02 ラック、ご馳走にありつく
「おばあちゃんに頼まれた薬草を取りに来たんだけど、ハーブも摘んでいこうかなと思ってたら、道を間違っちゃって魔獣に追われてしまったの」
ここは街道。のどかな風景が広がっている。
馬車が一台走れるような細い街道。
向かって左側は木々が生い茂る山になっている。
その反対側は大きな湖があり、湖の対岸はまた山がそびえている。
山と湖に挟まれた場所が街道になっているのである。
その中を一人の少年と一人の少女が歩いている。
「もう必死で逃げたの。そしたらラックが寝ててね」
少女の名前はフェリス。
森の中で魔獣に襲われていたところをラックに助けられた。結果的に。
そして少女の話を聞いているのか聞いていないのか、晴れた空を見上げている少年。ラックである。
「気絶してて見てなかったけど、魔獣から守ってくれた時のラックはかっこよかったんだろうな~」
フェリスは両手を頬にあて、目を瞑ってその時のことを妄想している。
「きゃぁ、王子様よ、王子様」
妄想が進む。
「ふぇりす、ごちそうまだ?」
そんな様子のフェリスにラックが問いかける。
「え、あ……」
妄想から帰ってくる。
じっとフェリスの顔を見つめるラック。
「えっとね、もう少しで私が住んでいるマフラスの街だからね。もう少し待ってね」
「んー、もう少し……」
ラックが少し不満そうだ。
ラックは空腹状態でビスケット半分しか食べてないのだ。
「ふふ、特別なんだから、待ったら待っただけおいしくなると思うよ」
「おいしくなる?」
「そうよラック。特別なごちそうを作るわね。おばあちゃんにも手伝ってもらうけど」
「とくべつなごちそう!」
ラックの目がキラキラしている。
テンションも上がりに上がっているようだ。
左右に激しく動く尻尾の動きが呼応しているようだ。
「私はおばあちゃんと二人で住んでいるの。お父さんとお母さんは死んでしまって、今はおばあちゃんと二人。ラックのご両親はお元気?」
「ごりょうしん?」
「お父さんとお母さん」
「んー、いない?」
疑問形で答えるラック。
「一人で住んでいるの?」
「んー、おばさんがご飯くれた」
「そっか、おばさんと住んでいるのね。わたしと似てるね」
歩いていたラックの視線が何かにくぎ付けとなる。
蝶だ。
飛んでいる蝶に向かって手を伸ばすラック。
蝶はラックの手を避けて高く飛んでいく。
追いかけるように、ラックはジャンプして手を伸ばす。
蝶はかわして高く飛ぶ、ジャンプして手を伸ばす、 蝶はかわしてさらに高く飛ぶ。
を何回か繰り返したあと、蝶はラックが届かない高さのまま森の中に消えていった。
『跳躍のレベルが3から4に上がりました。』
その様子を微笑ましく眺めているフェリス。
「ねえねえ、ラックは今何歳なの? 私は13歳よ」
「なんさい?」
「んー、どう説明したらいいのか、生まれてからどれくらいなのかだなんけど、んー、そうだ。お誕生日を何回やったか!」
閃いた。いいこと閃いた、と思っているに違いない。
表情がそれを物語っている。
「お誕生会?」
「そう、生まれた日がお誕生日で、1年ごとにそのお誕生日を祝ってごちそうとかケーキとか食べるの」
「んー、やったことない」
ラックの前世での年齢は生後10か月位であり、実際に1年たってないから誕生会をやったことはないのだ。
「そう……」
フェリスの表情が曇る。
フェリスはどうやら勘違いしているようだ。
両親がいないからお誕生会をしてもらったことが無いのだと。
「そうだ、じゃあラックのお誕生会やりましょ。特別なごちそうで、お誕生会よ」
ポンと両手の平を合わせるフェリス。
「とくべつなごちそう!おたんじょうかい!」
ラックのしっぽが先ほどにも増してピンと立つ。
特別なご馳走という言葉に興奮しているようだ。
ラックは見たこともないご馳走達をもやもやと想像しながら、更なる期待を胸に街へと向かうのだった。
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マフラスの街。
周囲を高い城壁に囲まれた城塞都市である。
古くから交易の中継都市として栄え、何度か侵略戦争も行われた要所でもある。
王都とも遜色ない規模の王国第2の都市、それがマフラスの街である。
街の入口の設けられた検問を抜けて街の中に入る。
城壁で囲まれているせいで横の拡張性は乏しいのか、入り口近くの道は直線ではなく曲がりくねっている。
過去何度も地図が書き換わった名残なのだろう。
曲がりくねった道を進んで、中央に近づくにつれ直線の道が増えてくる。
街の中央は小高い丘になっており、そこには貴族階級が住んでいる貴族街がある。
「ここが私の家よ」
貴族街のある中央には向かわずに、途中で街の外側に逸れ、しばらく進んだ街外れ。
そこでフェリスはそう口を開いた。
せせこましい街の外側の地区には似つかわしくない広めの敷地と、平屋建てではあるが大きな家。
よく見ると家庭菜園がある。
「あ、フェリスねーちゃん」
フェリスの姿を見つけた男の子が駆け寄ってくる。
「あら、こんにちは」
にこやかに返事を返すフェリス。
「とうとうねーちゃんにも、おとこができたんだな」
意味を知っているのか知るまいか、男の子がませたことを言う。
「やだ、もう。私とラックはそんなんじゃないよ」
まんざらでもないようだ。
両手の平を頬にあてて 顔を赤らめている。
「ねーラック」
当のラックはというと、どうやら男の子の持っているボールに興味津々のようだ。
「ん?」
男の子がボールを持った手を左に動かす。
その動きに合わせてラックの視線が動く。
男の子がボールを持った手を上に動かす。
その動いに合わせてラックの視線が再度動く。
「あっ、」
男の子の手からボールが落ちる。
――すざざざざーっ
落ちたボールが地面にはねるところ。
そこにすかさずラックが飛びついたのだ。
「なんだにーちゃん。ボール遊びしたいの?」
興奮状態でボールにじゃれつくラック。
服が汚れるのもお構いなしだ。
「いいよラック、ごちそうの準備できたら呼びに来るからそれまで遊んでても」
「わかった、ごちそう」
ボールに夢中なところ、かろうじて返事をしたラック。
内容は空返事だけど。
「よーしにーちゃん。キャッチボールしよう。こっちこっち」
家に隣接する広場に連れていかれるラック。
その二人の姿を見送るフェリス。
「さーて、腕によりをかけるよ! ただいまー」
そういうとフェリスは家の中に消えていった。
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さてさてラックの方は。
「にいちゃん、いくよー」
広場に陣取って、ある程度の距離を取った二人。
「おー!」
ラックが両手をあげて答える。
「そーれ!」
男の子が勢いよくボールを投げる。
「あっ、しまった」
力みすぎたのか、ラックの頭上を大きく超える暴投だ。
ラックは頭上を越えていったボールを追いかける。
そして地面に落下し転がっているボールに向かってダイビング。
両手でボールをつかんだあと、じゃれつくように地面をごろごろしている。
「おーい、にーちゃーん。ボール、ぼーるー」
一向にボールがかえってこないため、しびれを切らした少年。
「うなっ」
はっと我に返ったラック。
――だっかだっか
ボールを持って少年の元まで帰ってくる。
「はいボール」
そして、少年にボールを手渡した。
「つぎ、つぎ」
もう一回投げるよう催促するラック。
「にいちゃん違うよ。ぼくがボールを投げるから、ちゃんと受け止めて。そのあとはぼくにボールを投げ返してね」
どうやらルールが伝わっていなかったようだ。
「わかった。うけとめて、なげかえす」
「いくよー!」
少年がボールを投げる。
今度はラックに向けて山なりにボールが飛んでいく。
ラックはキャッチする番だが。
ラックが両手を地面について、そのボールを目でとらえている。
これは……
「ボール!」
『跳躍Lv4を使用します』
跳んだー。やっぱり跳んだー。
跳んで空中でボールをキャッチするのだろう。
――ぱーーん
と思ったら、右手でボールをはたいた!
ボールは明後日のほうに飛んでいく。
「にーちゃーん」
遠くでがくっと膝をつく少年が見える。
――だっかだっか
飛んでいったボールを素早く追いかけるラック。
――すざざざざーっ
ボールに向けてダイブ
その後はやはりボールを抱えて地面をごろごろ転がっている。
「にいちゃーん、ボールとったら投げ返すんだよ、なげかえすー」
遠くから懸命に呼びかける少年。
「なげかえす」
はっと我に返ったラック。
そして少年に向かって走るラック。
また手渡しするのだろうか。
いや、今回は腕をぐるぐる回している。
「なげるー」
そして投げた。
投げた瞬間、ラックの顔は正面では無く地面を向いている。
そんな投球フォームでは案の定、大暴投だ。
「にいちゃん、へたくそー」
恨み言を言いながら遠くに飛んで行ったボールを追いかける男の子。
「しっぱい?」
ラック的にはうまくいったと思っている。
ラックは遠投のスキルにマイナス補正がかかっているのかもしれない……。
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準備ができたためフェリスに呼ばれたラック。
案内された部屋の中でずらりとならんだ料理を前によだれを垂らしている。
「すごい、ぜんぶたべていいの?」
椅子の上にちょこんと座ったラックは、目をキラキラさせて並べられた料理を見ている。
骨付き肉を焼いてソースをかけたもの。
魚介類の身がたっぷり入ったスープ。
蒸かした芋をすりつぶしたものに燻製肉が入ったもの。
青野菜とキノコのサラダ。
デザートに白いクリームで飾られたケーキもならんでいる。
「ええ、ラックのお誕生会だからね」
「あまいにおいのあれは?」
ケーキを指さすラック。
「ふふふ、ケーキは最後よ」
「わかった!」
いうが早いか、一番近い皿を手に取り、顔ごと料理に持っていき料理をほおばり始める。
すりつぶした蒸かし芋が顔にべったりだ。
「ああ、ラック、スプーン使いなさい」
お行儀は大切。
「すぷーんでたべる」
スプーンを握りしめて、皿の料理を口に詰め込む。
そんな調子でお誕生会が始まった。
「ラック、さっき話した私のおばあちゃん」
テーブルにはラック、フェリスのほかに一人の老婆が座っている。
「おばあちゃんこんにちは」
口に頬張ったものを急いで飲み込んで、祖母へとあいさつするラック。
そして両腕を上げる。手にはスプーンが握られたまま。
挨拶のポーズだろうか。
「ふむ。元気のいい少年じゃて」
その瞬間、祖母の目が赤く光った。
小さな光なのでラックは気づいていないようだ。
「ラックと言ったか。おぬし、数奇な運命を持っておるな……。ふむ。孫娘に悪い虫が付いたかと思ったが、そうではないようじゃな。あらためて礼を言おう。フェリスを救ってくれてありがとう」
ゆっくりとした口調で祖母は言葉を紡ぐ。
そして深々と頭を下げて礼を伝える。
「うん。いいよ。これおいしいぞ、おばあちゃんもたべなよ」
手に持った皿を祖母に渡す。
祖母の話を聞いているのか上の空なのか……。
「ほほほ、ありがとうよ。さあ、フェリスもたべなさい」
食べるのも忘れて、ラックの姿を眺めているフェリスに呼びかける。
「はーい」
フェリスも料理を食べ始めた。
話しが終わったので、 再びラックは夢中で食べ始める。
おっと、骨付き肉を手に取ったぞ。そして豪快にかぶりつく。
「フェリスがあれを渡したいというから、なるほど」
祖母がラックの様子を見ながらそうつぶやく。
「おばあちゃん、しっ」
フェリスは口の前に指をたてて、祖母の発言を止める。
「ほっほ、失敬失敬」
和やかな雰囲気の中で誕生会が行われたのだった。
・
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誕生会が終わると夜に差し掛かかろうとしていた。
祖母の計らいでラックはフェリス家にお泊りすることになった。
ラックを空いている部屋に案内したフェリスは、その後誕生会の後片付けを行っていた。
「ラック~はいるわよ~」
しばらくして片付けが終わった後、ラックの部屋の前を訪ねたフェリス。
なんだか部屋の中が騒々しい。
「ラック~」
そう声をかけてからドアを開ける。
ドアを開けたフェリスの目には、ベッドの上に跳び乗ったり、ベッドから床に飛び降りたり、大きな騒音と共に何かを追いかけているラックの姿が映った。
ラックの追う先に小さな生物が見える。
どうやらネズミのようだ。
フェリスがドアを開けたために、ネズミにとっての唯一の生存ルートが発生する。
渡りに船。自身を追ってくる大きな生き物から逃げ去るために、ネズミはドアを開けたフェリスの方向にひた走る。
すかさず、ネズミを捕まえようとラックが、突進してくる。
「えっ、なに、なに?」
急な状況に戸惑うフェリス。
ネズミはさっと、フェリスの股の下を潜り抜け、部屋の外に逃げ去る。
ラックもネズミを追ってフェリスの股の下をくぐろうとしたが、スカートに引っかかった。
――どしん
そのままうまくくぐれるはずもなく、フェリスはしりもちをついて、ラックはその下敷きになったのだ。
――もがもが
「ちょ、ちょっとラック、あばれないで」
スカートの中で暴れるラック。
――もがもが
なんとか頭をスカートの中から出した。
フェリスと目が合う。
「ふぇりす、ねずみが、ねずみがにげた」
ネズミを見るとどうにもならなかったらしい。
だって猫だから。
「もう、ラックったら。部屋の中で暴れちゃだめじゃない」
「うう、ごめんなさい。ねずみが」
心なしか耳がペタンとしている。
「次から気を付けてね。約束よ」
「わかった。やくそく」
「はい。じゃあこれはここまで」
スカートの中から顔だけだしたラックに説教するシュールな光景であった。
「さてラックよ!」
急に王様風になるフェリス。
おもむろに立ち上がり、床に座ったラックを見下ろす。
「おぬしに、これを授けよう」
フェリスが右手を見る。
「……あれ?」
どうやら何かを持っていたようだが、さっきの騒動で落としたようだ。
「ああ、ここにあった。壊れてないよね」
辺りを見回したフェリスはすぐにお目当てのものを見つけた。
木箱に赤色のリボンが巻いてあるそれを拾い上げるフェリス。
「さてラックよ!、ってもうこれはさっきやったわね」
どうやら持ちネタのようだ。
「こっちに来て」
ベッドの上に座る二人。
「はいラック。お誕生日プレゼントよ」
「おたんじょうびぷれぜんと?」
「お誕生日にもらえる特別な贈り物のことよ」
「とくべつ!」
どうやらラックは特別という言葉に弱いようだ。
箱を差し出すフェリス。
「開けてみて」
巻かれているリボンを解き、ラックは箱を開ける。
「うでわ?」
箱の中には腕輪が一つ入っていた。
銀色の不思議な金属の腕輪だ。
壁に掛けられた魔力灯から発せられる光に腕輪をかざすラック。
表面には文字と思われる模様が入っている。
「それは特別な腕輪よ。私とおそろいなの」
そう言うとフェリスは左手を上げる。
そこにはラックにプレゼントした腕輪と似た腕輪が身につけられていた。
「ラックにはまだ早いかもしれないけど、婚姻の約束がこめられてるって言われてるわ」
「こんいんのやくそく?」
「好きな人同士がずっと仲良く過ごしましょう、ってことね」
「私はラックのこと好きだから、ラックは?」
「フェリスすき。特別なごちそうしてくれた」
「じゃあ、好きな人同士ね。大きくなったら結婚ね」
「わかった。けっこん。ずっとなかよく」
うなずくラック。
「約束よ」
子供たちが将来に思いを馳せて他愛のない約束をする。
「ふぁぁぁ」
口を開けて大きなあくびをするラック。
「あら、ねむくなってきたの?」
「ねむい……」
――ぽふん
ラックはそのままフェリスのほうに倒れこみ、膝の上に頭をのせる。
「沢山遊んで沢山食べたものね」
そして、ラックの頭をやさしくなでるフェリス。
ラックの無防備な寝顔をみて微笑む。
しばらくして、ラックが寝付いたことを確認したフェリス。
「おやすみなさいラック。今日は助けてくれてありがとう」
そう呟いて部屋を後にした。
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・
翌朝、部屋にいなかったラックの姿を探すフェリスだが、
なんとなくすでに旅立ったことに気づいていた。
「ラック、また会えるよね」
空を見上げてフェリスはそうつぶやいた。
ここは異世界アランザにあるマフラスの街のフェリスの家。
フェリスの祖母は、ラックが異世界転生したことに気づいているようだ。