08 盗まれた首輪
「体育の授業疲れたねー」
「よく言うよ。私ら見てただけじゃん」
「学校終わったらケーキ食べに行かない? 新しい店見つけたんだ」
「スイーツかぁ。ちょっち体重が気になるからパスかな」
わいわいがやがや
体育の授業が終わってティナ達が教室に戻ってくる。
――カチリ
ミモザ委員長がドアのカギを開け、女学生たちは着替えのために教室に入る。
体育の時間の教室の施錠は委員長によって行われ、カギは体育の先生が厳重に管理しているのだ。
「あら? 首輪が無くなっているわね」
体育の授業前、休み時間に外したはずの首輪が机の上からなくなっている。
一応机の中も確認してみるが、首輪らしきものは見当たらない。
「どうしたんですかお嬢様。何か悪いものでも食べたんですか」
しゃがんで机の中を見ているティナをのぞき込むリーズ。
まさか本当に腹が痛いとは思ってもいないだろう。
「あらリーズ。わたくしの首輪知らないかしら」
そのリーズを見上げるティナ。
「お嬢様、本当に机の上に置いたんですか? 別の場所に置いたとか」
リーズが見ても机の上には首輪が無い。
綺麗にたたまれたティナの制服が置いてあるだけだ。
「確かに机の上に置きましたわ。あなたも見ていたじゃない」
机の中を見終えてティナが立ち上がる。
「外した時のことは覚えてるんですが、その後はすいません、あまり覚えてなくて」
「皆さん、自分の持ち物で盗まれたものはありませんでして?」
クラス内に問いかける。
ざわめきながら、各々が自分の持ち物を確認する。
どうやら首輪以外に盗まれたものは無いようだった。
「金銭目当てではなさそうね」
財布などの貴重品については、授業中は体育の先生により厳重に管理されている。
そのため、金銭目的でわざわざ金目のものが無い教室に入るとは考えにくい。
「帰ってきたときに鍵はかかっていたから、鍵をかける前の犯行かしら」
ティナが着替え終わり教室を出た後、最後に委員長がカギをかけて教室を後にしたはず。
「クリスティーナ様、ここ開いてます……」
廊下側の窓際の席の女学生が、ガラス戸を左右に動かす。
「窓に鍵かけてなかったの!?」
「いえ、鍵はかけていましたけど、ガラスが……」
「本当ね。ガラスが割れているわ」
割られた範囲は狭く、鍵の近くの部分だけが割れている。
そこから手を入れて鍵を開けたことが考えられる。
「外からの侵入には間違いないと思うけど……」
ガラスの破片は教室内に落ちている。外側から割らないとこうはならない。
内部の者が偽装のために外から割ったことも考えられるため、内部犯の線も捨てきれない。
「……推理をしている場合ではないわね。これで調べましょう」
ティナが何かを取り出す。
どこにしまっていたのか、その物体は薄い板にアンテナのような突起物が一つ付いており、板には目盛のようなものが書かれている。
「それは? なにやらマジックアイテムのようですが」
珍しい魔法具に興味津々のリーズ。
「首輪追跡装置よ。主の目を盗んで逃げだした場合に見つけるための装置ね」
「そ、そんなものがあるんですね。お金持ちって怖い」
予想を超えた使い道に、リーズの表情が引きつる。
「スイッチオン」
装置の中央の目盛が書かれている部分に光の点が映し出される。
この点が首輪のありかということだろう。
「学院の外に数か所、学院の内に2箇所。どれかはわからないわね」
思った以上に点が存在する。
この首輪、それだけ広まっているということなんだろうか。
「ちょっと貸してもらえますか。確か設定があったような」
「あら、この装置のこと知らないんじゃなかったの?」
「えっ、ああ、前に似たような道具を触ったことがあったので、同じかなーと」
ティナから視線を外すリーズ。
「あれ、学院内の点が一つ消えたわね」
そうこうしているうちに、学院内で2つ示していた点が1つになる。
「故障かもしれませんね。素人にはわかりにくいかもしれませんのでちょっと貸して欲しいです」
魔法具士として興味があるのか、ティナの持っている装置をしきりに触りたがるリーズ。
「これをこうして……」
半ば無理矢理奪い取ってリーズが装置をいじくる。
――ぼんっ
装置が音を立てて煙を吐く。
「……。点が全部消えましたけど」
リーズを睨むティナ。
「あれ、おかしいですね」
ポチポチポチとスイッチを連打する。
「……」
道端のごみくずを見るような感情の無い冷たい目。
「す、すいません。必ず直しますから」
ペコペコと頭を何度も下げ、平謝りするリーズ。
「で、直りそうなの?」
「ちょっと時間がかかるかもしれません」
焦げた跡を見る。物理的なものだけに修復は難しそうだ。
「学院内にまだ犯人が潜んでいるかもしれないし、待ってられないわ。うろ覚えだけど点の大体の位置は覚えてるし、その場所を探しに行きますわ」
「わかりました。じゃあ私はここで直してますので」
「だめよリーズ。あなたも行くのよ」
「え゛っ」
変な声を上げるリーズ。
まさか捜索に駆り出されるとは思いもしなかったということだろうか。
「ちょうど今日は学院の授業はこれでおしまいですし」
「これ直さないと……」
「それに、授業がおしまいということは生徒の帰宅に合わせて犯人が学院の外に逃げる可能性もありますわ」
「ですが、私もこの後用事が……」
「盗まれた首輪が誰かにつけられていたら外せないとだめでしょ」
「わかりました……」
たたみかけるティナの発言に、とうとうリーズが折れた。
「委員長、あなたはこのことを先生に伝えて頂戴」
もちろん大人たちへの協力依頼も忘れてはならない。
「わかりました。お気をつけて」
・
・
・
「ラック、行くわよ」
「ひゃうっ」
急に話しかけられたのでびっくりしたラック。
尻尾が天を向いてそそり立ち、耳としっぽの毛は逆立っている。
ティナが着替え終わるまで階段で放置されていたところ、飾られている美術品に夢中になっていたようだ。
どうやら学生の作品のようだが、3つの突起の先に丸い球が付いていてそれが動くようで、その動きに心を奪われていたようだ。
「あ、きがえおわった、おわってない」
ラックがティナの姿を確認するが、まだ体操着姿のままのティナとリーズ。
「首輪が盗まれたから急いで探しに行くわよ」
両手を腰に当て、ラックに事情を説明する。
「すぐ?」
名残惜しそうに美術品を見る。
「すぐよ」
「わかった。ついていく」
心を決めて頷くラック。
だが耳としっぽは力なく垂れている。
「それで、どこから探しに行くんですか。私たち場所見てないですけど」
ティナに振り回されるのは仕方がないとして、せめてもの説明を求めるリーズ。
「まずは学院内よ」
いくつか表示された光の点の中から学院内を選んだティナ。
「もしかして犯人はもう学院外に逃げてしまったかもしれませんよ、私とラックさんは外を探します」
「だめよ」
「だめって、どうしてですか。手分けしたほうが効率がいいじゃないですか。私とラックさんが一緒で効率が悪ければ私一人で探しに行きますし」
腑に落ちない回答に食ってかかる。
「まず、犯人と首輪は学院内にあると思って間違いないわ」
「どうしてですか?」
「あの首輪、かなりの魔力を秘めたマジックアイテムなのよ。学院に結界が張ってあるのはご存知のとおり。特別に許可して入退できるようにしてもらってるから、無理やり持ち出そうとすれば警報が鳴るはずよ」
「なるほど、そうでしたか……」
リーズは考え込む。
「それにあなた。むやみに学院の外に出て、どこから探すおつもりなのかしら。マフラスの中とはいえ広すぎるわよ。闇雲に探す気?」
「そう言われると……そのとおりです」
提案してみたものの、考えはなかったようだ。
「そういう理由で、学院内よ。とりあえず消えなかったほうの点を探すわよ」
「どこら辺なんですか?」
「今は映らないけど、校舎の端っこ辺りだったはず」
手に持った装置を上下に振ってみるが、反応はない。
オルサリィ学院の校舎はT字型をしている。
現在地は2階の端の階段。
Tの字の形で表すと、一番下の部分にあたる。
Tの字の左側が、先ほどラックとアマ子が死闘を繰り広げた運動場側だ。
「だいたいあそこらへんかしら」
半階下に階段を下りたところで、運動場側の窓から外を眺める。
運動場と、視線の右端にT字型の校舎の先端部分が見える。
ティナの指はそこを指している。
T字型の左上の部分、そこがかろうじて窓から見える。
ちなみに3階は屋上で、そこから学院に時間を告げる鐘の塔に行くことができる。
「あれ、怪しい人影が」
遠くてぼんやりとしか見えない校舎の端に人影を見たと言うティナ。
「遠くて見えないですね。このマジックアイテム遠視の眼鏡なら」
と、掛けた眼鏡の機能を自慢気に説明しているうちに人影は消えてしまった。
「とりあえず行ってみるわよ」
・
・
・
「ここらあたりで人影が消えたのよね。たしか点の位置もこの辺り……」
先ほどティナが指さした、T字型校舎のTの字の上の一番左部分。
ここの傍には校門があり、そこに面する形で警備員室がある。
「警備員さんごきげんよう」
「これはこれはクリスティーナお嬢様。ごきげんよう」
初老に差し掛かろうとする頃合いの警備員が挨拶をする。
「今日わたくしが持ち込んだ首輪、誰がが外に持ち出したりしてませんわよね」
「ああ、あの首輪ね。ちょっとまってくださいね」
なにやら警備員室内の紙をペラペラめくる。
「まだ出てないですね。それに警報の設定も解除されてないですね」
「そう。ありがとう。あと、先ほどこの辺に怪しい人影が見えたんですけど、心当たりはありませんこと」
「ふーむ。ずっと見てるけど、明らかに怪しい人はいなかったですね。何人かはここを通って校舎内に入っていったけど」
警備員室の隣は教職員及び来客用の出入り口になっている。
警備員の目を盗んでここを出入りするのは難しい。
「そうですか。ちょっと探し物をしてるので、ここを通してもらいますわ。よくって?」
「よくはないんですが、お嬢様の頼みです。今回だけですよ」
「ありがとうおじさま」
優雅な所作の礼をこなすティナ。
「二人とも、さあいくわよ」
・
・
再び校舎内に入る。
T字型校舎の左上から右上にかけての列は、学生たちはあまり通ることはない。
学院を裏から支えるために必要な人や仕事の部屋が多いためだ。
「私ここ通ったの初めてです」
珍しそうにリーズが辺りを見回す。
ラックはというと、先ほどこっそり警備員さんにもらった飴をなめている。
校舎内には特に興味はないようだ。
「さてと、大まかな位置はこの辺のはずだけど……」
大まかな位置はわかれど、このあたりにもいくつか部屋がある。
端から、先ほどの警備員室、宿直室、事務室……。
――ぶーっ、ぶーっ
「わっ、何、急に震えだしたわ」
ティナが手に持っていた装置が震えだす。
「もしかして首輪が近いってことでしょうか」
警備員室を過ぎ、宿直室に差し掛かったところで急に震えだした。
「完全に壊れたわけじゃないのね」
焦げた装置を眺める。
少しすると震えは止まってしまった。
「震えが止まったわ。完全に壊れたのかしら」
装置を振ってみる。
先ほどの震えが嘘のように、ピクリとも動かない。
「ちょっと貸してください。見てみたいです」
「嫌よ。あなたそう言ってさっき壊したでしょ。前科者なんだから自重しなさい」
「ぐっ、そ、そのとおりですが」
ぐうの音もでない。
「まあでも、ここにあるに違いないわ」
止まったとはいえ、装置が震えたという証拠がある。
3人は宿直室のドアに目をやる。
宿直室は教員が夜間に泊まり込みで勤務し、有事の際に対応するための部屋だ。
「中に人の気配があるわね。一気に突入して確保しますわよ」
「らじゃー」
右手を握り親指を立て返事を返すリーズ。
ドアの左右に2人がしゃがんでスタンバる。
左がリーズ、右がラックだ。
リーズが音を立てずに扉の少し開く。
そして親指を立てて準備が完了した合図を出す。
――ばーん
ティナがドアを蹴り開ける。
同時に左右の二人が宿直室に侵入する。
「大人しくしなさい。御用改めですわ」
声を上げてティナが部屋に踏み込む。
「うわっ、なんだ、ブルマ?」
そこには、首輪を手に持った挙動不審な男と、服装がみだれた女学生がいた。
「ふ、不潔よ……。ラック、やってしまいなさい」
顔を赤らめプルプル小刻みに震えながら、不審な男を指さすティナ。
「え、え?」
リーズの真似をして部屋に入っただけであり、この状況を呑み込めていないラック。
「不潔です。ラックさん、敵です敵。あれは敵」
かけた眼鏡をくいっくいっと手で上げながら、男に対して言葉を吐き捨てるリーズ。
「わ、わかった」
よくわからないが、二人から言われたので、男に向かってとびかかった。
数分後
ラックによってボコボコにされた男が伸びて動かなくなる。
『スキル:手加減攻撃Lv1を取得しました。スキルレベルが上昇するほど基礎攻撃力にマイナス補正をかけて攻撃できます。』
「成敗、ですわね」
右手で自分の髪をふぁさっとかきあげる。
「さあ、あなた。もう大丈夫よ、悪漢は退治したわ」
靴を脱ぎ、一段上の宿直室の床に上がる。
そして乱れた服装の女学生の視線と合わせるように、しゃがみ込んだ。
「あ、あ、あ」
恐怖で声が出ないようだ。
表情も硬い。
無理もない。安全なはずの学院内で悪漢に襲われる直前だったのだ。
「落ち着いてください。私たちは怪しいものではありません」
こちらを警戒した目で見ている女学生の信頼を得ないと話が始まらない。
リーズも靴を脱いで宿直室の床に上がり込む。
ラックは……、上履きのまま男を退治していた。
「あ、あ……」
ようやく女学生が口を開いてくれそうだ。
「な、なんで先生を……」
「先生?」
ティナとリーズが顔を見合わせる。
「う、うう」
ぼこられた男、女学生曰く先生の意識が戻る。
・
・
「なんでいきなり襲われたんでしょうか」
意識を取り戻したあと正座させられている先生。
そしてその前で、胸のところで腕を組み仁王立ちしているティナ。
ラックとリーズはその横で状況を見守っている。
「わたくしたちは盗まれた服従の首輪を探してここにきましたの。そしたらあなたが首輪を持ってて、そこの女学生を手籠めにしようとしてたので誅殺したまでですわ」
「そ、それは誤解です」
冷たい目をしたティナを見上げる先生。
「五階も六階もないわよ。手に持った首輪と、服がはだけた女子。 どう見ても悪でしょ。先生だからって許されるわけないわ。社会的にも抹殺されてしかるべきよ」
煮え切らない態度にいら立つ様子のティナ。
「せ、先生は悪くないんです、私が悪いんです。私の召喚したケルちゃんが……」
恐る恐る口を開いた女学生。
まだ混乱しているようで、話が的を射ない。
「ケルちゃん?」
話の内容がわからず首をかしげるティナ。
「そうなんです。僕は彼女から相談を受けたんです。彼女の召喚したケルベロスが言うことを聞かなくてとても困っていると。それで服従の首輪の話しをしたところ、彼女が嬉しさのあまり舞い上がってしまい、すぐにでもケルベロスを召喚しようと、この場所で召喚服に着替えようとして制服を脱ぎだしたから、こちらも慌ててしまい……。そこに君たちが入ってきたんだ」
先生の説明補足。
話を聞く限り不可抗力のようだ。
「私の不注意で誤解を与えて申し訳ありませんでした」
女学生からも謝罪が入る。
「事情はわかりましたけど、じゃあその首輪は先生、あなたのものなんですの?」
正座した先生の横に置かれた服従の首輪。
「ああ、これは僕のではなく学院の備品です。宿直の際に護身用として持ち歩くためのものなんだ」
先生の話によると、不審者の制圧に利用するとのこと。
仮に相手に奪われたとしても、教員には効果が無いらしいので安心らしい。
「確かに、わたくしの首輪とは色と模様が少し違いますわね」
備品の首輪を手に取りまじまじと見る。
「それに、シリアル番号も違うわね」
「まさか、一つ一つにシリアル番号がついているんですか?」
リーズが驚く。
「驚くことないわよ。これだけ強力なマジックアイテムなのよ。その出どころと責任の所在は明確であって当然よ」
「あの……」
正座させられたままの先生が申し訳なさそうに発言する。
「ええ、あなたの身の潔白は証明されましたわ。以後は教員として誤解を与えない立ち振る舞いを常々お忘れなく」
「はい! ありがとうございました」
先生が生徒であるはずのティナに頭を垂れる。
それに合わせて女学生も頭を下げる。
「これにて一件落着よ!」
高らかに宣言したが、首輪を探すという根本的な問題は何も解決していないのであった。




