24 撃て、必殺の南十字星斬
砕け散ったクリスタルから巻き起こった冷気の奔流は、キングリザードだけではなく近距離にいたアニダや後方にいたラックにも影響を与えながら猛威を振るっていた。
しかしながら小さなクリスタルに込められた冷気は無限ではなく、徐々にその効果範囲と威力が落ちていく。
冷気が解き放たれてから20秒もたたないうちに、その効果は収まった。
魔法障壁によって至近距離の冷気を耐えきったアニダ。
その眼前には強力な冷気によって氷漬けになっているキングリザードの姿がある。
氷漬けと言うと、いささか語弊があるかもしれない。
凍り付いているのは胸部及び両前足だけであり、首から上と後方の背中や尻尾には効果が及ばなかったようだ。
「あにだー、ちべたいのつめからでるようになった」
まだ凍てつくファイナルウェポン君の効果が残っており辺りは冷え冷えとしているため分かりにくいが、スキルによって構成されたラックの爪が周囲の空気との温度差により湯気を発生している。
一部が凍り付いたキングリザードを見て冷気は効果があることに気づいたのだろう。
寒さで動きの鈍った尻尾をかいくぐり、大きな背中に張り付くと、覚えたスキルを試すのであった。
「ラックは、大丈夫そうだな。たぶん何か冷気系のスキルを覚えたんだろう。問題は、ここからどうするか……」
冷気がどれくらいのダメージを与えているのかは推し量れない。
その効果範囲から致命傷では無いことは明白だ。
一撃必殺で倒し切る方法はもう無い。自爆覚悟でリーズにもらったもう一つのクリスタルを使うのなら別だが、あとは持久戦をするかどうか。
アニダの頭の中ではそれらが駆け巡っているだろう。
「だだだだだだだ」
ラックは背中に張り付いたまま冷気爪のスキルで鱗をガリガリひっかいている。
よく見ると、これは爪とぎだ!
爪とぎは猫の習性の一つで、爪の手入れやマーキング、ストレス解消などの理由により、爪で物を引っかく行為だ。
爪の状態を保つために行われることが多い爪とぎだが、ラックの爪はスキルの爪であって、研がなくても威力に違いは無い。
『冷気爪のレベルが1から2に上がりました』
『冷気爪のレベルが2から3に上がりました』
『冷気爪のレベルが3から4に上がりました』
『冷気爪のレベルが4から5に上がりました』
高速で爪とぎを行うラック。それに合わせてスキルのレベルがガンガン上がっていく。
――がりっ
ご機嫌にがりがりしていた爪がおかしな引っかかり方をする。
丁度キングリザードの古傷部分に引っかかったようだ。
力任せに爪を振りぬいたラック。
無理やり振りぬいた事でそこからいくつかの鱗が剥がれ落ちた。
ラックが鱗と戯れている時。
「腕の痺れが取れてきた。これなら一撃が放てる。それはこいつも同じか」
魔法障壁に守られていたとはいえ、あまりの冷気にアニダの腕からは感覚が失われていた。
致命傷では無いならばキングリザードもじきに活動を開始するだろう。
小刻みに体を震わせて凍り付いた部分の氷を取り除こうとしているキングリザード。両前足は地面とくっ付いて凍り付いており、地面から剥がさなければ叩きつけて氷を除き去ることもできない。
「そんなに待ってはくれないか。いくぞ、リリーヴォルト解放!!」
再び動き出すまでの僅かなこの時間は大きなチャンスであることは間違いない。
アニダは握力の戻った右手で剣を握りしめ、必殺の魔力斬の体勢に入る。
パキリパキリとキングリザードの体の氷がひび割れる音がする。
「とどめだ!!」
元々キングリザードの懐の中にいるのだ。距離を詰める必要は無い。
魔力の乗った渾身の一撃を胸元にお見舞いしたのだった。
――ぱきーん
氷の割れた音ではない。
「っ!! 剣が、折れた!?」
一撃が氷に覆われた胸部にぶち当たり氷ごと胸部を切り裂く予定だったが、無残にも剣は根本でぱっきりと折れてしまった。
「まさか、冷気と高温による金属疲労か!?」
先ほどのクリスタルによる冷気の影響を受けた剣に魔力を流し込んだため急激に高温になり、熱応力による金属の限界を超えたのだろう。
氷の拘束から解き放たれた前足が、愛用の剣が折れてしまったことにショックを受けているアニダを襲う。
その戸惑いが、瞳の瞬きほどの瞬間アニダの動作を遅くした。
「……っ、しまった!」
繰り出された攻撃がアニダの腰の道具カバンをかすめる。
鋭い爪と強い圧力によって引き裂かれた道具袋から、布に巻かれたクリスタルが零れ落ちる。
リーズから授かったもう一つのクリスタルだ。
地面に落ちたそれを拾おうとするよりも早く、次の攻撃がアニダを襲う。
かろうじて攻撃をかわしたが、目的のクリスタルが目の前でスッと昇って行き、アニダの目はそれを追う。
アニダへの攻撃をした際に、前足の爪がクリスタルを包む布に引っかかってしまったようだ。
「ちょ、ちょっと待って、動くなよ。それを割ったら大変なことになる」
気が動転したアニダはキングリザードに話しかける。
ジェスチャーでそーっと、そーっと下ろせ、と訴えかける。
もちろんキングリザードが事情を慮ってくれるはずもない。
爪に引っかかった異物を払いのけようと、勢いよく前足を振った。
布とクリスタルは爪の引っ掛かりから解放されるとキングリザードの頭上を越えて後方に飛び、勢いよく地面に叩きつけられた。
「そっちは、ラックっ!!」
後方にはラックがいる。魔法障壁で守られるアニダとは異なり、ラックは生身だ。
ワンテンポ遅れてクリスタルがはじけ飛び、先ほどとは比べ物にならないほどの冷気があたりへとまき散らされた。
後方に駆け出したアニダ。
冷気の中を突っ切る。吹雪により視界が悪く少し先も見通すことはできない。
吹雪発生の中心地から近いところにラックはいた。
とっさに距離を取ったのであろう、キングリザードの背中から地面に下りたところで冷気を受けた様だ。
特にひどいのは下半身で、足元から徐々に凍り付いており、じきに上半身も凍り付いてしまうだろう。
「あにだ、かたまって……」
アニダの姿を見たラックは救いを求めるように手を伸ばす。
アニダはラックの元にたどり着くとすぐにその体を抱きしめた。
「ラック!! しっかりするんだ」
「あ、に、だ」
その目はもう虚ろで、焦点もあわなくなっている。
アニダの姿を捕えているのかも怪しい。
「リリーヴォルト!!」
魔法鎧の熱で氷を溶かそうという意図に違いない。
発生した熱とラックの体を覆いつくそうとする氷とが反応し蒸気が発生する。
比較的に冷気の影響がましだった上半身が氷と霜から解放される。
だが、その熱量もラックの下半身については氷漬けが進むスピードを弱めただけで、溶かし切るには至らなかった。
「くそっ、出力が足りない」
そもそも先ほどリリーヴォルトの力を解放したばかりで、さらに排気が行われていない。続けて使ったためいつもの出力が確保できていないのだ。
『冷気耐性のレベルが1から2に上がりました』
「どうすれば……」
考えている間にも氷の浸食が進む。
すでにラックの太股当たりまでは氷に覆われている。
「せめて私の肌で」
ラックのほほに自分のほほを擦り付ける。
無論その程度で凍結を防ぐことは出来ない。ラックの下半身を覆う氷は今や腰のあたりまで範囲を広げている。
『冷気耐性のレベルが2から3に上がりました』
「ラック!!」
万策尽きたアニダはラックの体全体を包み込むように抱きしめる。
もはや目を瞑って無事を祈るしかない。
「あにだ、うしろあしいたい……」
凍結による痛みだろうか。ラックが足の痛みを訴える。
「ラック、大丈夫だ、私が守ってやる」
その言葉は気休めでしかないことをアニダ自身は分かっている。
『冷気耐性のレベルが3から4に上がりました』
「なんだかきもちよくなってきた……」
「気をしっかり持つんだ、ほら、大丈夫、ほら……」
吹き付ける冷気の中、ラックの体が氷漬けになるスピードが遅くなっている。
アニダもそれに気づいたようだ。
「これは……」
抱擁を解いてその様子を見るが、その瞬間、勢いよく氷の浸食が再開された。
すぐにラックの体を抱きしめるアニダ。
それでもじわじわと凍結が進む。
鎧の熱と凍る力は拮抗してはいないのだ。
『冷気耐性のレベルが4から5に上がりました』
ラックの冷気耐性が上がるごとに凍結の速度が遅くなっていく。
いや、それどころか、徐々に氷が溶け始めている。
そして、鎧の熱を加えると溶け始めるのが目に見えて分かる様になった時、ようやくクリスタルからの冷気の発生が停止した。
それは二人にとって無限とも感じられるほどの悪夢の時間が終わったことを意味する。
冷気が治まれば、後は冷気耐性スキルと鎧の熱の力で何とかなる。
ほどなくしてラックの氷はすべて溶け切った。
『称号:凍結からの生還者を獲得しました。ステータス補正はありません』
「ラック、よかった……」
アニダがラックの体を抱きしめる。
二人の体格差からラックの頭はアニダの胸のあたりにあり、それを包み込むように両手を回している。
無事だったことへの喜びからか、いささか力が入りすぎているようだ。
「あにだ、いたいいたい、そんなにつよくしたらいたい」
『称号:凍結からの生還者、スキル:冷気耐性Lv5、スキル:冷凍爪Lv5を取得済みのため、スキルの取得条件を満たしました』
『スキル:南十字星斬Lv1を取得しました。高威力の冷気を帯びた十字の斬撃を放ちます。スキルレベルの上昇により威力が上昇します』
胸のあたりに頭があるとはいえ、残念ながらそこは硬い金属の鎧が守っている。ラックは金属に押し付けられる痛みに耐えきれず、アニダの体をパンパンと手で叩いている。
訴えが届いてアニダは我に返り、ラックは抱擁地獄から解放された。
よかったよかった、と言いながらラックを涙目で見つめているアニダをよそに、ラックの目が氷漬けになったキングリザードをとらえる。
「あにだ、りざーど、いきてる」
先ほどとは異なり全身が氷漬けになっているキングリザード。
見た目からはそれがまた動き出すとは考えられない。
ただ、ラックは耳をピクピクさせながら真剣なまなざしでキングリザードを見つめている。
「なんだって!? あの冷気を耐えたってのかい」
いつものほわっとした様子と違うラックに、アニダはそれが事実であることを認識する。
だがその事実は受け入れがたい。
「もう打つ手なしか……」
切り札中の切り札で倒し切れなかったのだ。
こちらの攻撃は通じない。相手の攻撃は楽々こちらを仕留める威力がある。腕利きの冒険者でなくともそのような戦いは避けるべきだ。
「あにだ、つよいわざ、ひらめいた」
「強い技?」
「みなみずーじせいだん」
「みなみずーじせいだん? 南十字星斬のことかい? 確かにそれなら倒せるかもしれない」
その威力は巨大なストーンゴーレムを粉砕し、燃え盛る火の精霊をも氷漬けにする。
アニダの知識の中にある情報も同様の内容だろう。
ラックは立ち上がると未だ氷漬けのキングリザードに向き直り、覚えたてのスキルを使おうとする。
だが、ほぼ半身が氷漬けになった直後だ。体力も回復しておらず、体がふらついてしまう。
「ラック。私が支えるから安心しな」
その小柄な体を後ろから支えるアニダ。
ラックはスキル発動のためのポーズをとっている。両足を少し開きしっかりと地面を踏ん張る。両手は前に突き出し、右手の甲の上に左手を添えている。
アニダはそのラックに寄り添うように、そしてラックを包み込むように、自身の手でラックの腕を支えている。
「いくよあにだ。みなみずーじせーだん!」
ラックの気合の入った声が辺りにこだまする。
何も起こらなかった。冷気はおろか斬撃のかけらも発生していない。
「みなみずーじせーだん!! みなみずーじせーだん!!」
連続して試すもうんともすんとも言わなかった。
「ラック、南十字星斬はスキル名が発動のトリガーになってるって聞いたことがある。しっかりと発音するんだ」
「んー、みなみずーじせーだん?」
「ちょっと違うな、いいかい、」
バキンッ、と音がして氷漬けのキングリザードに大きな亀裂が入る。
「しまった、もう時間が無い、南十字星斬、ラック、南十字星斬だ」
「みなみずーじせーだん」
音と共にキングリザードの氷が剥がれ落ちてゆく。
「キングリザードが、どうしたら……。そうだ、ラック、いいかい、私の後に続いてゆっくりと言うんだ。いいね」
「わかった、ゆっくりいう」
しっかりと頷くラック。
大半の氷から解放され今にも襲いかかってきそうな様子のキングリザードを睨む。
「みなみ」
「みなみ」
アニダはラックの耳元に口を近づけると、優しく諭すように言葉をささやく。
ラックはその言葉をゆっくりと口に出す。
「じゅうじ」
「じゅうじ」
キングリザードの目が見開かれ、その太く巨大な尻尾を振り下ろす。
尻尾による一撃がスキルの発動体制に入った二人に迫る。
「「せいざん!」」
ラックとアニダ。最後は二人の声が重なり響き合った。




