32 外典 おばあちゃんのお楽しみ
外典は本編のサイドストーリーとなります。
本編では語られなかった設定や、各キャラクター達のお話となります。
本外典は第1話のヒロインであるフェリスの祖母のお話です。
この話、「おばあちゃんのお楽しみ」は第1話よりも前のお話となります。
わしの名はカトゥス。
とある街に住むしがない老婆じゃ。
かつては宮廷でも評判の美人じゃった。その美貌故、王族からの求婚も後をたたんかったよってな。
まあ、今はもう年じゃて、見る影も無いがの。
じゃが、老い先短いわしにも守るべきものがあるのじゃ。
「いただきまーす」
元気な声でいただきますするこの少女はわしの孫、フェリス。
両親とは幼いころに死別して、今はわしと二人で暮らしている。
気立ても良く器量良しで、将来はわしに似てべっぴんになるに違いない。間違いない。
ただ心配なのは、これだけの孫に害虫が寄ってこないかじゃが……。
「そういえばおばあちゃん、今日は用事でお出かけするんだっけ」
フェリスが朝食の皿を片付けながらそう問いかけてくる。
「そうじゃよ。今日は月に1度の老人会があるからの。
夕方までには帰ってくるよ」
「一人で大丈夫? 一緒に行こうか?」
「なーに大丈夫じゃよ。毎月行っておるからのう」
「わかった。じゃあ夜ごはんは私が準備しておくね。
後の事は気にしないで楽しんできてね」
わかるな。この優しさじゃ。
遊びたい年頃の子じゃし、両親を失っておる故、その分もっと愛情がほしいじゃろうに。
じゃが、いつもわしの事を思い遣ってくれるし、進んで家事をやってくれるんじゃ。
そんなフェリスは目に入れても痛くない自慢の孫なんじゃよ。
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「それじゃあ行ってくるからの。
戸締りには気を付けるんじゃよ。
あと怪しい人には付いていったらいかんぞ。あと……」
老人会に出発する前に、気を付ける事をフェリスに伝えておく。
後はそうじゃな、特に同じ年頃の男にも気をつけるんじゃよ、というのを伝えねばいかん。
「わかってるよおばあちゃん、私ももう子供じゃないんだから」
「おお、そうじゃな。じゃが心配なんじゃよ」
わしが子供のころに同じことを言われたら、頬の一つでも膨らせるじゃろうものの、フェリスはわしのお小言を笑顔で聞いておる。
本人は子供じゃないと言うが、わしにとってはいくつになっても子供じゃて。
とはいえ、そもそも十に満たない子供なんじゃが。
わしの大切な孫娘。
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フェリスに挨拶を済ませたわしは老人会の会場へと向かう。
わしとフェリスが住む家は街の外側。
中心部の貴族街とそこに隣接するせせこましい地域では無い。
わしは家を出て城壁に近い街外れの地区を目指す。
その地区は城壁の近くでありながら街の外への出入口も無いため寂れておる。
人気は無いんじゃが治安が悪いわけではない。
ただ純粋にここに住んでいる人が少ないんじゃよ。
静まり返った建物の間、細いその隙間を縫って路地裏に向かう。
薄暗い路地裏に面した一軒の古びた建物。
その建物の扉をノックする。
「やまださん?」
扉越しにくぐもった男の声が聞こえる。
「やまだではない。かわだだ」
わしは指定の合言葉を答える。
――ぎぎっ
ドアがわずかに開けられる。
じゃが、その隙間からは引き込まれるような闇だけしか窺い知ることができない。
「早く入れ。見られると良くない」
その闇の中にうっすらと浮かび上がるローブを纏った男。
男が中へ入れと手招きする。
わしはわずかに開いた隙間から建物の中に滑り込む。
滑り込んだと同時に勢いよく扉が閉められた。
指とか挟んだらどうするつもりじゃ、けしからん。
「ご苦労。皆そろっている」
「わしが最後かね。年は取りたくないね」
建物の中は普通の一軒家。
テーブルが置かれ椅子が置かれ、花瓶なども飾られておる。
じゃが、そこに座って先に談笑しているはずの「皆」の姿は無い。
通常は部屋の中央に置かれているであろうテーブルが、端に寄せられておる。
それに、テーブルの下に敷かれていたであろう絨毯も今は横に取り払われておる。
その答えがこれじゃ。
床に蓋をするように取り付けられている扉。
ローブの男がその扉を開くと、地下への階段が姿を現した。
男に促されて階段を下りる。
この階段、段差がきついんじゃよ。膝に来るわい。
螺旋状になった地下への隠し階段。
そこを一歩づつ降りていく。
足を踏み外したら骨折じゃすまんぞ。
「この階段、何とかならんのか。年寄りには酷じゃて」
「文句を言うな。我々も我慢している」
場所を変えるとかはなさそうじゃ……。
男とぶつくさ会話をしながら階段を下り続けたところで、ようやく目的地へとたどり着いた。
階段の終点に鎮座する部屋の扉を開ける。
ぎぎぎと擦れ合うような重い音が地下に響く。
もちろん開けているのはローブの男じゃ。
こんな重そうな扉をか弱い老婆が開けるなぞ虐待じゃてな。
部屋の中は僅かなろうそくの明かりで照らされておる。
薄暗くてよく見えん。老眼だから尚の事じゃ。
先ほどの螺旋階段の明かりもそうじゃが、そろそろ魔力灯に変えたほうが良いんじゃないかのう。
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部屋の中には「皆」がすでに揃っていた。
黒いローブを着込み頭まですっぽりとフードを覆った男や、顔の左半分を覆う奇妙な仮面の女、それに蝶を形どった目の辺りだけを覆う仮面をした男。
怪しげな雰囲気の老人たちが薄暗い部屋の中、円形のテーブルに着席しておる。
案内をしていたローブの男とこのわしを含めて総勢5人。
そしてわしも慣例に従って持参したマスクを着用している。
口をすっぽりと覆うタイプの物じゃ。
ワシもフードをかぶっておるので、目だけが出ていることになる。
「遅かったなセリヌディガイン。それでは全員揃ったので定例会を始める」
すでにテーブルに座っていた蝶の仮面をした男が口を開く。
セリヌディガインとはわしのことじゃ。
ここでは皆コードネームで呼ばれる。
しかしな、座る前から始めるでない。せっかちなヤツめ。
そんなに遅れてないじゃろ。
よっこらしょと円形のテーブルに用意された席に座るわし。
ちなみにこの場を取り仕切るせっかちなヤツは、ザンダリザダンデと言う。
「ではまず、ギランザギュレィから報告を」
ギランザギュレィはわしと一緒に階段を下りてきたローブの男じゃ。
こやつも年寄りじゃが、この中では一番若いため何かと雑用に使われるかわいそうなやつじゃ。
「王国に仇なす闇組織、百足についてだが大規模な計画を練っているらしい。
だが、その計画がどういうものかまではまだ掴めていない」
説明のとおりなんじゃが百足とは麻薬、人身売買など悪の限りをつくす地下組織のことじゃ。
狡猾な奴らの集まりで、なかなか尻尾をつかめないようじゃ。
「百足と任侠組織ウォーケン組との小競り合いが増えているようじゃが?」
わしが口を挟む。
任侠組織ウォーケン組とは王国に古くからある組織で、賭場や用心棒などで幅を利かせている組織じゃ。
百足と違いこちらは義理と人情に重きを置く組織で、地域によっては住民の警護を行っておる。
最近急速に勢力を拡大しておる百足とシマがかちあうようで、小競り合いが起きていると聞く。
「どこも小競り合いで大きな抗争には発展していない。
ウォーケン組の監視は完璧だが、百足の方はそうはいかん」
「セリヌディガイン、お前の任務に影響は無いか?」
おっと、わしの番かい。
ザンダリザダンデがわしの方を見ておる。
いつもはもっと後の順番なんじゃが、地下組織の話繋がりじゃろうからしかたない。
「物流についてじゃな。
確かに百足のやり口は汚いが、やつらも表向きは国と争おうとは思っておらんようじゃ。
まあ今のところは、じゃがな。
ギランザギュレィの言う大規模な計画は気になるところじゃ。
それに、その影響で例のブツについては期日どおりには用意できそうに無い」
「ふむ、分かった。計画を修正しよう」
ふぅ、ギランザギュレィの報告があって助かったわい。
ちょいと内職をさぼっておったら納品期日に間に合わなくなってしまってのう。
年を取れば知恵も回るものじゃ。モノは言いようじゃてな。
「教会とギルドの方はどうだ?」
「目立った動きは無いのう。特に教会は大きな組織じゃて、うかつには動けんじゃろう。ギルドもぼちぼちと依頼をこなしておる」
ギルドの若い魔法具士に優秀なのがいるらしいが、まだひよっこよ。
わしの足元にも及ばんわ。
「ババルガンバリボーの方はどうだ」
「同志ザンダリザダンデよ。
王派の貴族に特に目立った動きはない。
だが、各領主の中にはきな臭い動きをしているものがいる」
「ほう、闇の書マーシアスの件か。
王宮では久しくその話は聞かないが、さすがに領主たちはめざといな」
ババルガンバリボーの報告に、ザンダリザダンデが蝶のマスクの端をいじりながら答える。
王宮でその話が出ないのも問題じゃなかろうか。
闇の書マーシアスを忘れたわけではあるまいが。
「まったくだ。
王国の体を成していても地方の領主となるとその威光が届かん部分もある。
まあ必要があれば嫌というほど教え込んでやるが」
それは同感じゃな。
若い領主は身の程をわきまえることを知らず、どうも血気盛んでいかんわい。
「グリギッタゼルネナンの方はどうか」
「183人の王位継承権者については引き続き警護を行っている。
継承権第17位のエディン家のご息女と隣国の王族との婚姻が行われる可能性がでてきた」
報告を行ったグリギッタゼルネナンは顔半分をマスクで覆った女じゃ。
まあ、わしのほうが美女なんじゃが。
「ふむ。エディン家の令嬢は最近美しさが際立ってきたからな。
隣国まで知れ渡るのも無理はないか」
「うちのフェリスのほうがよっぽど美人じゃわい・・」
なんとなく気に入らなかったので、ぽそっと言霊をのせておく。
「ふん、継承権183位の小娘のくせに。
うちのエリーニャのほうが美人にきまっとる」
「なんじゃと、ババルガンバリボー。
お主んとこのエリーニャは性格が最悪ではないか!」
口をはさんできたババルガンバリボーにカチンときたので反論する。
あの性悪娘のどこがわしのフェリスに勝ってるっていうのか。
「うるさい セリヌディガイン!
お前んちは貧乏暇なしだろ、王族としての教養が身についているかは疑わしいものだな」
両手をプラプラさせてわしを小馬鹿にした態度をとるババルガンバリボー。
「あんだと、やんのかこのハゲジジイ!」
おうおう、言ってくれるのう。
金が偉いんか、そうなんか?
「は、はげジジイだと、そんなこといったらお前だってしわくちゃバアアじゃねえか!」
円卓を挟んでわしと ババルガンバリボーがにらみ合う。
このジジイ、一度のしてやらんと分らんようじゃな。
「よっしゃ、表にでろやジジイ。
この後のゲートボールで決着つけようやないか」
「ええで、望むところやババア。
あとで吠え面かくなよ」
「お、おい、お前たち、まだ報告はおわ」
「「うるさい!!」」
わしとババルガンバリボーの声がハモリおった。気色悪い。
じゃが仕方ないじゃろ、わしらを止めるザンダリザダンデのやつが悪いわ。
「ババア、先に行くぜ。
お前はのんびり俺のケツでも追いかけてきな」
「誰がハゲジイイのケツなんか見るか!」
そんな地獄絵図は願い下げじゃ。
後、単純にハゲジジイには負けたく無い。
「おい、セリヌディガイン!」
「なんじゃ、うっさいのう。
報告なんか来月でいいじゃろ。
それよりもゲートじゃよゲート。
お前らはこんのか?」
「いや、行く……」
ほれみい、最初から素直にしておればいいんじゃよ。
ちっ、しまった、いらんことを言ってるうちにハゲジジイに先を越されてしもうた。
こうなったらゲートボールで吠え面かかせてやるわい!
二度と立ち直れんようにな!
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「あ、おばあちゃんお帰りなさい」
晩御飯の用意をしているフェリス。
いつ見てもこの笑顔は癒されるわい。
「何かいいことあったんでしょ、嬉しそうだよ」
「そうかいのう。ちょっとしたことじゃよ」
あの後ゲートボールでハゲジジイをコテンパンにのしてやった。
あのときのハゲジジイの悔しそうな顔。忘れられんわい。
あまりに面白かったのでさらにあおってやったんじゃ。
残り少ない毛がさらに減ってしまいそうじゃった。
まあこれで当分はわしの可愛い孫娘の悪口など言わんじゃろう。
わしが長年練り上げた闇魔法で消し炭にならなかっただけありがたいと思うんじゃな。
「もう少しで晩御飯出来るからね。それまでゆっくりしておいてね」
そんなこんなでいつもの日常が続いて行く。
わしの名はカトゥス。
街外れで孫娘と二人で暮らす、しがない老婆じゃ。




