05 お嬢様のストレス解消
街の中心部は小高い丘のようになっており、そこは貴族が住む貴族街となっている。
丘の麓には古くに作られたと思われる壁が建っている。
遥か昔、まだ街がこの丘の上だけだったころの名残だ。
丘の麓から貴族街に入ると整然とした街並みが迎えてくれる。
どの家も豪華な装飾が施された歴史的な建造物である。
整然とした街並みを通り過ぎ、さらに丘の上に向かう。
ここら辺から綺麗に手入れされた庭、噴水なども見え始める。
その中でも一際広大な敷地の中に、周りとは一線を画す大きな屋敷がある。
大貴族エヴァード家の屋敷だ。
広い庭には美しい花が咲き、丁寧に刈り込まれた葉とコントラストを成している。
手入れの行き届いた一面緑の芝生を抜けるとようやく屋敷の入口にお目にかかることができる。
屋敷の入口前にいたメイドが扉を開き、二人は屋敷の中に足を踏み入れた。
「じい、帰ったわよ」
「お帰りなさいませお嬢様」
ずらりと並んでお辞儀をしているメイド達。
その先頭に陣取ったひげの老紳士が恭しく礼をする。
「そちらのお方は?」
お世辞にも身分が高い恰好をしてはいないラック。
それに加えてずっと外にいたのか、かなり薄汚れている。
地面に引きずられもしたし。
「ラックよ。わたくしに従うように教育するわ」
「承知いたしました。ラック様、私は執事を務めております、セバスチャン=Gと申します。何かお困りの際はお声かけ下さいませ」
「むりやりつれてこられた。こまってる」
ラックが訴える。
「ラック。合意の上よね。無理矢理じゃないでしょ」
低く静かな声。ラックに顔を近づけ、しっかりとラックの目を見る。
すでに躾が始まっているのだろうか。
「うう……」
何やら圧倒的な力を感じたのか、それ以上は何も言わない。
「ともあれラック様、よろしくお願い致します」
礼をして挨拶を締めくくる。
「早速だけれど、じい。あれを用意しなさい」
「承知しました。お部屋までお届けいたします」
さすがは執事。一言でティナの希望を汲み取る。
「さあラック行くわよ」
「お嬢様お待ちください。まずはラック様に湯浴みいただく方がよろしいのでは。その間に例のものを用意いたしますので」
「そう言われるとそうね」
ティナが改めてラックを見る。
上から下まで視線を這わせた後、うんうんと2回頷いた。
「ゆあみ?」
「お湯で体をきれいに洗うのよ」
「!?」
びくっと震えるラック。
「水きらいー」
その場から逃げ去るラック。
「ラック! お待ちなさい。わたくしとの約束を破るのですか?」
「水浴びは約束してないー」
声が次第に遠ざかっていく。
「じい」
「はい」
返事と共に G の姿がその場から消える。
そして次にその姿が現れたのは逃げていたラックの所。
「ラック様、申し訳ございません」
ラックの首に手刀を叩き込む。
「きゅう」
気を失うラック。
「ではお嬢様。ラック様をきれいにしたのち、お部屋までお連れいたします」
「頼んだわよ」
ティナは数人のメイドと共に自室へと向かった。
「さて、私も多忙の身」
整った髭に手を当てる G 。
「A、B、舞踏メイドのあなた方にお任せします」
G がメイド二人の名前を呼ぶ。
「畏まりました、 G 様」
「行って参ります」
舞踏メイドとはエヴァード家につかえるメイドの中でも、騎士級の戦闘力を備えたメイドのことだ。
先ほどのラックの様子を見て、通常のメイドでは手に余るとの判断だろう。
「お客人です、丁重に頼みますよ」
「了解しました。行きますよB」
Aと呼ばれたメイドが、気絶したラックを軽々と持ち上げお姫様抱っこする。
「あ、いいな。今度私にもお姫様抱っこしてよ」
「真面目にやりなさい」
「と言いつつ、後で楽しむんだろ。にひひひ」
B が茶々を入れる。
「おほん」
G が咳払いする。
――ぴゅー
二人は速足で屋敷の奥に消えていった。
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風呂上りのラック。体からは、ほこほこと湯気が立っている。
今まで着ていた服は洗濯ついでに繕ってもらっている。
今は借り物のシャツとズボンを着ている。
「てな、ふろってすごい!」
あれだけ水を嫌っていたラックが。
「ひろくて、みずがばーってでてね!」
腕を広げて広さを伝えようとしているラック。
エヴァード家の大浴場は比類なき豪華さだったようだ。
「そうでしょう、そうでしょう」
自慢げなティナ。
――コンコン
ノックの音が聞こえる。
「入りなさい」
――ガチャリ
「失礼しますお嬢様。あれをお持ちしました」
G が例の物を持ってくる。
それは宝箱に入っているようだ。
G が両手で抱えるくらいの大きさの宝箱。
手渡しはできないため、部屋の床に置く。
「ありがとうじい」
「それでは失礼致します」
G が礼をして部屋を去る。
「てな、なにこれ。ごちそう?」
ラックが宝箱の中身に興味を抱く。
「残念でした。さてなんでしょう」
ガチャリと宝箱を開ける。
鍵はかかっていないようだ。
「さあラック、これを着けるのよ」
取り出したる輪っか状のもの。
どうやら金属で出来ているようだ。手触りは良さそう。
「これなに?」
「いいから着ける」
疑って渋るラックの首に無理やり取り付けるティナ。
「よし、これで準備完了。これは服従の首輪よ。これでわたくしには絶対服従よ」
「ぜったいふくじゅう?」
「説明するよりもやってみたほうが早いわ」
「さあラック、肩を揉むのよ」
「わわ、なに、体が勝手に」
椅子に座るティナの後ろに回り込み、ティナの肩を揉み始めるラック。
「どうラック、これが絶対服従よ。わたくしの言うことには逆らえないわ」
「ひどいー」
口は動けど、手はティナの肩を揉み続けている。
「あぁ、気持ちいい。ちなみに、つけられた本人は自分の意思では首輪を外すことはできないわ」
さらりと凶悪なアイテムであることを告げる。
「さあ、次は足を揉むのよ」
ティナがすらっとした足を伸ばす。
「まえあしがかってにうごくー」
肩を揉んでいたラックの両手が引っ張られるかのように、ティナの足に向かう。
そしてティナの前に跪き、その足を揉むラック。
太ももから足の裏まで念入りに揉まされる。
「これだけじゃ本当に服従しているかわからないわね。男だったら私のパーフェクトボディをおさわりしたいのも当然だし」
先ほどとは逆の足をラックに揉ませたまま思考に耽る。
「よし、外に行くわよ」
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屋敷の庭に連れ出されたラック。
「さあラック、肩車よ」
「すかーとでまえがみえない。それにおもい……」
お怒りになったティナに頭をしこたま叩かれたラック。
「さあラック、バンジージャンプよ」
紐をくくりつけられて、崖からバンジーするラック。
屋敷の裏手は崖になっているのだ。
「さあラック、あんたは鳥よ!」
両手に大きな翼を付けられて、屋根から飛ぶように言われるラック。
もちろん飛べなかったが、着地は成功した。
だって猫だから。
『空中回転のレベルが3から4に上がりました。』
幸か不幸か、スキルのレベルが上がったようである。
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3時間後
「はあ、遊んだ遊んだ」
満足な様子のティナ。
そして、無茶な指示をすべて実行し、へとへとになっているラック。
「あら、どうしたのラック、そんなに死にそうな顔して」
「てなひどい。いぬ。ねこごろし」
地面にうつぶせになったまま顔だけティナに向けたラック。
恨めしそうにジト目で睨む。
「あ、あれ、楽しかったわよね?」
「……」
無言で睨み続けるラック。
「 そ、そろそろはずしてあげるわ」
さすがに可哀そうになったようだ。
「あれ、取れないわね」
首輪をぐいぐい引っ張る。
「く、くるしい……」
ラックの首がしまる。
「……とりあえずじいの所に行きましょう」
泡を吹いてぐったりしたラック。
その様子を見てティナはそう呟いた。
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「じい、首輪を外してほしいのだけれど」
屋敷内でメイドに指示をだしている G を見つけた二人。
「さて、私はその方法は存じ上げませんが」
G はラックの首元をのぞき込む。
「ラック、残念ね。外せないわ」
「ひどい……」
「私は存じ上げませんが、奥様ならあるいは」
「そ、そうよ、お母様は?」
「残念ながら、奥様は商談で1週間はお戻りになりません」
「そうだったわ……。ラック、残念ね。1週間後ですって」
「いやだー、ずっとこのままはいやー。しんじゃう」
ラックが嫌がる。身振り手振りで必死さを訴える。
「お嬢様、学園に行かれては」
ラックの様子を見かねた G が提案する。
「そうね……。どうせ明日学園に行くわ」
腕を組んで何かを思案する様子のティナ。
「じい、ラックに部屋を」
「畏まりました」
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G に連れられてラックは屋敷内を移動する。
途中、廊下には色鮮やかな陶器や美しい絵画などがかけられていたが、落ち込み加減のラックの興味は引かなかった。
たぶん元気な状態でも興味は無いであろうが。
「ラック様、どうかお嬢様をお嫌いにならないでください」
「でも、ひどいことされた」
「お嬢様があんなに笑顔で人と接するのは本当にめずらしいのです。ラック様のことをとても気に入られたのでしょう」
「むー」
ラックは腑に落ちない様子。
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翌朝
あてがわれた部屋のふかふかなベッドで眠りについているラック。
――バーン
ドアを勢いよく開け、ティナがラックの部屋に入ってくる。
「ラック起きなさい」
「な、なに!?」
首輪の魔力で起こされる。
何が起こったのかと辺りをきょろきょろ見回す。
「朝よラック」
腕を組んで仁王立ちするティナの姿を捉えた。
「てな、ひどい……」
朝から酷い目に会うラック。今日は始まったばかりだ。
「学園に行く前に食事を食べなさい。持ってこさせたわ」
ティナに続いてカートを押したメイドが部屋に入ってくる。
カートには朝食が載せられている。
「ごはん!」
ご馳走を見て喜ぶラック。
無理矢理起こされたことについては忘却の彼方だ。
「食べたら行くわよ。わたくしも着替えてきます」
「そうそう、L。ラックにもそれなりの服装をさせるのよ」
「わかりましたお嬢様。お任せください」
L と呼ばれたメイドが答える。
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朝食を終えたラック。
「さあラック様。こちらにお着換えください。お手伝い致します」
用意されたのは紺色のブレザーの学生服。
それにネクタイ。
「ラック様、朝食いかがでしたでしょうか」
「おいしかったー」
シャツの袖に手を通すラック。
L がボタンを留めていく。
「よかったです。実はあれは私とお嬢様とが二人でお作りしました」
ティナが不慣れながらも朝ごはんの用意を手伝ったことを伝える。
「今のお話しは内緒のお話しです。お嬢様からは内緒にして欲しいと言われていますので」
「ばらしたらてなにおこられるよ。てなはこわいから」
「そうですね。ばれたらお嬢様にお仕置きされてしまいます。でも、それでもラック様にはお伝えしたかったのです。お嬢様の優しさを」
「てなこわいし、ひどい。でもごはんくれる……」
眉間にしわを寄せて、複雑な顔をする。
会話をしているうちにラックの着替えが終わる。
「それではラック様失礼いたします。先ほどのお話しをお伝えしたこと、くれぐれもお嬢様には内緒にしてくださいね」
口の前に指を一本立てる仕草をするL。
そして部屋を後にした。
この後または11を読んだ後ぐらいに、外典「メイドHの憂鬱」を読むと一層楽しめると思いますので、ぜひどうぞ。