化は、どうも理解し辛く難しい。

村長の顔を窺おうとしたが、その前に村長から話しを切り返してきた。

「クウトは、神に愛された男。お前も見ただろう。クウトの身体から湧き出る黒き影を! あれこそ、まさしく古の“リディアの戦士”たちに代々受け継がれし戦神様のお姿じゃ!」

恍惚と語る村長の瞳に、もはやクルドの姿は映っていない。


数年前、クルドはブロックとの訓練中、ブロックに短槍を強く弾かれたことがある。

普段なら、よくある訓練風景だったが、運が悪いことにクルドが繰り出した一突きはクルド渾身の一撃だったため、ブロックも鉄拳で受け止めきれず、弾き飛ばすのが精いっぱいだった。

短槍は勢いを殺さず、まっすぐ茂みの方へ向かった。

地面に突き刺さったところを拾いに行けばいいと誰もが思ったとき、茂みの中から数人の子供たちの悲鳴が上がった。

好奇心旺盛な遊び盛りの子供たちが、隠れて“リディアの戦士”の訓練を『見学』に来ている事は知っていたが、まさかすぐ近くの茂みの中にいるとは思わなかった。

クルドや他の“リディアの戦士”たちも駆け出したが、間に合わない。

訓練用の短槍は刃先が潰れているが、勢いがあれば簡単に子供の体を貫くことができる。

どんなに脚力の強いクルドでも、放たれた短槍に追いつける訳もなかった。


――間に合わない。


ほとんどの“リディアの戦士”たちが半ば諦め速度を緩めた時、一人の少年が茂みから飛び出し、身構えた。年端もいかない幼児が、“リディアの戦士”がするように腰を落とし、利き足を後ろに下げる態勢をした。

見よう見真似だけの型だったが、少年は硬く唇を閉じたまま向かってくる短槍を睨みつけていた。

短槍が少年を貫く。

誰もが思った瞬間、少年の身体から紫紺色の光が溢れ、少年を守るように包み込むと、光りは人の形に成り掛けた状態で、短槍の柄を叩き折った。

目を疑う光景であった。

紫紺色の光はすぐに霧散し、少年は気を失い倒れた。

クルドはすぐに駆け寄り、抱き上げると、少年は本当に疲れて気を失っているだけで、身体や命には別状はなさそうだ。

他の“リディアの戦士”たちも駆け寄り、少年の事で議論をするために、訓練を打ち止めて村長の家へと向かった。

本当は少年も連れて行きたかったが、あまり公にはしたくなかったので、周りにいた友人に預けて帰らせた。

議論はその日の深夜まで続き、結果、その少年が大人になった時、新たな“リディアの戦士”として向かい入れる事になった。“リディアの戦士”は交代制で、五人しかなれない決まりがある。今の“リディアの戦士”の最年長は二十七の男だったので、その男が四十になった時に交代になるだろうと誰もが思っていた。

しかし、クルドが足を失った事が原因で早急に新たな“リディアの戦士”を向かい入れなければならなくなった。クルドは何度も、あの時の少年には早過ぎる。別の人間を入れるべきだと進言しても、他の“リディアの戦士”や村長はもう一度、あの力を見たいと言って聞かなかった。

強大な力を前にすると、人は不思議と自制が利かなくなる生き物だ。そして、その力を自分で自由自在に操れれば、もっと心地の良い快感が生まれるだろう。それができなくても、従順なる“リディアの戦士”に育ててしまえば、こちらが頼むだけで向こうが勝手に戦い、自分の思うがままに、その力を操れることができると、野心に満ちた瞳が語っていた。

クルドは誰よりも早く、少年の師を自分にと村長に頼み込んだ。最初は皆、不満そうにしていたが、クルドの「俺が指導すれば、皆の訓練の妨げにもならないし、効率がいいだろう。」との言葉に、不承不承だったが、何とか同意してくれた。

もちろん、これは嘘ではない。

訓練のできないクルドが教えれば、他の“リディアの戦士”たちの訓練時間を割くこともないし、クルドの抜けた穴を埋めてもらう為に入るのだとすれば、クルドから見た皆の動きを教えておいた方がいいと思ったからだ。


(まさか今、干ばつが起こるとはな……)


タイミングが悪すぎる。顔を上げて村長の顔を見遣ると、まだ意識を手放した状態にある。

クルドは膝に爪を立て、腹の奥底から込み上げてくる激情を、無理やり押し込めて顎をほんの僅かに上げ村長を睨上げた。

「クウトに、あの力は使いこなす事はまだできません。このまま戦場で戦ったとしても、村長の望む結果にはならないでしょう」

言いたい事は言った。村長は自分の世界から、現実の世界に意識を戻し、深く溜息を吐き出し、肩を落とした。

「やはり、駄目じゃったか」

落胆の色を隠そうともしない村長に、クルドが押し込めていた黒い感情は、勢いを強めて喉元まで上がってきた。だが、ここで負けては今までのクルドの想いが無駄になってしまう。

クルドは冷徹な仮面を付けて、声質も押さえた。

「明後日までにどうこうできる問題ではありません」

事実でクルドの思惑を覆い隠す。

「あの子には、期待していたんじゃがなぁ……」

「それは、……私も同じです」

ならば、初めから彼の身体が成長し切るまで待てば良かったものを。村長の強い好奇心と、他の“リディアの戦士”たちの陰謀、そしてクルド自身の引退。様々な偶然が重なり生まれてしまった彼の運命。そのきっかけを作ってしまったのがクルドならば……。

「しかし、弱き者には価値はありません」

間違いは『正さなければ』いけない。

「クウトは、“リディアの戦士”としては戦えませんよ」

部屋の中に沈黙が訪れる。普段、聞こえてくる虫たちの声も今では遠く、チリチリと耳の奥に空気の擦れる音だけが入り、時間だけが無為に過ぎていく。

部屋の隅に立てられているランプの炎の揺らめきがなければ、時が止まってしまっているような感覚に陥ってしまったかもしれない。

村長の深い溜息が大気を震わせて、部屋に音を齎した。

「だがな、クルドよ。今から新たな“リディアの戦士”を選考する事はできぬ。その事は分かっておるな」

「…………はい」


“リディアの戦士”の選考は村人たちの実績と、神からのお告げによって定められている。実績の方はすぐにでも調べられる事ができるが、神からのお告げは満月の夜と決まっており、雨神様の儀も同じ満月の夜に執り行われる慣わしだ。なんでも、月はこの世と神の世を繋ぐ扉といわれているため、満月の夜にしか神に関連する儀式はできないと言われている。

雨神様の儀と、“リディアの戦士”選定の交信。どちらを優先して行われなければいけないことかなど、一目瞭然だ。

「ならば、今回の戦いは神の御意思と考え、そなたも明日一日を使い、クウトに“リディアの戦士”としてのありかたを……」

「村長! 村長はいるか!」

乱暴に扉が叩かれ、男の野太い声が家の奥にある、この部屋にまで達した。入り口の方で、村長の奥さんが丁寧な対応を取ったが、焼け石に水のようだ。

クルドは村長と目を合わせて、部屋境の布を捲り、来客の男を見遣った。

「! ブロック」

「クルド。……せめて名前で言えや」

名前が出てこなかったとは言えず、押し黙るクルドを横にどかし、村長がブロックの前に現れる。

「どうした。そんなに慌てて……」

落ち着いて話そうと、村長が言いかけた瞬間、ブロックは剣幕を濃くし、がなり声を上げた。

「あの餓鬼がとんでもねえ事やりやがった!」

ブロックの言葉は、クルドに千の針を心の臓器を打ち込むほどの威力があった。

村長は信じられないと、首を振り壁に手を付ける。

「ま、そ、それは誠か?」

「ああ、たまたま通りかかったナリアが聞いていたらしい」

ナリアは“リディアの戦士”の中でも好奇心が大盛で、尚且つ情報収集が得意だ。その耳は一里先の小声でも聞き漏らす事がないと言われている。噂の真偽の方は分からないが、強ち誇張とも言えないほど、彼は様々な情報をその頭に隠し持ち、また信憑性の高さからも村人の人気が上々だ。

村長は落胆の溜息を吐き出して目を閉じて、開く。

「雨神様の儀は、明日の夜に行う。罪人たる“リディアの戦士”はその間、村の牢にて監禁状態とする」

ブロックは喜々として、恭しく手を腹部に当て「仰せのままに!」と、言葉を残して、村長の家を後にした。

クルドは闇夜に解けて消える同胞を見送るだけで動こうとはしない。否、動けなかった。脳が、情報の伝達を拒否し金縛りにでもなったかのように、指一つ動かせなかった。

ふいに、肩に温もりが添えられる。

「お前は、罪人の監視を頼む」

村長の手の平から伝わる熱で、クルドはようやく村長の言葉を現実のものとし、受け入れられる事ができた。

「……了解、しました」

従うしかない。

それが掟だから。

クルドは村長の家を後にし、枯れて細くなった林の中で立ち止まり、無数に光り輝く星々を見上げた。

「どうして、道を踏み外した。クウト」

 ブロックから告げられた言葉が今でも信じられなかった。


『クウトが勝敗を金で買おうとした』


 クルドは目を閉じ、がむしゃらになりながらも、自分に向かってくる少年の事を思い浮かべては、小さな雫を地面に落とした。



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