36 一周年記念のお話
このお話は一周年記念のお話となります。
正式な本編のお話ではなく、いつかどこかで起こったパラレルワールド的なお話ですので、時系列とか気にしないでいただけるとありがたいです。
そして、ここまで応援いただきましてありがとうございます!
初夏の陽気が感じられる季節。
ここは王国第2の都市マフラス。
多くの人が行きかう交通の要所であり、多くの人々が住む安らぎの地でもある。
そんな活気にあふれた街の様子も、祝日の今日はいくらか人手は少ない。
家族で祝日を楽しむ人、仕事の疲れを癒す人。
人それぞれが訪れた祝日に心を躍らせていることだろう。
「らっく~、らっく~」
そんな中を一人の少女が歩いていた。
茶色のストレートの髪に赤色のカチューシャ。
青色のワンピースにフリルの付いたエプロンのような装飾が施された服を着こなした少女。
腕には植物の葉で編まれた大き目の手さげカゴをかけている。
その少女の名はフェリス。
かつて森の中で魔獣に襲われている所を、黒耳黒尻尾の少年に助けられたことがある。
「らっく~、らっく~」
少女はあちらへ、こちらへと呼びかけながら、街中を歩いている。
少女の連呼するラックというのが彼女を救った黒耳黒尻尾の獣人族の少年のことだ。
「一体どこにいるのかな……おばあちゃん情報じゃ街中にいるってことなんだけど……この街も広いし」
どうやら当ても無く少年を探しているようだ。
すでに日は昇りきった昼下がり。
さすがに朝からずっと探しているというわけでは無さそうだが、それなりの時間を捜索に費やしているようだ。
「おおーい、ラックー。どこだー」
その少女の歩いている場所から程遠くない場所でラックを探している声がした。
よく通る女性の声だ。
「ラックーいい子だから出てきておくれー」
その女性は冒険者のようだ。赤い鎧を身に着けている。
だが、全身を包むような鎧ではなく、その鎧が守る面積はごく少ない。
まるでビキニの水着のようなその鎧。
そしてその内側に見える褐色の肌はこの女性の自慢なのであろう。
肌面積が多いにも関わらず、マントや外套で覆うことをしていないのだから。
少女と同様にラックを探すこの女性はアニダ。
かつてラックと一緒にキングリザードという強大な魔物を討伐したことがある。
今ではとあるの街の次期領主の婚約者、の家族である。
「ふぅ、いやぁ、さすがに当ても無く探すのは厳しいなぁ」
艶のある束ねた黒髪の元、うなじの辺りには少し汗をかいている。
先ほどの少女と比べてこの女性は、強くなってきた日差しの中を相当な時間探していることが窺える。
「らっく~、らっく~」
「ラックー、ラックー」
ラック少年を探す少女と女性が通りで邂逅を果たす。
「あら? お姉さんもラックを探しているんですか?」
「ああ、キミもかい?」
「そうなんです。この街にいるのは分かってるんだけど、市場のほうにはいなかったし……」
「なるほどね、私も街の外側のほうを探してきたけど見つからなくてさ。
丁度良かった。一緒に探そう。
こういうのは人手が多いほうがいいからね」
「はい!
私はフェリス。フェリス=シルバトリス。
お姉さんのお名前は?」
「私はアニダだ。よろしくな!」
少女と女性がにこやかな笑顔で挨拶を交わす。
さてさてこの後どこを探そうか、というところでまた別の声が聞こえてきた。
「もう、ラックったら、一体どこにいるのかしら」
「お嬢様、もうしばらくお待ちください。目下全力で捜索していますので……」
フリフリの赤色ベースのドレスを着た少女と彼女に付き添うメガネをかけた女性。
こちらの一行もラックを探している様子だが、主である少女はカリカリしている様子だ。
「だけどエース、普通はラックが家に来てしかるべきじゃない?」
「おっしゃるとおりですお嬢様。
しかしお嬢様、少しでも早くラック様に、とおっしゃったのはお嬢様ですが」
「そ、そうだけど、気が変わったのよ」
「そうですか。せっかくここまでお嬢様に足をお運びいただきましたのですが、ここからお屋敷に引き返すとなると、ラック様にお会いできるのはさらに時間がかかると思われますが、よろしいでしょうか」
「うっ、そ、それは困るわね。
もう……ラック、出ていらっしゃい!」
メイドに言いくるめられて仕方なく捜索を再開する少女。
この街では有名な大貴族、エヴァード家の令嬢、クリスティーナ=アリューシャン=エヴァードその人だ。
そしてお付のメイドは騎士級の戦闘力を誇る舞踏メイド。
エースと呼ばれたことからAの文字を与えられたメイドだろう。
「アニダさん、あっちからラックを探す声が聞こえるよ」
「本当だ。人数は多いほうがいいな」
フェリスとアニダは声の主の下へと向かうことにした。
ほどなくして二人はクリスティーナとエースの姿を見つける。
「あの人、確かお金持ちの」
「知っているのかいフェリス?」
「この街では有名なの。アニダさんはこの街の人じゃないの?」
「ああ、私はヴェヌールから来てるからね。
とにかく、協力して探そう。おおーい」
アニダは声を上げ、お嬢様一行に向けて大きく手を振る。
「お嬢様、お知り合いですか?」
遠目でその様子を確認したエースが主に尋ねる。
「いえ、知らないわね。
あんな破廉恥な格好した人なら忘れることは無いもの」
「油断を誘ってお嬢様を襲う刺客かもしれません。ご注意を」
エースはティナの前に出ると、自分の体で主を隠すようにアニダと相対する。
「ありゃ、あちらさん、警戒してるよ」
「お嬢様だからかな? 誘拐とか怖いし」
いまさら踵を返すのも自分たちが不審者だと言っているようなものである。
二人は相手を刺激しないように近づいていく。
「何者です」
お互いが会話の出来る距離まで近づいた所で、エースが二人に問いかける。
「怪しいものじゃない。
私はアニダ。そしてこっちはフェリスだ。
ラックを探す声が聞こえたので一緒に探そうかと思ってね」
「あら、あなた方もラックを探してるの?」
「あ、お嬢様。前に出ては」
エースの体の後ろからひょっこりと首を出すティナ。
「そうなんです。ずっと探してるんだけど、中々見つからなくて」
「あらあなた……確か学院で見かけた気が……」
「はい。最近入学しました。よろしくお願いします」
「後輩という訳ですね。
いいわ。一緒に探しましょう。
まあ、もう少しでウチのメイドが見つけてくると思いますけど」
「ありがとうございます、えと……お嬢様」
高貴な身分なのでどう呼んだらいいのか一瞬ためらった様だ。
「クリスティーナでいいわ。よろしく、フェリスにアニダ」
「おお、よろしく。……だそうだ、その圧を解いてくれるとありがたいんだが」
ティナの横で警戒を続けるエースに向けて、アニダは飄々とそう言った。
私は認めていない、と言いたげな表情のエースだったが、しぶしぶといった感じで警戒を解いた。
「お嬢様、ただいま戻りました」
そんな最中、まるで忍者のように屋根の上から唐突に現れたメイド。
だが忍者のように跪きはせず、お腹のあたりで両手を交差させると主の前でぺこりと礼をする。
「ビーン、どうでした? ラックは見つかった?」
「はい。確かにラック様の所在を掴みました。こちらです」
「さすがはエヴァード家のメイドです。さあ皆さん行きましょう」
そんな様子に、お金持ちは凄いなという表情を浮かべているフェリスとアニダ。
ビーンと呼ばれた舞踏メイドを先頭に5人が街を練り歩く。
辿り着いたのは住宅街の中に作られた公園。
どうやらこの中に捜し求めるラックがいるようだ。
途中で合流したピンク色の髪のメイドを加え、一行は公園内に足を踏み入れる。
石造りの街並みには似合わない、苔の生えた土と青々と生い茂る木々が植えられた一角。
そよそよと風が流れる中、大きな石の上に丸くなって寝ている少年がいる。
ふわふわの毛並みの尻尾。
そしてこちらもふわふわ黒色の猫耳。
元は生粋の黒猫で、今は幼さの残る猫耳少年だ。
近づく一行の足音に対してか、耳をピコピコ動かしている。
「居たわねラック。ラックー、私が来たわよ!」
遠目でラックの姿を確認したティナは、居ても立っても居られない様子で寝ているラックに呼び掛ける。
「ふあー……」
猫の睡眠は浅い時間のほうが圧倒的に長い。
どうやらラックも今は浅い眠りだったのだろう。
軽いあくびをすると、声の主を目に捉えた。
そんな寝起きの様子のラックの前に、ティナ、フェリス、アニダ。
そして3人のメイドが並び立つ。
「てな? ふぇりす、あにだ」
以前にご飯をくれた女性たちの名前を呟くラック。
寝起きだからか、まだ状況がつかめていないようだ。
「そうよラック。私よ。
こんなところで寝ていたなんて、私の手を煩わせるんじゃないわ。
あと、家にも度々来るように言ったわよね?」
起き抜けの頭に怒涛のようにティナから責められたラックは耳をペタンとしている。
「まあまあ、お嬢様。挨拶はそれくらいにしてさ。
用事があってラックを探してたんだろ? 私もだけど」
見かねたアニダが助け舟を出す。
「そうね。ラック喜びなさい、あなたにプレゼントを持って来たのよ」
「クリスティーナ様もプレゼントですか? 奇遇ですね私もですよ」
フェリスは腕に下げたカゴを前に出す。
「おや、二人もプレゼントかい。
かくいう私もそうだ。
プレゼントかどうかと言われたら、あれだけど」
アニダも腰に下げていた大き目の革袋を取り出す。
「お二人もプレゼントですのね。
わたくしのはこれですわ! エルエル」
「はい。こちらです」
途中で合流した桃色の髪のメイドが大きな銀色の箱を手に持っている。
三者三様な贈り物。
いったい中には何が入っているのだろうか。
そんな中、ラックは鼻をひこひこさせている。
「ごちそうのにおい」
鋭い嗅覚でプレゼントの中身を嗅ぎ取った。
「だ、駄目よラック。ハウス、待ちなさい。
皆さま、ラックに中身を当てられる前に披露といきましょう。
どなたから行きますか? わたくしはトリを希望しますが」
「はいはーい、私が最初にいきまーす」
フェリスが手を上げて一番槍を希望する。
「私のはこれでーす、じゃじゃーん!」
腕に下げたカゴ。
その中身を覆うようにかぶせられた布をするりと取り払う。
「フェリス手作り、ハーブの自家製ケーキです」
カゴの中には綺麗に焼き色のついた四角い型のケーキが納められていた。
「けーき! ごちそう!」
それを見たラックが目を輝かせる。
「ほほう、甘くて良い匂いの中にも爽やかさを感じるおいしそうなケーキだ。
だけど私も負けてないぞ。私のプレゼントはこれだ!」
アニダが革袋の口を縛っていた紐をほどき、中身をお披露目する。
大半が袋に入ったままでよく見えないが、どうやら何かの肉のようだ。
「どうだ、ビッグボアの香辛料焼きだぞ!」
「なんと、ビッグボアを仕留められたのですか?」
主の後ろに控えていたエースが指先でくいっと眼鏡を上げる。
「ああ、運悪くクエストで遭遇してしまってね。
一人だったら全く勝ち目は無かったんだけど、ちょうどパーティーを組んでいたから何とかね。辛勝だったけど」
ビッグボアとは体長10mは超える巨大なイノシシで、気性は荒く目に映るものを何でも押しつぶし食べると言う悪食の魔物だ。
普段は人里離れた山奥深くに生息しているが、たまにクエスト中の冒険者とかち合うことがある。
ロングソードを持った冒険者10人でようやく仕留められるレベルの魔物だ。
「スパイスの脳を刺激する香りと香ばしい匂いが合わさって、家のメイド達の料理に勝るとも劣らない感じだわ。
それでは最後は私ですわね。エルエル!」
「はいお嬢様」
銀色の箱、いや器と言ったほうがいいのか。
底面が皿になっており、その上にかぱっと銀色の器で蓋をしてあるような形だ。
エルエルと呼ばれたメイドがその頂点にあるでっぱりを軽くつかみゆっくりと持ち上げて行く。
皿と蓋の隙間から湯気が漏れ出す。
その器は保温機能を持っているようだ。
蓋が取り外されると、そこには綺麗な模様の皿の上に乗った魚料理が現れた。
「幻の魚、カイオークロダイよ!
ちょうど一年にこの時期にしか現れないという幻の魚で、遠洋漁業に何十年も従事したベテラン漁師が生涯一度釣ることが出来るか出来ないかのレアものよ!」
食材説明しか行われなかったが、いい感じにローストされた切り身に素材の味を生かすための特別なソースがかかっているようだ。
料理を引き立てるように横に添えられた野菜も手の込んだ品であることは間違いない。
「それではラック様こちらへ」
三人のプレゼント披露が終わったところで、テキパキと二人のメイドが地面に大きな敷物を敷き、そちらにラックを誘導する。
「さあお嬢様。そして皆さまもこちらへ」
そして瞬く間に、それぞれの持参したプレゼントを中心にフォーク、ナイフ、スプーンが用意され、どこから取り出したのか、紅茶の準備までされている。
「ねえ、たべていい?」
ご馳走を目の前に我慢できない様子のラック。
皆が座り終える前にご馳走の許可を求める。
送り主の三人も、そんなラックの様子に微笑みながらうなずく。
「いただきまーす」
手に持ったフォークを魚に突き刺すと、ソースがこぼれるのもお構いなしにかじりついた。
「ラック、お行儀よく食べないとだめよ」
そんなラックをフェリスがたしなめる。
「はーい」
かろうじて返事をしたが、それが上の空であることはだれの目が見ても明らかだ。
「良かったなラック、それは凄いご馳走だぞ。
なんたってかなりの高級魚で平民では口にすることなんか到底出来ないしろものだ。
私も死ぬまでに一度は食べてみたいものだよ」
「!!」
アニダが発した言葉にラックの猫耳の毛が逆立ち、尻尾はピンと上に伸び、逆立った毛も相まって黒いブラシのようになっている。
どうやら何かを閃いたようだ。
「みんなでたべる!」
「え、いいのかい!?」
まさかラックからそんな言葉が聞けるなんて想像もしなかった、と言わんばかりのアニダ。
「うん。まちのおばあちゃんにきいた。
みんなでたべるともっとおいしくなる」
「ありがとうラック。一度食べてみたかったんだ」
「わたくしも、ハーブのケーキには興味がありますわ。
お屋敷では食べたことのない香りがするもの」
「私も、お肉、家庭の事情であまり食卓に出てこないから食べたい……」
アニダは魚、ティナはケーキ、フェリスは肉に興味を示す。
「そういう事なら切り分けさせていただきます」
どこから取り出したのか、追加のカイオークロダイのローストと、そしてビッグボアの香辛料焼き、ハーブのケーキを切り分け、テキパキと皿に盛り、3人の前に並べて行くエース。
「「「いただきます」」」
3人は声を合わせていただきますし、それを聞いたラックも少しのお預けから解放されて再び料理に手を伸ばすのであった。
ここは異世界アランザにあるマフラスの街のとある公園。
3人からのご馳走に舌鼓を打つラックは異世界転生したことに気づいていないようだ。
いかがでしたでしょうか。
猫耳少年ご飯探し系日常まきこまれファンタジーである本作は、2019/05/03で一周年となります。
これからも頑張っていきますので応援よろしくお願いします。
そして本当に次こそは本編に戻りたいと思います!




