27 思い出した今じゃないと!
「はふっ!!」
一瞬体が震えたかと思うと、ラックが目を覚ましたようだ。
「おおラック、起きたかい。もうすぐできるからな」
そんな様子を見たアニダが声をかける。
テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。10人分の料理だ。
最初はテーブルにつっぷして寝ていたラックだったがいつの間にか床に転げ落ちていたようで、そのまま床で寝ているところを子供たちに発見され、床の上じゃ寒かろうということで子供たちがふかふかの布を敷き、起こさないようにアニダが布の上に運んで、その上に布をかけて完璧な安眠体制を築いていた。
そのためラックはどうして自分が布にくるまって寝ているのか理解できていない様子だ。
「ごちそう……」
寝ぼけ眼を手でこすりながら、スンスンと鼻で匂いを嗅ぐ。
「ごちそう!!」
起床直後の脳内が、ご馳走の匂いで活性化したようだ。
むくりと起き上がると、テーブルの上のご馳走に目を輝かせるのであった。
・
・
「いっただっきまーす!」
子供たちの元気な声が響き渡る。もちろんラックも含まれている。
ラックが目覚めてほどなくご馳走の準備は完了し、ラックご馳走会が始まった。
「さあラックさん、召し上がってください。メイン料理はヴェヌール地鶏の香草焼き シャババタールのグリンゴ風ソースを添えて です。お口にあえばよいのですが」
どうやらメインディッシュは鳥料理の様だ。大きめの鳥が一羽丸ごとこんがりと焼かれている。後半一部聞き取れなかったが、そのの皿にはクリームソースのようなものが添えられている。
「さあラック、取ってあげよう。シスターの鳥料理は絶品だからな」
ラックの皿を手に取り、テーブルに置かれた鳥にナイフを入れていく。
「アニダ姉ちゃん、ぼくも、ぼくも」
そんな様子をうらやましがったのかアルサンも自分にとねだる。
「ちょっと待ってな、まずはお客様のラックからだ」
そう言いながら、ラックの皿に野菜を盛るのも忘れない。
その横では。
「あー、マルミそれは私のなのじゃ」
「ふふーん、先に取ったもん勝ちだよ」
「ぐぬぬ、返すのじゃったら返すのじゃ」
「ほらエミー、まだ沢山あるでしょ、取ってあげるね」
横に座っているリジーが取り皿に同じものを盛ってあげる。
あの場所にあったのがよかったのじゃ、とエミーは小さく漏らしていた。
「これ甘くておいしい。はむっ、はむっ」
こちらはヴィナ。開始と同時にデザートに手が伸びている。
「こらこらヴィナ。デザートは最後にしなよ。まずは熱々の料理をおたべ」
ラックとアルサンに鳥を切り分け終わったアニダが、年頃の少女丸出しのヴィナを優しく諭す。
「はっ、やだ私ったら、つい!」
どうやら正気に戻ったようだ。両手を頬に当てて顔を赤くしている。
そんな様子をジェイムズがニヤニヤしながら見ていた。
・
・
それぞれがご馳走に舌鼓を打っている中、恥ずかしがりやのミットがラックの元に皿を持ってくる。
「お、ミット、それをラックに上げるのか。おお、いい子だねぇ。よーしよし、頭を撫でてやろう」
アニダに頭を撫でられながら無言でラックを見つめるミット。
「ほらラック、ミットが料理をくれたぞ。ありがとうしな、ありがとう」
すでに酒で出来上がっているアニダ。目が座ってきている。
「みっとありがとう」
お礼を言われたミットは、ぱあっと表情を明るくして、さっとシスターの横に戻ってしまった。
「お、なんだジェイムズもか」
次はジェイムズが皿を持ってきた。
さらには赤色の野菜と緑色の豆が乗っている。こんな料理は無かったはずだが。
「こらジェイムズ。それあんたが嫌いなやつでしょ。そんなものをラックさんにあげないの!」
それに気づいたヴィナがジェイムズの頭をチョップする。
「すみませんラックさん。よく言って聞かせますから」
深々と頭をさげるヴィナ。
「だいじょぶ」
なんだよ、自分だって好きなのばっかり食べてるくせに、とジェイムズが漏らしていたが、ヴィナに耳を引っ張られて席まで連行されていった。
痛がっていたが、その顔は喜んでいるようにも見えた。
・
・
・
「それでね、ラックったら獅子奮迅の活躍でさ、こう、ずどーんとばすーんと、やってね」
アニダは大きな身振り手振りで冒険の話をせがんできたアルサンにラックの大活躍を解説している。
「アニダちょっと飲み過ぎじゃないかしら」
エザリが心配するほどアニダは出来上がっている。
「いいじゃないかエザリ姉ちゃん、今日はお祝いなんだし」
「あら懐かしいわねその呼び方。いつからだったかしらそう呼んでくれなくなったのは」
「あっはっは、こりゃ相当酔ってるね。自分で言うのもなんだけど。ねーラック」
横でもきゅもきゅと肉を頬張る黒猫耳の少年に顔を近づける。
「あにだおさけくさい」
露骨に嫌な顔をするラック。
その尻尾はブンブンと大きく振られている。
「なんだよ、そんな冷たい事いうなよー。一緒に寝た仲だろ、ほら、ちゅーちゅー」
口づけを無理矢理せがむアニダ。
両手で必死に抵抗するラック。どうやら本気で嫌なようだ。
「こらアニダ。やめなさい」
「邪魔しないでよエザリ姉ちゃん、今日はラックをお持ち帰りだー」
「リリーヴォルト起動」
ボソッとエザリが呟いた。
「ぎゃっ!!」
アニダの身に着けている魔法鎧が電流を放ったように見えた。
鎧の内側だけがびりっと来たようだ。アニダに絡まれていたラックは何ともない様子。
「ぷしゅー」
そしてその衝撃でアニダは目を回して床に倒れこんだ。
床に倒れたアニダは、酔いも合ってか夢心地のまま気を失ったのだ。
「申し訳ございませんラックさん」
「んー、おさけのにおいきらい」
「起きたら言い聞かせて起きます。この子がこんなに羽目を外すところは見たことありませんでした。よっぽどラックさんの事が気に入ったのでしょう。悪気は無いと思うのです。どうか許してあげてください」
「うん。あにだごはんくれるいいひと」
そんなぐだぐだなうちにご馳走会は終了したのだった。
・
・
・
皆が寝静まった夜半頃。
周囲に人気が無いこの教会は静寂に包まれている。
静寂と言えば聞こえは良いが、実際は背後に位置する森から時折生き物たちの鳴き声が聞こえてくる。
――ギギギ
そんな静かな教会の中で僅かな音が響く。
「あら、誰かトイレかしら」
残務を整理していたシスターエザリが扉の開く音を耳にする。
教会の中にトイレは無く、外にでて畑の近くまで行かなくてはならない。子供だけで外に出るのは危険なため、いつもエザリが付き添っている。
エザリは近くに備え付けてある年代物の魔力灯を手にし自室を出ると、音の主を探す。
どうやら音の主はもう子供たちの寝室の近くにはいないらしい。
エザリは歩を進め音の主を探す。
ほどなくしてそれは見つかった。
「ラックさん?」
暗闇に煌々と光るその目は初めて見る者には驚きを与えることだろう。
「うん」
ラックが一言だけ答える。
エザリが見つけたラックはちょうど扉から外に出ようとしていたところだ。
魔力灯をかざしてもボヤっとしか輪郭が見えないくらいの距離にいるため、エザリはラックの元へと向かう。
「トイレですか? トイレならご案内しますよ」
「んーん、トイレじゃないよ」
ようやく魔力灯の明かりがラックの姿を照らし出す。
「眠れないんですか?」
「んーん、ちがうよ。おばさんのいえさがしにいくの」
「おばさんの家?」
「そう、おばさんのいえ。おばさんごはんくれる。ずっとさがしてる」
この子は迷子だ、と思ったのかエザリは床に魔力灯を置くと、膝をつきラックと視線の高さを合わせる。
「村の名前とか街の名前とか憶えていませんか?」
「んーん。よくおぼえてない」
眉間にしわを寄せて記憶をたどったラックだが、結果首をかしげてしまう。
「んー、こうべ?」
困り顔のエザリに向けてラックはぽつりとつぶやく。
何かを思い出したようだ。
「こうべ? 聞いたこと無いですね。もしかして異国なのかしら」
「ずっとさがしてる」
「でも夜も遅いですし、明日になってからになさっては……」
「いまじゃないとだめ! おもいだしたいまじゃないと!」
珍しくラックが大きな声を上げた。
その目は薄っすらと涙ぐんでおり、口をぎゅっとつぐんでいる。
「そうですか」
エザリはそう言うことしかできなかった。
それほどにラックの目には悲しみがあふれていたのだ。
大人のエザリでもその想いを推し量ることはできないだろう。
「ありがとえざり。ごちそうおいしかった」
「また来てください。アニダも、子供たちも、ラックさんの事がとても好きになったようです。もちろん私も」
ふわりとラックの頭を自分の胸に抱きとめる。
少しの間、無言で時間が流れた。
「それじゃいくね」
そう言うとラックは扉を出て闇に消えて行った。
・
・
・
朝になってラックが居ないことに気づいたアニダはおいおいと泣き始めた。まだ昨日飲んだ酒が残っているのか、それとも今飲んでいるからなのかは分からない。
そんな様子のアニダを気遣って、エザリは子供たちにそっとしておいてあげるよう伝えたのだった。
ここは異世界アランザにあるヴェヌール領の外れ、シスターエザリと子供たちが暮らすさびれた教会。
黒猫から人に転生したラックはまだ異世界転生したことに気づいていない。
ここでラックがメインの3章は終わりとなります。
アニダのあの思わせぶりなセリフは何?
アニダはこの後どうなるの?
という思いをお持ちのお方はご安心ください。次の外典で真の3章の結末が語られる予定です。




