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猫は異世界転生したことに気づいていない!?  作者: セレンUK
第2話 お嬢様との主従カンケイ
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04 初めてのお嬢様

 ――ぐぅぅぅぅ

 誰かの腹の虫が鳴る。


 ここはマフラスの街。頑丈な城壁に囲まれた城塞都市だ。


「たべ、もの……」

 ふらふらとおぼつかない足取りの少年が見える。

 黒耳、黒しっぽの少年、ラックだ。


「おなか、すいた……」

 どうやら空腹のようだ。

 いったいどれだけの間食べていないのだろうか。


 焦点が定まらない表情で路地裏から大通りに向けて歩いていた。


 街の中央部の貴族街から下った先。

 昔の街並みが残る大通りには庶民の生活の基盤となる朝市が開かれている。

 旧市街である大通りの道幅は街の入口や外側に比べて広く、その広い通りに所狭しと露店が開かれ、食に必要な肉、魚、野菜など多くの食材が売られている。


 空腹で意識がもうろうとしたラックが、大通りの露店を目にする。


「た、たべもの……」

 露店に飾られた売り物を見ているのだろうか。


「たべものー!」

 ものすごいスピードで走りだした。


 そして露店に置いてある魚をつかみ、かぶりつく。


「ん?」

 店主のおやじが露店の端っこで商品にかじりついているラックの姿を目撃する。

「こらーっ!!」

 稲妻のような轟音でおやじが怒鳴る。


 怒鳴り声に驚き、後ろに飛び跳ねるラック。

 耳としっぽの毛が逆立っている。

 ただ、口には魚をくわえたままだ。


「おい、てめえ、まちやがれ!」

 おやじが怒りの形相でラックを追いかける。

 どこから用意したのか、手にはこん棒を持っている。


「!!」

 ラックはその姿に驚き、元々来た路地裏に向かって逃げだした。


 路地裏と言ってもそれほど狭いわけではないが、道を挟んで住居がみっちり並んでいる。

 その様子はまるで壁のように見える。


 そんな道をひたすら逃げるラック。

 魚を口にくわえたまま、両手両足の4本で疾走する。


『跳躍Lv4を使用します。』


 跳躍スキルを使い、一蹴り目で建物の壁の出っ張りに、もう一蹴りで二階の窓に、そして3蹴り目で建物の屋根に。

 ぴょんぴょんぴょんと3ステップで 屋根まで上がったのだ。


 屋根に着地しても逃げるのはやめない。

 ペースを落とさず逃げ続けるラック。

 ただ少し、追ってくる店主のことが気になり振り向いた。

 だが、逃げながらなのでうまくその姿を確認できないようだ。


 ――がんっ


 前を見ていなかったため、屋根と屋根とを繋ぐように設置されていた物干し竿にぶつかった。

 丁度、後頭部をぶつけた形になり、その反動で地面に落下した。


「ぎゃふっ……」

 通常なら一回転でもして上手に地面に着地するところ、予想だにしなかったため、全身を地面に打ち付けた。


 猫でもダメなときはダメである。


「おい、この盗人、ようやく捕まえたぜ」

 ラックはガタイのいい店主に地面に押さえつけられた。


「ううー、たべものー」

 じたばたするも、小さなラックの体格ではどうにもならない。



「これはどういうこと?」

 きれいな透き通った声。


 ラックを押さえつけていた店主が声に反応して顔を上げる。


 押さえつけ現場の少し先、そこでその声の主を発見した。


 声の主が、ラックと店主に近づいてくる。


 金色の長いさらさらの髪をした、赤色ベースのドレスの女の子。

 ラックよりも若干年上だろうか。

 幼さの残る顔立ちだが、年齢の割によく育っている胸がドレスで強調されている。


 その服装や所作から、路地裏というこの場には少女の存在は似つかわしくない。


「これはこれはお嬢様。じつはかくかくしかじかで」

 ここいらでは有名なのだろうか、店主は彼女をお嬢様と呼んだ。


 一通りの説明を受けたお嬢様。


「これを受け取りなさい」

 お嬢様は財布を取り出し、一枚の金貨を店主に渡す。


「お嬢様、これはどういうことですかね?」

 店主の視線が険しくなる。


「あ、あら、少なかったかしら」

 その視線にたじろぐお嬢様。


「そうね、足りない分はお屋敷に取りにいらっしゃい。よくって?」

 腰に手を当て胸を張ってそう言い放つ。


「いいや、 これはさすがに多すぎますぜ。あとで面倒ごとに巻き込まれても困るんで」

 さすがに魚一匹に対して金貨一枚は多すぎると店主が説明する。

 金貨一枚あれば露店の店ごと買える勢いだ。


「あ、ああ、多すぎたのね。いいのよ、この騒動のお詫びと思って受け取りなさい」


「そんなこと言われても……」

 それでも店主は煮え切らない。

 後々、兵士にしょっ引かれるかもしれないことを危惧しているようだ。


「お嬢様ぁ~」

 遠くから女性の声が聞こえる。

 姿からメイドのようだ。二人のメイドが慌てた様子でお嬢様の元に駆け寄ってくる。


「あら、あなたたち、用事は終わったの?」

 お嬢様がメイド達に声をかける。


「お嬢様、勝手に動かれては困ります。何かあったらどうするのですか」

 二人のメイドに挟まれてお嬢様は説教を受ける。


「大丈夫よ。いざという時のためのアイテムも持ってるし」

 どうやらお嬢様にはお説教は堪えていないようだ。


「それはそうと、わたくしは先に屋敷に帰ります。あなたたちは用事を済ませてからお帰りなさい」


「さあ行くわよ」

 地面でのびていたラックの腕を引っ張る。

 おとなしいと思ったら、ラックは気絶していたようだ。

 そのまま片手でラックを引きずっていく。

 ラックの体重はそれなりに軽いが、さすがに女の子の腕力では難しいのではないか。


「お嬢様ぁ~」

 メイドや店主をその場に置いて、お嬢様が去っていく。



「なああんた。お嬢様のメイドなんだろ、こいつをなんとかしてくれよ」

 お嬢様の後ろでメイドが金貨を返されている姿が見える。

 メイドたちが頭をさげている。日常茶飯事なのだろうか。



 さてさて、こちらはラック。

「いたいいたい、ひっぱらないで」

 地面との摩擦の痛みで目を覚ましたようだ。


「それなら自分で歩きなさい」

 ラックを掴んでいた手を放す。


「マジックアイテムを使ってても、さすがに重いわね」

 目立たないが、お嬢様の手に腕輪が身に着けられている。

 装備者の腕力を上げる系統のアイテムだろうか。


「それにほら。これはあげるわ。生臭い」

 いつの間に手に持っていたのだろうか。かじった跡のある魚。

 さきほどラックがかじった魚のようだ。


「ありがとう」

 座り込んだラックがお嬢さまから魚を受け取る。


「泥棒のくせに礼は言えるようね」

「どろぼう?」

「そうよ、あんた売り物の魚を勝手に取って食べたんでしょ」

「さかな、たくさんおちてた」

「それは落ちてたのでは無くってよ」

「おちてない!?」

 しっぽがピンと立つ。ショックを受けたようだ。


「あんた、相当の世間知らずね。どこの田舎者よ。まあいいわ。とにかく、お金を払わずに魚を食べたら、兵士に捕まって帰ってこれないのよ」

 座ったままのラックに顔を近づけるお嬢様。


「うぅ……」

 なんとなく怒られていることを察したラック。

 耳がペタンと垂れる。


「だけど安心していいわ。あんたが泥棒にならないように、わたくしがお金を払ったわ。つまりわたくしがあなたを助けた。助けてもらったらきちんとお礼をしないとだめよね」

 演劇を演じる役者のように、お嬢様は回転して見せ、空に手を伸ばす。


「だから、あんたはわたくしに従いなさい。いいわね」

 そこからまたラックに顔を近づけ、一気に捲し立てる。


「わかった……」

 たぶん分かっていないが、勢いに負けて従うラック


「そうだわ。まだ名乗っていなかったわね。わたくしの名前は、クリスティーナ=アリューシャン=エヴァード。親しい人はティナって呼ぶわ」

 腰に手を当てるポーズで、高らかに名乗りを上げる。


「てな?」

「ティナ」

「てな?」

「もう、わかったわ。てなでいいわ」

「てな!」

「それで、あんたの名前は?」

「らっく。おなまえ」

「そう、ラックね。じゃあラック。わたくしのお屋敷に向かいますわよ」


 こうして、ラックはエヴァード家のお屋敷に向かうことになったのであった。


 魚は道中ラックがおいしくいただきました。


『称号:魅惑の小動物 を取得しました。ステータス補正はありません。』

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