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猫は異世界転生したことに気づいていない!?  作者: セレンUK
第3話 気まぐれなラックと面倒見の良い冒険者
21/37

21 私匂うんだ……

「はあっ、はあっ、リーズさん、たのむ、すぐにラックを教室の外に。それから扉を閉めて!」


 手袋による稲妻攻めから解放されたアニダ。

 荒い息を整え終わる間も無く、ありったけの声を絞り出した。


「えっ、は、はい」


 自信作の手袋魔法具が壊れたショックで呆然としていたリーズであったが、アニダの一声で正気を取り戻す。


「急いでくれ、もう、もたない……」


 床に膝と手を着いたまま、力なく言葉を発する。

 アニダの体は何かに耐えているように細かく震えている。


「ラックさん、こちらへ」


 ぼーっとした表情をしているラック。

 おそらく事情を理解していないだろうラックの手を引き、教室を出ようとしたその瞬間……


 ――ぶわっ

 アニダの鎧から生暖かい空気が排出される。

 その影響で工作室内の機微な埃が宙に舞う。

 何度も見たことがある魅了効果のある空気だ。


「リーズ、急げ、それと息を止めて、ラックも。」


 排気することは止められなかったが二人に魅了効果が及ばなければ良い。

 細かな説明をする暇も無く、アニダは二人に向けて迅速な行動を促した。


 アニダの言葉を聞くなりリーズは息を止める。肺に空気をためる暇も無く。

 同時にラックの口と鼻を自分の手でしっかりと押さえた。


 アニダが事情を説明した際にかいつまんで内容を説明したせいで、リーズはこの空気が何であるのかは知る由もない。

 想像は付いているかもしれないが、憶測でラックに危険を及ぼすわけにはいかないだろう。


 リーズの手のひらの下でもがもが言っているラックだが、今はなされるがままだ。

 息は出来ないかもしれないが、教室の外に出るまでは我慢してもらう以外に無い。


 空気自体は見えないが埃の舞い上がり方で空気の拡散状態がわかる。

 二人は排出された空気が室内を覆いつくす前になんとか教室から脱出し、室外にそれを出さないように勢いよく扉を閉めた。


「ぷはー」


 廊下に出て大きく息を吸うラック。

 数秒とは言え心の準備も無く呼吸をふさがれたのだ無理もない。


 リーズはというと、残りの窓やドアが開いていないかを確認している。どうやら、他はきちんとしまっていたようだ。


 一仕事終えたリーズは窓から教室内の様子をうかがう。

 そこで、教室内でアニダがふらつきながらも運動場側の窓を開けている姿を目にしたのだった。


 運動場側の窓をすべて開け放ったアニダ。

 外を向いて腰に手を当て仁王立ちしていたが、しばらくするとリーズが室内を覗き込んでいることに気づいたらしく、両腕を交差してバツ印を作った。


「あのポーズは、入ってくるなってことかしら」


「りーず。あにだは?」


 そう言うとラックはリーズのそばに寄ってきて、同じように窓から室内を覗きこむ。

 

「大丈夫ですよラックさん。安心してください。」


 二人して腕でバツ印を作っているアニダを眺める。

 アニダは何度もバツ印を作って何かをアピールしている。


「あのね、さっきのぶわっていうの、いいにおいするんだよ」

 

「ぶわっていうの? あの空気のことですか? いい匂い……」


 ラックの発言を聞いたリーズは腕を組んで片手を自分の頬にあてる。そしてすっと目を閉じた。

 不死の道化(イモータルクラウン)リーズの瞑想ポーズだ。


 一呼吸の間も置かず、何かを閃いたかのように目を見開いた。


「いいですか、ラックさんはここにいてくださいね。絶対に入ってきてはいけませんよ」


 ラックの手を取り、しっかり目を見て念を押す。

 そしてどこからともなく大きなマスクを取り出すと着用した。


「これは私が作った防毒マスクです。気体なら完全防護ですよ」


 顔全体を覆うしゅこーしゅこーという擬音が似合いそうなマスクではなく、調子が悪い時や咳が出るときなどに使う一般的な形のマスクだ。もちろん隙間も含めて何らかの防毒機構が搭載されているに違いない。


 もう一度、ラックの目を見てついてこないように念を押したリーズ。

 ドアを開けると俊敏に中へと入り、速やかにドアを閉める。

 いかほどかは廊下に漏れたかもしれないが、少量なので空気と混じり薄まるだろう。


「リーズ、入ってきたら駄目だ。速く出るんだ」


 言葉で伝えることが出来るが、アニダは両手を交差してバツ印を作り続けている。やはり入ってきては駄目だという合図で間違いなかったようだ。

 ろくろを回す仕草と同じように、ジェスチャーの影響力は高いのだ。


「大丈夫です。あなたの様子から致死毒ではないんでしょう? もちろんこのマスクは致死毒でも問題ありませんが」


 魔法具の説明をドヤ顔でしているようだが、口元がマスクでおおわれているためその可愛い顔を見ることはできない。


「それで、一体どういうことなんですか? 説明していただけますよね」


 一呼吸つくために椅子に腰かけたアニダ。

 その前に陣取り腰に手を当てたポーズのリーズは詳細な説明を求めた。

 

「それがよくわからないんだよ。いつもこの鎧の力を高出力で使った後はああやって排気して放熱するみたいなんだ。その空気はどうやら吸い込んだ人間を魅了状態にするらしくてね」


「んー、確かに魅了の効果がある成分があるようですね」


「わかるのか?」


「濃度が薄くなってきましたね。もう影響は無いでしょう」

 

 アニダが運動場側の窓を開けているおかげで流入した風が魅了効果のある空気を吹き去っていた。


 マスクを外したリーズがアニダの傍に近寄る。


「ちょっと見せてもらいますね。」


 胸部鎧の肩部分、肩パッドになっているパーツの裏側をのぞき込むリーズ。


「ふーむ。特に目立った機構ではないですね。排気するだけのようですが」


 しゃがんだまま移動し、もう片方の肩パーツも調べる。

 今度は指でつついてみたりしている。


「ん?」


 首を傾げたリーズが大きく息を吸い込んでいる。


「ちょっと失礼しますよ」


 アニダの手を取ると、上にあげて腋を露にする。

 きれいに手入れされたその腋に顔を近づけたリーズ。

 

「ちょ、ちょっと?」

 その意図が読めず、狼狽するアニダ。


 そんなアニダの様子を意に介さず、リーズは腋に鼻を近づけ息を吸い込む。


「ふーむ」


「そんな趣味無いって言ってたじゃないか」


「無いですよ。今のは確認です」


「確認? なんのだい?」


「もちろん魅了についてです。原因はわかりましたよ。さすが私です」


「本当かい! 何が原因なんだい?」


「ええ、それはフェロモンです」


「フェロモンっていうと、あれかい、虫とかが出す匂いの成分だったか」


「そうです。原因はあなた自身のフェロモンです!」


「えええーっ、ちょ、ちょっとまって、私そんなに匂うの?」

 

 自分の左腕を鼻に近づけ、恐る恐る自分の匂いを嗅いでみるアニダ。


「ほら、匂わないよ。違うって。」


 自分が匂わないことを確認してほっと胸をなでおろすアニダ。

 無意識にか、手のひらでパタパタと自分に風を送っている。


「いいえ、そうですね。腕でも結構ですけど、鼻を肌に着けて嗅いでみてもらえますか?」


「こうかい? んー。ま、まあ、昨日は徹夜で水浴びもしてないから、うん。そうちょっと匂うかもしれないけど、そんなにひどい匂いはしないよ。」


「自分の匂いというのはわかりにくいですからね」


 そう言うとリーズはアニダの手を取り、同じように鼻と肌をゼロ距離にし匂いを嗅ぐ。


「おふうっ、お、女の私にもこれだけ強烈な」


 匂いの衝撃か、目をぎゅっと瞑って体をのけぞらせる。

 目に染みるのか涙が光っている。


「ええっ、嘘だ、そんなに匂うのかい!?」


 別の場所を再び匂ってみるアニダ。

 先ほどと同じく、そんなに匂わないよ、という顔をしている。


「まあこのとおり、原因はあなたのフェロモンなんですけど、なんでこうなってるかと言いますとね。その鎧、常に魔法障壁を張ってますね? 普段から薄く張ってます。つまりはその魔法障壁内であなたのフェロモンは増幅というか濃縮されてるんですよ。普通なら空気中に霧散するところを。そして力を使った後ですか? 排気しますよね。その時に排気のために障壁に穴が開くんですよ。そこから今まで溜めたフェロモンが漏れ出して、排気の勢いに乗って拡散すると。そういう原理です。なので今嗅いで試してみて、離れると匂わないのは魔法障壁の外だからフェロモンが漏れてこないため。密着して匂うと、魔法障壁内なので増幅されたフェロモンを匂うことができた、というわけですよ。」


 びしっとアニダを指さして、自身の見解をまくしたてるリーズ。

 そこには他人が口を差し挟む隙など微塵も無い。


 一通りの説明が終わった後のリーズがドヤ顔を浮かべる。


「そ、そんな……。私匂うなんて」


 魅了の原因が分かった事よりも、自分が匂うことがショックな様子のアニダ。

 アニダも年頃の女性だ。その衝撃は計り知れないのだろう。


「まあ、それも特技ですよ。男だけじゃなく、女も魅了できる可能性もありますからね。うらやましいです。私には必要ありませんが」


 フォローしておいてとどめを刺すスタイルのリーズ。


「匂うんだ、私匂うんだ……」


 衝撃のあまりまだ現実世界に帰還できないアニダ。

 ブツブツと、匂う匂う、と呟いている。


「こ、こうなったらこの匂いでラックを魅了しよう!」


 突然とんでもないことを口走り始めたアニダ。

 教室の外にいるラックの元に向かおうとする。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてください。そんなことさせませんよ」


 混乱している仲間はパーティーアタックで正気に戻さなくてはならない。

 生半可なことでは止められないと感じたのか、勢いよく進む褐色の体に飛びつくと、体全体で抱き着いて野望の阻止を図った。

 しかしながら冒険者の鍛え上げられた体に学生がかなう筈もなく、体ごと引きずられる。


「離してくれ、匂う私なんか放っておいておくれよ」


「そうはいきません。ぐぎぎぎ。ラックさんは渡しませんよ」


 片足を机に引っ掛け、なんとかアニダの進撃を阻む。


「まだー?」


 外で待つのに飽きたのか、二人で楽しそうにじゃれあってるのを見て興味を持ったのか、ラックが入口の扉を開けて教室内に戻ってくる。


「ラック、匂ってすまない。後は私の匂いで昇天してくれ!」


 ラックに跳びかかろうとするアニダ。

 その目つきが獲物を狙うモードになっている。目にはハートマークが浮かんでいるようだが……。


「アニダさん、もう最終手段です。お覚悟!」


 人間の腕を模した魔法具がリーズのウエストポーチの中から伸びるように何本も現れる。

 伸びた無数の腕がアニダの足を、腕をがっちりと掴む。

 まだまだ腕は残っている。

 残った腕たちは、アニダの脇に、脇腹に取り付き、絶妙な振動を与え始めた。


「あひゃっ、ひゃ、あひゃひゃひゃひゃ」


 つまりアニダは動きが取れないようがっちり抑え込まれた上、敏感な部分をくすぐられているのである。


「あひゃひゃ、ご、ごめん、わ、わかった。正気にもどったから、とめて、うひっ、うひゃははは」


 涙目で訴えるアニダ。

 よく見ると素足に取り付いて足の裏をくすぐっている腕も見える。


「いや、まだ正気じゃありませんね。たぶん。もう少し反省してください」


 パンパンとスカートについた埃を払うリーズ。

 しばらく魔法具はアニダを攻め続けるのであった。


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