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欠けた月が太陽の代わりに登った頃、話し合いは終わった。すでに夜は更けているが、月明かりのお陰で道には問題ないのでクウトは帰路に着かなくてはいけない。
だが、頭では分かっているものの、身体は動いてくれない。身体はいつもどう動かしているのか、頭で命令すれば、ちゃんと動いてくれるものなのか。くだらない事ばかりを考えては時間だけが過ぎでいく。
昼間の熱帯感が嘘のように、涼しげな風が北から南へと吹いては、クウトの前髪を揺らして終わる。
全部、悪い悪夢だと言って欲しい。
友人が病に伏せた事も、妹が雨神様の伴侶候補として選ばれた事も、全部なかったことにしてほしい。
これは単なる子供のクウトが見ている悪い夢で、目が覚めると昔のような日常が送れるはずだ。朝日が昇るころにサラに起こさっれ、まだ青々とした葉を多く残す森で、ザギと笑って走り合い、大人たちには内緒で滝に登り、昼食を食べて、大人たちの手伝いをする。
「……そんなの、そっちの方が夢なんだよな」
クウトの左手には、家族に認められた証が巻かれている。これがある限りクウトは大人で、今日あったことも現実でしかない。
深く息を吐き出してから空を見上げる。遠い星々がクウトを見下ろしていた。手を伸ばしても掴む事はできない。
当たり前の事だ。
「でも、まだ希望はあるんだよね」
ザギの事にしても、サラの事にしても、どちらもまだ望みはある。絶望的な状況ではない。
クウトは伸ばしていた手を降ろし、手を握ったり開いたりしてみた。伸ばされる筋肉と、骨が擦れる音が耳に届く。身体の五感が、クウトのものに戻ってきてくれた。
クウトは走り出した。
雨神様の伴侶を決める儀式まで後、二日はある。その間に、クウトは己のできる限りの事をすると、決めた。